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こっちの世界は灰色です。それでも私は元気です。  作者: オーシマ
第2章:森の向こうで、何かが起きているみたいです
15/20

静かなカフェで、一緒にランチ

 ぽかぽかとした昼下がり。わたしとエレナさんは、家の近所にあるちょっとおしゃれなカフェでランチを楽しんでいた。


 お店の中は、落ち着いた雰囲気で、壁際にはふかふかの椅子が並んでいる。窓の外には、澄んだ青空が広がっていて、ほんの少し春の匂いを含んだ風がゆれていた。


 「同じのでお願いしますっ!」


 わたしがメニューの絵を見て選んだ瞬間、向かいのエレナさんがさっと手を上げて、店員さんにそう言った。ちょっと声が大きくて、他の席の人がちらっとこっちを見た。


 「すみません、つい……。だって、カエデさんと同じのを食べたくて……」


 わたしがちょっと苦笑いすると、エレナさんは口元を手で隠して、少し恥ずかしそうに笑った。


 そして運ばれてきたのは、たっぷり野菜を煮込んでとろとろになったポタージュと、焼きたての小麦パン。


 パンの端をちぎってスープに浸して食べると、やさしい甘みが広がって、心まであったかくなる。


 食後に出てきたお茶のカップを両手で包みながら、わたしはふと昨日の市場のことを思い出して聞いてみた。


 「ねえ、エレナさん」


 「はい、なんでしょう?」


 「……南の森って、まだ封鎖されてるの?」


 わたしの言葉に、エレナさんは一瞬だけ表情を固くした。それからカップを手に取り、少しだけ口をつけてから、わたしの目をまっすぐ見た。


 「……ええ。続いてますよ。ずっと」


 「昨日ね、市場でちょっと聞いたの。物が足りないのって……南の街道が通れないせいなんでしょ?」


 わたしの言葉に、エレナさんは静かにうなずいた。


 「そのとおりです。街道が封鎖されてから、物資の流通が滞ってるんです」


 「でも、ウルフが出ただけじゃないの? それでこんなに長く封鎖されるものなの?」


 「……カエデさん」


 その声色は、さっきまでとは違っていた。少しだけ低く、ほんの少しだけ、慎重な響きがあった。


 「本当は、まだ話すつもりじゃなかったんです。でも……どうしても、知りたいですか?」


 「……うん。教えて」


 エレナさんは少しだけ間を置いてから、小さな声でゆっくりと話し始めた。




 「この件はパニックを防ぐために、公に一部の情報が伏せられています。ですから……あまり、誰にでも話さないようにしてくださいね」


 「うん。……でも、エレナさんって、もうギルドの人じゃないよね? そんな詳しいことまで、どうして……」


 「ふふ……一応、元職員ですから。ちょっとだけ、顔が利くんです。関係者ってことで」


 意味深な笑みを浮かべたエレナさんは、それ以上何も言わず、真面目な顔で続けた。




 「まず、カエデさんがウルフを倒した後すぐに、第一調査隊が出発しました。目的は森のウルフ増加に関する原因の調査です」


 そこまで語ったところで、エレナさんは一度言葉を切り、視線を落として小さく息を吐く。


 その仕草が、これから口にする内容の重さを物語っていた。


 「……出発から数日後、そのうちのひとりである、魔獣学者の遺体の一部が、南の森で見つかりました」


 お茶の湯気が、ふわりと不気味に揺れた気がした。


 「遺留品として一緒に、調査隊長のマナパックと武器も落ちていたそうです。どちらも魔力が尽きた状態で。マナパックには防護機能が備わっていましたが、それも切れるまで噛まれ続けたようです」


