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こっちの世界は灰色です。それでも私は元気です。  作者: オーシマ
第2章:森の向こうで、何かが起きているみたいです
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物資を積んで、ソリを引いて走ってます!

 灰色の空の下、湿った風が森の中から吹き抜けてくる。


 わたしはソリの取っ手を握りながら、あたりの様子を改めて確認した。


 待機の間に、ソリからいくつかの荷物を下ろして、荷台のスペースを広げておいた。討伐された魔獣や、怪我人を乗せるための準備だ。


 作業をしているうちに、自然と緊張もほぐれ、気持ちが落ち着いてきた。




 ――ぱんっ。


 乾いた破裂音が森の奥から聞こえたかと思うと、木々の間から、青い光の筋が空へ向かって走る。


 それはしばらく空中にとどまり、ゆっくりと消えていく。


 青の信号弾。討伐した魔獣の回収要請だ。


 「よしっ、行こう」


 小さく息をついて、わたしはソリの取っ手をしっかりと握り直す。


 グローブとブーツのおかげで、ソリは軽く、足も速い。勢いよく地面を蹴って、信号の上がった方角へ走り出す。


 森の縁まで来たところでソリを止めた。木々が密集していて、これ以上はソリを引いて進めない。


 肩掛けのカバンを二つ取り出し、斜めに交差させて背負う。


 一つには水や食料、結晶管などの補給物資。もう一つには怪我人の応急処置用に使う道具が入っている。


 今回は青の回収要請だけど、念のため、これらも持っていく。




 「カエデです、回収に来ました!」


 森の中へと入りながら、大きな声で呼びかける。


 「おーい、こっちだ!」


 すぐに返事があって、その声の方へ進むと、地面にウルフが二頭、並ぶように倒れていた。


 その傍らに、三人のハンターたちが腰を下ろし、水を飲みながらひと息ついている。


 「二頭だ。嬢ちゃん、運べるか?」


 「えっと……やってみます」


 わたしは駆け寄り、片方のウルフに手をかけて、慎重に持ち上げてみた。軽々とまではいかないけれど、十分持ち上げられそう。


 重さが消えているわけじゃないから、バランスを崩せばひっくり返ってしまいそうだけど……しっかり支えれば大丈夫。


 もう一頭も反対側に担ぎ、両肩にバランスよく乗せて、ぐっと立ち上がる。


 「よいしょっと。大丈夫そうです!」


 「……おぉ、マジかよ」


 ぽかんとした顔のハンターたちに、わたしはちょっと得意げに笑ってみせる。


 「鍛えてるんで!」


 一人が半ば呆れたように、でもどこか楽しげに苦笑した。


 ……まあ、全部グローブのおかげなんだけどね。


 ちょっとしたイタズラってことで、黙っておこう。


 「あ、お水とか、いります?」


 「いや、足りてる。気遣いありがとな」


 「わかりました。それじゃ、持っていっちゃいますね!」


 わたしはそう答えて、二頭のウルフを担いだまま駆け出した。


 背後から「うそだろ……」「速っ!」なんて声が聞こえて、つい苦笑いが漏れた。




 「二頭か。よし、こっちに置いてくれ」


 回収したウルフをソリに載せて、待機場所まで戻る。グラットさんに引き渡すと、彼は軽く頷いた。


 この解体スペースで作業するのは、彼一人だけ。他の職員はいない。


 はじめから二頭のウルフ。これからが本番といった様子だ。


 わたしがウルフを解体台に載せると、グラットさんはすぐさま手を動かし始めた。


 「嬢ちゃん、次も頼むぞ」


 「はいっ!」


 元気よく返事をして、ソリの取っ手に手をかける。


 その隣では、医官のおじさんが椅子に腰かけていた。まるで昼寝でもしているみたいにのんびりしてるけど、視線はずっと森の奥に向けられている。


 いざというときにすぐ動けるよう、ちゃんと準備してるんだ。


 わたしもソリの取っ手や荷台を布で拭きながら、次の合図に備える。




 ――その後も、青やオレンジの信号弾が上がるたびに、わたしは森の中と待機地点を何度も往復した。


 オレンジは補給要請。水や食料、それに空になった結晶管の交換。


 簡単な確認を済ませて、新しいものを渡し、空の容器を受け取る。


 わたしの担当範囲外でも、何発も信号が上がっていた。


 倒されたウルフを肩に担いで運ぶたび、毎回のようにハンターたちが「嬢ちゃんすげえな……」と驚いた顔をして、ちょっとだけ誇らしい。


 そうして同じ作業を繰り返すうちに、忙しさのなかにも少しずつ余裕が出てくる。


 何度も顔を合わせるうちに、ハンターたちも少しずつ打ち解けてきて、今では気軽に声をかけてくれるようになっていた。


 「嬢ちゃん、もうずいぶん走ったろ」


 「はい。でも、まだまだ全然元気です!」


 「頼もしいねえ」


 そんなやりとりも、素直にうれしかった。


 実際、ブーツのおかげで、足の疲れはほとんど感じていない。




 開始から、もう数時間は経っただろうか。


 今日はこのまま、無事に終われるかも――そう思いかけた、そのときだった。


 ぱんっ。


 森の上空に、赤い光の筋が駆け上がる。


 怪我人発生の合図。救護要請だ。


 わたしは息を呑み、医官のおじさんのいるテントへと振り返る。


 「赤です!」


 叫んだ瞬間にはもう、おじさんは椅子から立ち上がり、救護道具の準備をしていた。


