物資を積んで、ソリを引いて走ってます!
灰色の空の下、湿った風が森の中から吹き抜けてくる。
わたしはソリの取っ手を握りながら、あたりの様子を改めて確認した。
待機の間に、ソリからいくつかの荷物を下ろして、荷台のスペースを広げておいた。討伐された魔獣や、怪我人を乗せるための準備だ。
作業をしているうちに、自然と緊張もほぐれ、気持ちが落ち着いてきた。
――ぱんっ。
乾いた破裂音が森の奥から聞こえたかと思うと、木々の間から、青い光の筋が空へ向かって走る。
それはしばらく空中にとどまり、ゆっくりと消えていく。
青の信号弾。討伐した魔獣の回収要請だ。
「よしっ、行こう」
小さく息をついて、わたしはソリの取っ手をしっかりと握り直す。
グローブとブーツのおかげで、ソリは軽く、足も速い。勢いよく地面を蹴って、信号の上がった方角へ走り出す。
森の縁まで来たところでソリを止めた。木々が密集していて、これ以上はソリを引いて進めない。
肩掛けのカバンを二つ取り出し、斜めに交差させて背負う。
一つには水や食料、結晶管などの補給物資。もう一つには怪我人の応急処置用に使う道具が入っている。
今回は青の回収要請だけど、念のため、これらも持っていく。
「カエデです、回収に来ました!」
森の中へと入りながら、大きな声で呼びかける。
「おーい、こっちだ!」
すぐに返事があって、その声の方へ進むと、地面にウルフが二頭、並ぶように倒れていた。
その傍らに、三人のハンターたちが腰を下ろし、水を飲みながらひと息ついている。
「二頭だ。嬢ちゃん、運べるか?」
「えっと……やってみます」
わたしは駆け寄り、片方のウルフに手をかけて、慎重に持ち上げてみた。軽々とまではいかないけれど、十分持ち上げられそう。
重さが消えているわけじゃないから、バランスを崩せばひっくり返ってしまいそうだけど……しっかり支えれば大丈夫。
もう一頭も反対側に担ぎ、両肩にバランスよく乗せて、ぐっと立ち上がる。
「よいしょっと。大丈夫そうです!」
「……おぉ、マジかよ」
ぽかんとした顔のハンターたちに、わたしはちょっと得意げに笑ってみせる。
「鍛えてるんで!」
一人が半ば呆れたように、でもどこか楽しげに苦笑した。
……まあ、全部グローブのおかげなんだけどね。
ちょっとしたイタズラってことで、黙っておこう。
「あ、お水とか、いります?」
「いや、足りてる。気遣いありがとな」
「わかりました。それじゃ、持っていっちゃいますね!」
わたしはそう答えて、二頭のウルフを担いだまま駆け出した。
背後から「うそだろ……」「速っ!」なんて声が聞こえて、つい苦笑いが漏れた。
「二頭か。よし、こっちに置いてくれ」
回収したウルフをソリに載せて、待機場所まで戻る。グラットさんに引き渡すと、彼は軽く頷いた。
この解体スペースで作業するのは、彼一人だけ。他の職員はいない。
はじめから二頭のウルフ。これからが本番といった様子だ。
わたしがウルフを解体台に載せると、グラットさんはすぐさま手を動かし始めた。
「嬢ちゃん、次も頼むぞ」
「はいっ!」
元気よく返事をして、ソリの取っ手に手をかける。
その隣では、医官のおじさんが椅子に腰かけていた。まるで昼寝でもしているみたいにのんびりしてるけど、視線はずっと森の奥に向けられている。
いざというときにすぐ動けるよう、ちゃんと準備してるんだ。
わたしもソリの取っ手や荷台を布で拭きながら、次の合図に備える。
――その後も、青やオレンジの信号弾が上がるたびに、わたしは森の中と待機地点を何度も往復した。
オレンジは補給要請。水や食料、それに空になった結晶管の交換。
簡単な確認を済ませて、新しいものを渡し、空の容器を受け取る。
わたしの担当範囲外でも、何発も信号が上がっていた。
倒されたウルフを肩に担いで運ぶたび、毎回のようにハンターたちが「嬢ちゃんすげえな……」と驚いた顔をして、ちょっとだけ誇らしい。
そうして同じ作業を繰り返すうちに、忙しさのなかにも少しずつ余裕が出てくる。
何度も顔を合わせるうちに、ハンターたちも少しずつ打ち解けてきて、今では気軽に声をかけてくれるようになっていた。
「嬢ちゃん、もうずいぶん走ったろ」
「はい。でも、まだまだ全然元気です!」
「頼もしいねえ」
そんなやりとりも、素直にうれしかった。
実際、ブーツのおかげで、足の疲れはほとんど感じていない。
開始から、もう数時間は経っただろうか。
今日はこのまま、無事に終われるかも――そう思いかけた、そのときだった。
ぱんっ。
森の上空に、赤い光の筋が駆け上がる。
怪我人発生の合図。救護要請だ。
わたしは息を呑み、医官のおじさんのいるテントへと振り返る。
「赤です!」
叫んだ瞬間にはもう、おじさんは椅子から立ち上がり、救護道具の準備をしていた。
「ちゃんと見えてるよ。行ってあげなさい」
その言葉を最後まで聞く前に、わたしはすでにソリの取っ手を握っていた。
