荷物も気合も、ぜんぶ詰めこんで任務開始!
講習から数日が経ち、ついに作戦当日の朝がやってきた。
今日は寝坊もせず、ちゃんと起きられた。
早朝らしい涼しさを肌に感じながら、向かっているのは仕事の集合場所じゃなくて、アイリの工房。
万全を期すために、装備をすべてメンテナンスに預けていたから、まずはそれを受け取りに行く。
工房の扉を開けると、すぐにアイリが顔を出した。
ユイは、まだ寝てるみたい。
「おはよう、来たよ」
「おはよう、カエデおねえちゃん。ちゃんと用意してあるよ」
机の上には、ブーツやマナパックなど、わたしが預けた装備一式がきれいに並んでいた。
すぐに渡せるように準備しておいてくれたらしい。こういうところ、ほんとにアイリらしい。
ひとつずつ説明をしながら、装備を渡してくれる。
いつも定期的に依頼している内容だけど、今回はまとめて全部預けたから、きっと大変だったと思う。
「まずは、ブーツとマナパック。破損や目立った劣化はなかったけど、一応、魔導線と一部の部品だけ、新品に交換しておいたから」
アイリにそう言われながら、手渡されたブーツとパックを受け取る。
さっそく装着してみると、動作は問題なし。違和感もなくて、いつもの感触がしっかり戻ってきた。
「ありがと。急にお願いしちゃったのに、ごめんね」
「ううん、平気だよ。カエデおねえちゃんの装備は、いつでも完璧にしたいから」
その言葉に、なんだか心強さを感じて、ちょっとだけ顔がほころぶ。
「じゃあ、次は浮遊ソリね」
立てかけてあった金属製のソリを、アイリが引き出してくれる。
このソリは、以前わたしが「素材の運搬がきつい……」と弱音を漏らしたときに、アイリが作ってくれた魔法器だ。
見た目はただの金属板みたいだけど、起動すると地面から数センチ浮き上がって、荷物を載せたまま滑るように移動できる。
角ウサギを山ほど積んで帰ったときも、大活躍してくれた相棒だ。
「言われた通り、大型の結晶管が装着できるように改造しておいたよ。少しだけ重くなってるけど、丸一日は動かせるはず」
「うん、ありがとう。すごく助かる」
今回はこのソリに補給物資を積み込んで、担当範囲を走り回るつもり。
だから、稼働時間を長くしてもらったのは本当にありがたい。
「で、最後にこれ。試しに着けてみて」
そう言って差し出されたのは、黒い指ぬきグローブだった。
手の甲には、結晶管の接続部品が取り付けられていて、見た目はシンプルだけど無骨で、かっこいい。
「ウルフの爪を内蔵部品として使ってるの。魔石より出力は落ちるけど、腕力と握力の補助なら十分だと思うよ」
魔石は以前ブーツを作ってもらったときに半分に割って使用している。
これ以上分割したら効力が失われるかもしれないから、今回は素材を変えたということらしい。
グローブを両手にはめて、手首のベルトを軽く締める。
指を握ってみると、ほんのり力が湧いてくるような、不思議な感覚が走った。
(ソリがちょっと重くなってても、これがあればむしろ前より動きやすいかも)
「あと、注文されてなかったけど、これも作ってみたの」
アイリが差し出したのは、やや幅広の革製ベルト。
側面にはいくつもホルダーが並び、予備の結晶管がきっちりと収まっていた。
「装備が増えたから、こういうのあった方がいいと思って。ブーツとグローブは同じ規格にしてあるから、どっちでも使えるよ」
「……すごい。ほんとに、ありがとう」
ベルトを腰に巻き、ブーツを締め直して、パックとグローブの状態をもう一度確認。
返却が猶予された銃も、新しいベルトに括り付けてみる。
「……かっこよすぎる!」
思わずつぶやいたそのとき、奥の部屋からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「あ、カエデねえちゃん、おはよう……」
「おはよ。ユイ、どう? かっこいい?」
寝起きでまだぼんやりしていたユイが、目をぱちぱちさせたあと、ぱっと笑顔になる。
「すごっ! めっちゃかっこいい!」
「えへへ、でしょ? 今日は外でお仕事だから、そろそろ行かなきゃ」
「そーなんだ。カエデねえちゃん、気をつけてね?」
ユイの頭を軽くなでてあげると、そばにいたアイリがふっと目を伏せ、小さな声でつぶやいた。
「……ちゃんと、帰ってきてね」
今日は、いつもより少し危ない任務。
だけど、それを言葉にしなくても、アイリはきっと分かってる。