 「ちゃんと見えてるよ。行ってあげなさい」


 その言葉を最後まで聞く前に、わたしはすでにソリの取っ手を握っていた。


 森の外周を回りながら、赤い光の残る方角へと走る。距離は少し遠い。


 焦る気持ちを押さえ込みながらも、足は止めない。


 ソリをやや乱暴に止め、肩掛けの応急処置用カバンをしっかり装着。


 わたしは息を整える間もなく、森の中へと踏み込んだ。




 「カエデです! 声は出せますか!」


 呼びかけると、少し先から返事が返ってきた。


 「おーい、こっちだー!」


 声の方へ走ると、そこには三人のハンターがいて、その中心に、片足を伸ばして座り込んでいる男性がいた。


 ズボンの膝下は血に染まり、布を巻いて簡単に縛られている。応急的な止血はされているようだ。


 目もしっかりしていて、顔色も悪くない。仲間と冗談を言い合っている様子からも、命に関わるような状態ではないと分かり、胸をなで下ろした。


 「足を噛まれちまってな。すまんが、運んでやってくれ」


 「もちろんです。その前に、応急処置しますね」


 わたしは駆け寄りながら返事をして、肩掛けカバンを開いた。


 「ズボン、切りますよ」


 ハサミで傷の周囲を大きく切り開く。膝下には牙が深く食い込んだ痕がくっきりと残っていて、見るだけで痛々しい。


 すぐに消毒薬を取り出し、傷口にかけた。


 「うおっ、しみるしみるっ!」


 「がまんしてください!」


 続けて止血帯を取り出し、傷の少し上をぎゅっと締める。出血量を確認しながら、できるだけ落ち着いた声で告げた。


 「このまま搬送します。動かすので、少し我慢してくださいね」


 「え、ま、待っ――」


 「失礼します!」


 わたしは彼の身体を横から抱きかかえるようにして持ち上げた。姿勢を崩さないように、腕と膝の下をしっかり支える。


 お姫様抱っこ。ちょっと重たいけど、全然いける。


 「う、うぅ……よりによって、こんな子どもに……!」


 顔を真っ赤にしてうつむく彼の様子に、思わず吹き出しそうになる。


 ……恥ずかしいのは分かるけど、我慢してもらおう。


 「いいって! 自分で歩くから!」


 「怪我人がごちゃごちゃ言わないでください!」


 ぴしっと言い返すと、背後から仲間たちの笑い声が起きた。




 「とりあえず、こっちはもう少し森を回ってくるよ。さっき取り逃がしたやつを追うから、そいつを先に運んでやってくれ」


 「わかりました。気をつけてくださいね」


 そう言って、わたしは彼を抱えたまま、駆け足で森を後にした。




 怪我人をソリに乗せてテントまで戻ると、医官のおじさんがすでに待機していた。


 わたしは応急処置の内容を手短に報告する。


 「膝下をウルフに噛まれたみたいで、ズボンを切って消毒、それから止血帯で締めました。出血はあるけど、深くはなさそうです」


 「うん、引き継ぐよ。適切な処置だったね」


 おじさんはそう言いながら、手慣れた動きで負傷者をテントの中へと運んでいく。


 テントの内部には、小型のマナドームが展開されていた。街を覆うものと同じ仕組みで、魔素を遮断しているので、中ではマナパックを外しても安全。


 彼はマナパックを外してベッドに横たわると、ふぅっとため息をついた。


 「……まったく、油断してたわけじゃないんだけどなぁ……」


 「そうなんですか?」


 わたしが声をかけると、彼は天井を見たまま、ぼそりと呟いた。


 「ウルフの数がさ……聞いてたより多かったんだよ。奥の方から、ぞろぞろ追加で来やがって……」


 眉間にしわを寄せて、苦笑を浮かべる。


 「言い訳するつもりじゃないけどさ……俺だって一応、Dランクだぞ? それがウルフに足やられて退場って、情けないにもほどがあるよな」


 ……そういう気持ちになるものなんだ。


 でも、たしかに――わたしの担当範囲だけでも、青の信号弾はずっと絶え間なく上がっていた。他の区域でも、相当な数の魔獣が出ていたはずだ。


 グラットさんなんて、解体が全然追いつかなくて、泣きそうな顔で作業してる。


 わたしが以前、森に入ったときとは、まるで様子が違う。


 けど――今は、考えるよりもやることがある。


 「お大事にしてくださいね」


 そう声をかけて、わたしは軽く頭を下げながら、テントをあとにした。




 それからは、怪我人も出ずに順調だった。


 ブーツとグローブの結晶管は、すでに二回交換していて、時間的にも、そろそろ終わりが見えてくる頃。


 青の照明弾もほとんど上がらなくなっていた。




 ――ぱんっ。


 森の奥で、小さな破裂音が響き、赤い光の筋が空に向かってまっすぐ駆け上がった。


 終盤に差しかかると、どうしても気が緩んで、怪我が増えるって話も聞いたことがあるけれど――


 いまは、それを考えてる場合じゃない。


 医官のおじさんに伝えようと、テントを振り返ったそのとき。


 ――ぱんっ。


 間髪入れず、別の方角から、もう一本の赤い光が空を裂いた。


 立て続けに上がった、二つの赤。


 わたしは思わず息を呑んで、空に伸びていく光を見つめた。


 胸の奥に、じわじわと重たい不安が広がっていく――。

カエデ「グラットさん、あの量を一人でって……絶対ムリあるよね?」

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