森の外周を回りながら、赤い光の残る方角へと走る。距離は少し遠い。
焦る気持ちを押さえ込みながらも、足は止めない。
ソリをやや乱暴に止め、肩掛けの応急処置用カバンをしっかり装着。
わたしは息を整える間もなく、森の中へと踏み込んだ。
「カエデです! 声は出せますか!」
呼びかけると、少し先から返事が返ってきた。
「おーい、こっちだー!」
声の方へ走ると、そこには三人のハンターがいて、その中心に、片足を伸ばして座り込んでいる男性がいた。
ズボンの膝下は血に染まり、布を巻いて簡単に縛られている。応急的な止血はされているようだ。
目もしっかりしていて、顔色も悪くない。仲間と冗談を言い合っている様子からも、命に関わるような状態ではないと分かり、胸をなで下ろした。
「足を噛まれちまってな。すまんが、運んでやってくれ」
「もちろんです。その前に、応急処置しますね」
わたしは駆け寄りながら返事をして、肩掛けカバンを開いた。
「ズボン、切りますよ」
ハサミで傷の周囲を大きく切り開く。膝下には牙が深く食い込んだ痕がくっきりと残っていて、見るだけで痛々しい。
すぐに消毒薬を取り出し、傷口にかけた。
「うおっ、しみるしみるっ!」
「がまんしてください!」
続けて止血帯を取り出し、傷の少し上をぎゅっと締める。出血量を確認しながら、できるだけ落ち着いた声で告げた。
「このまま搬送します。動かすので、少し我慢してくださいね」
「え、ま、待っ――」
「失礼します!」
わたしは彼の身体を横から抱きかかえるようにして持ち上げた。姿勢を崩さないように、腕と膝の下をしっかり支える。
お姫様抱っこ。ちょっと重たいけど、全然いける。
「う、うぅ……よりによって、こんな子どもに……!」
顔を真っ赤にしてうつむく彼の様子に、思わず吹き出しそうになる。
……恥ずかしいのは分かるけど、我慢してもらおう。
「いいって! 自分で歩くから!」
「怪我人がごちゃごちゃ言わないでください!」
ぴしっと言い返すと、背後から仲間たちの笑い声が起きた。
「とりあえず、こっちはもう少し森を回ってくるよ。さっき取り逃がしたやつを追うから、そいつを先に運んでやってくれ」
「わかりました。気をつけてくださいね」
そう言って、わたしは彼を抱えたまま、駆け足で森を後にした。
怪我人をソリに乗せてテントまで戻ると、医官のおじさんがすでに待機していた。
わたしは応急処置の内容を手短に報告する。
「膝下をウルフに噛まれたみたいで、ズボンを切って消毒、それから止血帯で締めました。出血はあるけど、深くはなさそうです」
「うん、引き継ぐよ。適切な処置だったね」
おじさんはそう言いながら、手慣れた動きで負傷者をテントの中へと運んでいく。
テントの内部には、小型のマナドームが展開されていた。街を覆うものと同じ仕組みで、魔素を遮断しているので、中ではマナパックを外しても安全。
彼はマナパックを外してベッドに横たわると、ふぅっとため息をついた。
「……まったく、油断してたわけじゃないんだけどなぁ……」
「そうなんですか?」
わたしが声をかけると、彼は天井を見たまま、ぼそりと呟いた。
「ウルフの数がさ……聞いてたより多かったんだよ。奥の方から、ぞろぞろ追加で来やがって……」
眉間にしわを寄せて、苦笑を浮かべる。
「言い訳するつもりじゃないけどさ……俺だって一応、Dランクだぞ? それがウルフに足やられて退場って、情けないにもほどがあるよな」
……そういう気持ちになるものなんだ。
でも、たしかに――わたしの担当範囲だけでも、青の信号弾はずっと絶え間なく上がっていた。他の区域でも、相当な数の魔獣が出ていたはずだ。
グラットさんなんて、解体が全然追いつかなくて、泣きそうな顔で作業してる。
わたしが以前、森に入ったときとは、まるで様子が違う。
けど――今は、考えるよりもやることがある。
「お大事にしてくださいね」
そう声をかけて、わたしは軽く頭を下げながら、テントをあとにした。
それからは、怪我人も出ずに順調だった。
ブーツとグローブの結晶管は、すでに二回交換していて、時間的にも、そろそろ終わりが見えてくる頃。
青の照明弾もほとんど上がらなくなっていた。
――ぱんっ。
森の奥で、小さな破裂音が響き、赤い光の筋が空に向かってまっすぐ駆け上がった。
終盤に差しかかると、どうしても気が緩んで、怪我が増えるって話も聞いたことがあるけれど――
いまは、それを考えてる場合じゃない。
医官のおじさんに伝えようと、テントを振り返ったそのとき。
――ぱんっ。
間髪入れず、別の方角から、もう一本の赤い光が空を裂いた。
立て続けに上がった、二つの赤。
わたしは思わず息を呑んで、空に伸びていく光を見つめた。
胸の奥に、じわじわと重たい不安が広がっていく――。
カエデ「グラットさん、あの量を一人でって……絶対ムリあるよね?」