ぜんぶの装備を一気に預けていったし……まあ、察しちゃうよね。
「うん。絶対、帰ってくるよ。そのために、ぜんぶバッチリ準備してもらったから」
今度はアイリの頭にも手を添えて、優しく撫でる。
それから、ソリの取っ手をしっかり握って玄関へ向かう。
「いってきます!」
二人に見送られながら、わたしは朝の光のなかへ踏み出した。
少し重くなった浮遊ソリが、今日はなんだか、とっても頼もしく感じられた。
浮遊ソリを引きながら、わたしは門の近くに設けられた作戦本部へと向かった。
今日は朝から街のあちこちが慌ただしい。出入り口付近は特に混雑していて、武装した騎士やハンターたちの姿も見える。
ソリの取っ手を握る手に力が入り、適度な緊張感が走る。
(ここからが本番……だよね)
門の脇には簡易のテーブルとイスがいくつか並べられ、書類の詰まった木箱や補給物資が積まれた台車が置かれている。支援員やハンターの出発確認、物資の受け渡しを行うための、最小限の設備といった感じ。
その一角で、エレナさんがひとり、事務机に肘をついてうんざりしたように書類をめくっていた。
明らかに退屈そうで、目元にはうっすらと倦怠の影。
「あ。エレナさん、おはよう」
わたしが声をかけた瞬間、バッと顔を上げたエレナさんの目が輝く。
「おはようございます、カエデさん!」
それはもう、周囲の空気が変わるほど勢いのある挨拶で、数秒前の態度はどこに行ったのか。
近くの人が驚いてびくっと肩を震わせていた。
さっきまでのやる気のなさはどこへやら。机から立ち上がる動きすらキビキビしていて、もはや別人みたいだった。
エレナさんがここで事務の手伝いをしているのは、事前に聞いていた。いつも朝迎えに来てくれるエレナさんが、今日に限って来なかったのはそのためだ。
なんでも、事務員として参加するようにギルマスに強く頼まれたらしくて、断り切れなかったらしい。
“ギルドに貸しを作れば、今後のカエデさんの活動にも有利になる”とか言ってたっけ。
「すぐに受付を済ませますので、こちらへどうぞ」
それはともかく、すっかりやる気スイッチの入ったエレナさんは、わたしの分の書類手続きを手際よく終わらせる。
「はい、これで手続きは完了です。運んでいただく支援物資はあちらに用意してありますので、積み込みお願いします」
「うん。ありがとう!」
――うん、やっぱりエレナさんは、頼りになるな。
指差された方向には、布袋に詰められた保存食や水袋、応急キット、それに結晶管の束などが、きれいに整頓されて並べられていた。
わたしはソリを引いてそちらに向かい、荷台の上にバランスを見ながら、ひとつずつ順番に積み込んでいく。
グローブのおかげで、荷物の重さはあまり感じなかった。むしろ以前よりも、ずっと楽に感じる。
ひとつずつ荷物を確かめ、しっかりと括りつけていくたびに、任務に向かう実感がじわじわと湧いてきた。
最後の荷物を積み終え、取っ手を握り直す。――準備は、これで完璧。
作戦本部を離れて門を通り、事前に知らされていた担当エリアへと向かう。
少し歩いた先、森の入口が見えてきた。その手前には、白い布でできた大きなテントと、少し離れた場所に設けられた数台の木製テーブルが並んでいる。
テントの前には、水桶や清拭用の布、薬品らしき箱が並び、そこが怪我人を一時的に収容するための簡易医療施設だとすぐにわかった。通気性を重視した布張りの構造で、衛生管理のためか周囲はきちんと囲われている。
一方、野ざらしの木のテーブルのほうには、大きな麻袋や作業道具が無造作に置かれていて、そちらは魔獣の解体作業を行う場所らしい。匂いや衛生面を考えてか、テントとは適度に距離が取られていた。
その周囲には、すでに数人の人たちが集まっていた。装備の雰囲気や立ち居振る舞いからして、きっと今回、同じ担当エリアで作業する支援員やハンターたちなのだろう。
わたしはソリを止め、軽く息を整えてから、挨拶のためにその輪の中へと足を踏み入れた。
真っ先にわたしに気づいたのは、解体作業台の近くにいたグラットさんだった。
「おう、嬢ちゃん。今日はハンター参加か?」
「ううん。今日は物資支援員です。ちゃんと講習も受けましたから。……グラットさんも、同じエリアなんですね?」
わたしが荷物を満載したソリを指さすと、グラットさんは少し残念そうに口をゆがめた。
「なーんだ、残念。ま、まだEランクだったか? ならそっちのほうが安心かもな」