 「…………」


 「他の二人の行方は、いまだに不明のままです」


 胸の奥がひゅっと冷たくなるような感覚がし、食事の余韻なんて、どこかへ消えてしまった。


 「……わたしが倒したのと、同じウルフだったら……そんなに強いってわけじゃないよね?」


 「いいえ。カエデさんが生きて帰ってきたことの方が、奇跡に近いんですよ」


 エレナさんは真剣な眼差しで言った。


 「狩猟や戦闘の経験の薄い学者なら、たった一頭でも命に関わります。実際、以前カエデさんが単独で狩猟したという報告も、ギルドはなかなか信用しませんでしたからね」


 そう、なんだ……。


 たまたま運がよかっただけだったんだ……。


 どこかで「自分は大丈夫」だと思い込んでいた。ゲームみたいに、上手くやればなんとかなるって、浮かれてた。


 でも、本当は違う。ここは命のやりとりが当たり前にある世界で、ウルフはその入り口にすぎないんだ。


 「そのうえで……最近は、そのウルフの数自体が増えてきているようです」


 「数が……多いの?」


 「正確な規模までは、まだ分かっていません。ただ、あのときより確実に多くなっていることは確かです」


 そんなことになってたんだ……。


 このまま、じっと待っていれば、本当に解決するんだろうか。


 街にだって、もっと悪い影響が出てくるんじゃ――そんな不安が、胸の奥でじわりと広がった。 


 「その後の調査で、森のウルフはさらに南から流れてきた群れだと分かっています。次回以降の調査では原因を突き止めるために、調査範囲を南に広げるようです」




 わたしはぬるくなったお茶に視線を落とした。窓の外には、綺麗な青空が広がっているはずなのに、今はやけに息苦しく感じた。


 魔獣学者が死んだ。行方不明の人がいる。ウルフの数が増えてる。南の森は、ただの「ちょっと危ない場所」なんかじゃなくなっている。


 「……これから、もっと悪くなっていく気がする」


 ぼそりと、そんな言葉が口からこぼれた。


 エレナさんは、わたしの顔をじっと見て、何も言わずに小さくうなずいた。


 「……わたしに、できることって、ないかな……」


 ぽつりとこぼれた自分の声に、思わず口をつぐむ。


 森のこと、ウルフのこと、街道の封鎖のこと。


 話を聞けば聞くほど、怖さも増してきて――だから、本当は、きちんとした人たちに任せておくべきだって、頭では分かってる。


 それでも、ただ見ているだけっていうのも、なんだかつらくて。


 「ダメです」


 きっぱり、そう返された。


 エレナさんの声には明らかな拒絶の意志が込められている。


 「……たしかに、次回以降の調査では規模も拡大して、民間のハンターにも協力要請としてギルドを通じた募集が出る予定です。けれど――すでに犠牲が出ているんです。そういう任務にカエデさんを向かわせたくありません」


 はっきりとしたその言葉に、わたしは小さく目を伏せた。


 「……そっか。だよね、ごめん。無理なこと言っちゃった」


 わたしは、自分ではこの件で力になれないことを、ちゃんと分かってたつもりだった。


 それでも、ほんの少しでも何か出来ないかと思って、つい無茶なことを言ってしまった。


 恥ずかしくて、情けなくて――自分にがっかりする。


 少しのあいだ沈黙が続いて――それから、エレナさんは少し考え込んでから、困ったようにため息をついて、そっと口を開く。


 「……調査隊の件とは別に、南の森での掃討作戦が予定されているんです」


 「掃討作戦……?」


 「ええ。調査範囲を広げる前に。森に流れ込んできたウルフをある程度駆除する、という街主導の作戦です。騎士団だけでなく、ギルドを通して民間のハンターにも協力を募っています」


 そこで一度言葉を切って、エレナさんはほんの少しだけ口ごもる。


 「それの……支援員として、参加するなら……検討の余地はあります」


 「……ほんと?」


 「戦闘や狩猟ではなく、あくまで他の方のサポートがメインです。危険な場所までは入らないはずですし……。カエデさんのランクでも十分に参加は可能です」


 そう言いながらも、エレナさんの声はどこか渋く、視線も少し逸らしがちだった。


 ――やっぱり、本心では行かせたくなかったんだ。


 それでも、落ち込んだわたしを見て、無理をして選択肢を出してくれたんだと思う。


 「……それ、やってみたい。参加しても、いいかな?」


 気づけば、わたしは静かに、少しおそるおそるといった感じで口にしていた。


 エレナさんの目が、ぱちりと見開かれる。


 「……やっぱり、そう言いますよね」


 そう苦笑しながらも、ほんの少しだけ安心したように、表情が和らいでいた。


 やれやれといった雰囲気の中にも、嬉しそうな笑みが浮かんでいるように見える。


 「わかりました。では、支援員の内容を先に少し説明しますね」


 「うん、ちゃんと聞く。ありがとう」


 気持ちを切り替えるように、わたしは背筋を伸ばして、エレナさんのほうに向き直った。


 「まず、支援員といっても、今回のような作戦の場合、いくつかの役割に分かれてるんです」


 そう前置きして、エレナさんは指を折りながら説明を始める。


 「たとえば、現地で怪我人の治療を行う《医療支援》、魔法器の整備や調整を行う《技術支援》、それから、討伐した魔獣の解体や除染作業を担当する《処理支援》などがあります」


