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こっちの世界は灰色です。それでも私は元気です。  作者: オーシマ
第1章:新しい街で、わたしの毎日が始まりました!
7/20

今日はギルドで、試験を受けるよ

 ぽこ、ぽこ……。


 小さなガラスのケトルの中で、お湯が沸いている。昨日アイリの工房で買ったばかりの品だ。こういう、ちょっとした道具が手に入っただけで、生活がひとつ進んだ気がするのは不思議だ。


「……んー、いい感じ」


 スイッチを切り替え、ケトル横についた結晶管の光が消えるのを確認してから、お湯を茶葉の入ったポットに注ぐ。


 ココアとかが飲みたいけど、こっちの世界ではまだ見つけられてない。


 一緒に買った剣のキーホルダーは、家の扉の鍵につけてみた。ちょっとだけカッコよくなった。


 ちなみにこのキーホルダーはユイがデザインしたらしい。あの子はセンスがいい。


 ほんのり温かいお茶を飲みながら、わたしは今日やるべきことを整理する。


(ハンターになるって決めた。だったら、試験……だよね)


 どうやら筆記試験があるらしい。問題は、それをわたしがちゃんと受けられるのか、ってところ。


(……だって、字が読めない)


 異世界の文字は、日本語とも英語ともまったく違う。昨日アイリに教わって、お店の値札くらいなら読めるようになったが、試験用紙の文章を読んで、まして回答を書くなんて事は私には不可能だ。


 ニコラ様に相談してみようかとも思ったが、やっぱり今回は自分で動きたい。小さなことで甘えずに、なるべく自分の力で出来ることはやっていきたい。


「うーん……まずは、ギルドに行ってみよう」


 ハンターギルドの場所はアイリに聞いた。


 家から歩いて数分で、迷う距離じゃない。


 支度をして、玄関を出る。今日も空はいつも通り綺麗な青。マナドーム越しで曇ったり雨が降ったりってするのかな?



◆◇◆◇◆◇



 ギルドの建物は、少し大きめの集会場のような見た目だった。分厚い木の扉を押し開けると、中にはいくつものテーブルと掲示板、受付カウンター。人の声、笑い声、カップを置く音、紙をめくる音……いろんな音が混ざり合っていた。


(……ちょっと、場違いかも)


 中にいるのは、大きな男の人や、腰に魔法器らしき銃や剣を差した人ばかり。わたしみたいな小柄な子どもなんて、一人もいない。


 少し気後れしたが、深呼吸してから、わたしはカウンターに向かった。


「すみません。……あの、ハンターになりたいんですけど」


 受付にいた女性が、少しだけ驚いた顔をした。でもすぐに、慣れたような笑顔に戻って、うなずく。


「はい、では筆記試験の申請を──」


「あっ、あの……それなんですけど。わたし……こっちの字が、読めなくて……」


 受付嬢の手が止まる。明確に拒絶はしないが、少し困ったような表情。


「そうですか。……読み書きができない場合……どうしましょうか。登録のために試験が必要ですし、ハンターへの依頼も掲示板に文字で貼り出されますので……」


 やっぱり、そうだよね。わたしは思わず唇を噛んだ。


「でも……どうにか、なりませんか。がんばって覚えるつもりですし、試験もちゃんと受けますから……」


 その言葉に、受付嬢は少しだけ目を細めて、わたしを見つめた。


「……年齢、いくつですか?」


「十五です」


「……ちょっとお待ちください。責任者に確認しますね」


 受付嬢は奥へと引っ込んだ。わたしは、心臓がどくんどくんと鳴るのを感じながら、掲示板に貼られた依頼用紙を見つめた。文字はぐにゃぐにゃ。どれも意味がわからない。


 ちゃんと読めるようになれるか、不安だけど頑張ろう。




 数分ほど待ったころ、奥の扉が開いて、背の高い男の人が姿を見せた。髪は短く、無精ひげまじりの顎。全身が筋肉って感じ。


 こちらをまっすぐに見下ろしてくる。ちょっと怖い。


「お前さんがカエデか?」


 びくりと肩が跳ねた。


「……はいっ」


「ついてきてくれ。話は聞いている」


 まだ名乗ってないはずなんだけど、いったい誰から何を聞いているんだろう……。


 受付嬢に会釈されてから、わたしはその人──ギルドマスターらしい──の後についていく。奥の廊下を進むと、広めの執務室に案内された。テーブルの上には、書類の山が積み上げられている。


「そこに座ってくれ」


 ギルドマスターはわたしのために椅子を引き、テーブルの前に置いてくれる。


 ぶっきらぼうだが、乱暴ではなく丁寧な感じで、優しいゴリラって感じだ。


「お前さんのことは、ニコラから聞いてる。言葉は通じるが、文字の読み書きに難があるらしいな。だが、本人にやる気があるなら、特例で受けさせてやってくれと。……ただし」