冗談めかした口調に、軽い笑みを浮かべるグラットさん。
そのすぐ後ろでは、懐かしい顔――あのときの医官のおじさんが、穏やかに手を振っていた。
「やあ、カエデさん。しばらくぶりだね。元気そうでなにより」
「はい、おかげさまで。……おじさんも、変わってないですね」
「若いっていいよねえ。今日は怪我しないように、気をつけるんだよ」
どこかのんびりとしたその言葉に、わたしは思わず頬をかいて笑った。
そのやり取りを見ていた数人のハンターたちが、わたしを見ながらひそひそと話している。
あからさまに訝しげな視線を向けてくる者もいる。
「……子供じゃねえか。大丈夫なのかよ?」
そんな声が聞こえてきた。
自分たちの命を預けるかもしれない物資運搬を、こんな見た目の子どもが担当するとなれば、不安に思うのも無理はない。
できれば安心して仕事してもらいたいけど……どう言えばいいのか、ちょっと迷ってしまう。
そんなふうに考えていた、そのとき。
「いや、お前、知らねえの? あの子、“角ウサギマスター”だぞ?」
「……それ最近流行ってる冗談だろ? 走って追いかけて、何十匹も捕まえたとか。あり得るかって」
わたしは思わず、頬に手を当ててうつむいた。
まさかその話が、こんなところまで広まってるなんて……。
否定したい気持ちもあるけど、あれは事実だし。それで少しでも安心してもらえるなら、まぁ……放っておこうかな。
「お前ら、その話はマジだぞ」
低くて太い声が背後から割って入る。
振り返ると、グラットさんがどっかりとした足取りでこちらへ近づいてくるところだった。
「先月に東の解体所がパンクした話は知ってるよな? あれもこいつの仕業だぞ。五百匹まとめて持ち込んだんだ」
「五百……?」
「解体所がパンク……?」
その場にいたハンターたちが一斉にざわめいた。口を開けて呆然とする者、目を丸くする者、頭を抱える者までいる。
ドン引きしたような視線もあったけれど、それ以上に「マジか……すげぇな」といった羨望や、「なら安心だな」といった安堵の表情が広がっていくのがわかった。
「えっと、カエデです。よろしくお願いします……」
そう言って頭を下げると、さっきまでの怪訝な空気はすっかり消えていて、期待の視線が向けられている。
……ちょっとだけ、くすぐったい気分。
その後も、合流するハンターたちに「この子が例の角ウサギマスターだぞ」と何度も紹介され、そのたびに、わたしは恥ずかしさと緊張で顔を熱くしながら頭を下げた。
(お、お願いだからもう広めないで……)
そんな思いとは裏腹に、わたしのところにはひっきりなしに挨拶が続く。
やがて最後のハンターが合流し、軽く手を挙げて言う。
「すみません、僕で最後みたいです」
その一言を合図に、集まっていたおよそ二十人ほどのハンターたちが、装備や顔ぶれ、ランクを見比べながら自然とグループを作り始めた。多くは三人か四人で組んでいるようだ。
銃を構える者、剣を背負う者、長い槍を担ぐ者……それぞれ装備も立ち居振る舞いも違うけれど、どこか一様に落ち着いた雰囲気がある。
とはいえ、全員が黙々としているわけでもない。
「いいか、わかってるだろうな。討伐数で負けた方が、今晩の酒、奢りだからな!」
「またかよ……お前俺に勝ったことないだろ」
「うるせえ! これから取り返すんだよ!」
そんな軽口を叩き合っているグループもいれば、仲間同士で真剣に打ち合わせをしている者たちもいた。出発前の空気は緊張と熱気が入り混じっていて、それでも皆どこか楽しげだった。
そして、その中で支援物資を担当するのは――わたし、ひとりだけ。
(事前に聞いてたし、覚悟はしてたけど……)
ソリの取っ手を握る手に、じんわりと汗がにじむ。
(この人数を相手に、わたしひとりで回すんだ。ちゃんとやらなきゃ……)
責任の重さがずしりと肩にのしかかってくる。
(大丈夫。装備は万全。思い付く限りの準備もした。わたしならできる)
やがてハンターたちは、それぞれのグループごとに森の中へと入っていった。
無言で歩みを進める者、仲間と最後の軽口を交わす者、「じゃあ、またあとで」と手を挙げて去っていく者、それぞれが自分たちの足取りで進んでいく。
わたしはその場に残り、ソリの横で待機する。
森の中から合図があれば、その場所まで物資を届ける――それが、わたしの役目だ。
いよいよ、任務が始まった。
カエデ「“角ウサギマスター”って名前だけ聞くと、すっごく間抜けじゃない……?」