 彼は指で机を叩く。


「わかっていると思うがハンターは危険な仕事だ。特例で試験を受けられるように融通するが、審査自体は通常通りに行う。それでもいいな?」


「はいっ!」


 つい力が入って、ちょっと大きな声になった。ちょっと緊張してきた。


 それに、自分の力で頑張りたいと思っていたけど、結局ニコラ様に先回りで助けられてしまった。


 わたしがハンターを目指すだろう事は予想済みだったって訳だ。


 これは、後ででもちゃんとお礼を伝えないといけないかな。


「お前さんの都合さえよければ、すぐに始められるがどうする?」


「えっと、じゃあお願いします」


「よし。じゃあ、筆記試験から始めよう。問題は俺が読み上げるから、口で答えてくれていい。その内容を俺が代筆する」


 ギルドマスターは脇の棚から何枚かの紙を取り出し、わたしの前に広げた。


 さぁ、ついに試験だ。


 この世界の事は知らない事の方が多いし、正直全く自信はない。


 ニコラ様やアイリや医官のおじさんに聞いた話を参考にして、わかる範囲で答えていこう。


 ダメならまた今度もう一回受ければいい。


「第一問。魔素汚染の初期症状として、正しいものを以下の中から選べ――」




 ――出題は続いた。内容は魔素による人体汚染の内容や、魔獣の分類と危険度、武器の取り扱いに関するルール、素材を街に持ち込む際の除染手順、みたい感じで、思ってたよりずっと難しかった。


 やっぱりわたしの知識は穴だらけで、ほとんど当てずっぽう。なんとなく聞き覚えのある言葉や、ここ数日で知ったことを思い出しながら、なんとか答えていった。


 日本にいた時にテレビで見た、狩猟免許の取得の流れにちょっとだけ似ていたかもしれない。


 答えるたびに、問題の内容や正しい答えを軽く解説してくれるので、試験というより勉強会みたいな雰囲気だ。


 やがて試験が終わり、ギルドマスターは手元の紙を脇に寄せる。


「筆記はこれで終わりだ。……合格とは言えんが、まあ、落第でもない」


「……微妙ってことですか」


「そういうことだ。まぁ、基本的には筆記より面接と実技の方を重要視しているから、このくらいなら許容範囲だ」


 ギルドマスターは椅子に寄りかかり、腕を組んだ。


「ということで、このまま面接に移るが―― まず、お前さんは本当に外に出る覚悟があるのか? 魔獣以外にも最近は、ハンターや交易商人を襲うような賊も出るようになってる。そういう連中は、人間だからって容赦してくれないぞ」


 わたしは一瞬だけ、黙り込んだ。でも、すぐに顔を上げて、まっすぐに答える。


「……はい。危険は覚悟しています。怪我をしたこともありますし、街で待ってる友達がいるので、自分の限界を超えるような無茶はしません。」


 ギルドマスターは目を細めた。


「なるほどな。――では、筆記の内容と被るが、武器を所持する事に関して、その管理をきちんと徹底できるか?」


「はい。街の中では結晶管を取り外した状態で保管するんでしたよね」


「そうだ。それから、その状態でも街中で取り出したり、まして人に向けるようなことは固く禁止されているからな」


 わたしの答えを補足するようにギルドマスターが答える。




 ――それからもいくつか簡単な受け答えをし、半ば雑談のような感じで普段の生活などについても質問された。


「じゃあ最後に。掲示板の依頼書が読めないと、依頼は受けられない。いずれ読み書きは覚えるつもりはあるんだよな?」


「はい、がんばります。一応、お店の値札に書いてある値段は、少しだけは読めるようになってきたんです」


「そうか。その様子ならとりあえず問題はなさそうだな」


「面接では街の外での活動と、武器の所持に関して、人格と性格に問題がないかを確認しているんだが、お前さんの場合、半分は領主からの推薦みたいなもんだからな。ほとんど形式だけの確認って程度だ」


 なるほど、危険な考え方や無謀な性格の人はここで弾くのか。


 わたしの場合はニコラ様が直接ギルドマスターに口添えしていたので、最終確認くらいで済ませたようだ。


「さて、残りは実技審査を済ませれば試験は終了だ。運動能力の確認がメインになるが、このまま続けるか?」


「はい!お願いします!」


 ここまでで少し緊張疲れを感じていたけど、その緊張が抜けないうちに最後の審査まで受けていこうと思う。




 ギルドマスターに案内されて、わたしはギルドの建物の裏手にある訓練場にやってきた。地面は土で、簡単な障害物や、的のようなものが並んでいる。広さは学校の校庭くらいかな。


「じゃあまず、これを背負ってくれ」


 そう言ってマナパックを渡された。わたしが使っているものより少し大きくて、見た目は無骨。そして重い。


「装着方法はわかるな?」


「はい。えっと……ここを引っ張って……それから、胸元の留め具を──」


「よし。起動してみろ」


 起動スイッチを押すと、ランプが光って小さく駆動音が鳴る。


「問題なさそうだな。じゃあ、とりあえず走ってみろ。全力疾走で一往復」


「はい!」


 わたしは地面を蹴って走り出す。パックを背負ってのダッシュは思った以上に大変で、途中で息が上がる。戻ってきたときには、すでに肩で息をしていた。


「ふむ。体力と走力はまぁ……平均的ってとこだな。いや、年齢の割にはいい方か……。次に進もう。」


 そう言って次に手渡されたのは、金属製の拳銃のような形の器具。結晶管が抜かれた状態で渡され、説明を受けながら装填、接続する。


「それは訓練用で音と光しか出ないが、操作法と重さは実物と同じだ。本物だと思って扱え」


 扱い方を簡単に説明され、それに従って起動すると、器具の先端がわずかに発光する。


 日本で見たゲームやマンガの銃に関する知識を参考に構えてみる。うん。かっこいいかも。


「悪くないな。では構えたまま歩いてみろ。重心を意識して。……そう。じゃあ次。あの模擬魔獣、相手にしてもらうぞ」


 見れば、少し離れたところに、狼型の魔獣を模したカカシのような構造物が立っていた。角材と皮を組み合わせた模型。でも、雰囲気はそれなりに出ている。


 あの時、魔獣に噛まれたことを思い出して少し緊張するが、今は武器を持っているからか、気持ちには余裕がある。


「実際に魔獣と対峙する場面を想像して対処してみろ。何発撃てとは言わん。まずは動きで見る」


 わたしは一歩踏み出して、構えをとる。ゲームで何度も見てきた、"戦い方"を思い出す。回避、距離、角度――。


 実際の体はゲームほど軽快には動かないけど、それでも「どう動くべきか」のイメージは明確だった。


「──ッ」


 すっと身体を引いて距離をとり、左右に動きながら射撃の姿勢を取る。トリガーを引くと音と光が出て、反動みたいなのは殆どなかった。


 動きながら何度か射撃を繰り返していると、ギルドマスターが腕を組んだまま静かに口を開く。


「……ふむ。なかなかいい動きだ」


「え、そうですか?」


「立ち回りがそれなりにできている。誰かに教わったのか?」


 構えは漫画や映画のアクションシーン、動きはゲームでの立ち回りを参考に、雰囲気でやってるんだけど、それなりの評価を貰えたようだ。


「……誰かに教わった訳ではないんですけど……」


 言いかけて、どう説明しようか迷ってしまう。


 異世界の事を抜きにしても、漫画の真似でやってるのを説明するのはちょっと恥ずかしい。


「すみません、なんでもないです……」


「……まぁいい。理解してるなら、それでいい。今の動きなら、実際の現場でもひとまず問題ないだろう」


 ――その後もいくつか課題を出され、走ったり構えたり跳んだりを繰り返した。




 試験が終わったころには、陽が傾き始めていた。ギルドマスターはわたしを執務室へと連れ戻し、机に置かれた書類に何かを書き込み、口を開いた。


「結論から言うと、最低ランクであれば合格にしてもいい。ランクはF。研修用のランクになる。狩猟や討伐の依頼は受けられず、植物や鉱石素材の採集など低リスクな依頼で経験を積んでもらう」


「はい!」


「主に知識面で不足している部分はあるが、その辺も含めて、活動しながら学んでいくのに十分な素養があると判断した」


「Fランクでは、狩猟用魔法器も軽量で小規模なものに制限されるが、ランクが上がるときに自動で解除されるから、それまでは事故を起こすなよ」


 そう言って、金属製のカードを手渡してくる。いつの間に用意していたのだろう。


「おめでとう。ハンター登録、完了だ」


「ありがとうございますっ!」


 カードを胸に抱え、わたしはぺこりと頭を下げた。当初の不安と打って変わって、意外にも試験はあっさりと済んでしまった。


 最低ランクだけど、一番下から一つずつ上げていくのも楽しいかもしれない。


 ──明日は、アイリにこのカードを見せに行こう。


 それから、ニコラ様へのお礼と報告も必要だ。

カエデ「Fランクって補習枠みたいなものらしい。点数が少し足りなくても素養があれば受かるんだって」

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