 どれも専門の知識や技術が必要な内容で、とてもわたしには務まらなそうだけど……。


 「で、カエデさんが参加するのは《物資支援》などと呼ばれていますね。戦闘にあたる騎士やハンターのもとへ、交換用の結晶管、水や食料、薬品などを届ける役目です」


 「えっと、補給係みたいな感じ?」


 それとも運動部のマネージャーみたいな感じかな?


 「ええ。魔石付きのブーツもありますし……反対しておいてなんですけど、適任だと思いますよ」


 そこまで言って、エレナさんの目が、きゅっと真剣になった。


 「ただし、繰り返しになりますが――絶対に無理をしないと、私と約束してください。支援対象が危険な位置にいる場合、近づかずに引き返せますか?」


 わたしは――すぐに、うなずけなかった。


 頭の中に浮かんだのは、森でアイリがウルフに襲われかけた、あのときの光景。


 もし、怪我をして動けなくなった人がいて、そのすぐそばに魔獣がいたとしたら――


 見捨てて、引き返すなんて……わたしに、ほんとにできる?


 たぶん、わたしは――。


 「……それでも、逃げられるように努力します。絶対、死なないって約束します」


 視線をそらさずに、わたしはそう言った。


 すると、エレナさんはふっと表情を緩めて、肩の力を抜いたように微笑んだ。


 「……ちょっと、意地悪でしたね。ごめんなさい」


 ぽつりと漏れたその声は、さっきまでの厳しさとは違って、どこか照れたような、優しい響きを帯びていた。


 「でも、それくらい本気で心配してるんです。カエデさんが無事に戻ってきてくれなきゃ……私、本当に困るんですから」


 言いながら、エレナさんは少しだけ目を伏せて、小さく笑った。


 「私も、アイリちゃんも、ユイちゃんも。みんな、カエデさんの無事を願ってます。だから――それを、絶対に忘れないでくださいね」


 「……うん、ありがとう」


 わたしがそう言うと、エレナさんは胸ポケットから小さなメモ帳を取り出し、さらさらと何かを書きながら続けた。


 「武器に関しては、貸与品の返却を遅らせるよう、私からギルドに話を着けます。本当は正式な武装を用意すべきなんですけど……使い慣れたものの方が、思わぬ事故を防げますからね」


 「そんなことできるの?」


 「本来は許されませんが、以前と同様に私がねじ込んみますので、安心してください」


 ……エレナさんって、やっぱり只者じゃない。


 「それから、支援員の申し込みも今日中に済ませておきます。後日ギルドで講習があるはずなので、日程が決まり次第、カエデさんには私から知らせますね」


 「うん。ありがとう。無理言っちゃってごめんね」


 わたしがそう言うと、エレナさんはにっこり笑って、胸を張った。


 「どんな無理でも言ってください。それを、可能な限り実現させるのが――秘書である私の役目ですから!」


 当然みたいな顔で断言するエレナさんは、本当に頼もしかった。




 「では、そろそろ、出ましょうか」


 そう言って、エレナさんが荷物をまとめて席を立つ。


 気づけばもう夕方。いつの間にか、ずいぶん長居してしまっていた。


 わたしも慌てて残っていたお茶を飲み干して、あとに続く。


 エレナさんと並んでカウンターに向かい、財布を取り出そうとした――そのとき。


 「お会計、こちらで」


 エレナさんが一歩先に出て、さっと自分の財布を差し出して、わたしの分まで支払いを終えてしまった。


 「あっ、ちょ、待っ――」


 そして、いたずらっぽく笑いながら、わたしの方を見て得意げに言った。


 「ふふっ、初デートでは年上が奢るものなんですよ」


 え、そういうの、気にするタイプだったんだ……。


 一瞬言葉を失ってから、慌てて声を上げる。


 「……って、デートじゃないからね! しかも、誘ったのはわたしの方だし!」


 思わず声が上ずってしまって、わたしは急いで咳払いをひとつ。


 エレナさんはくすくす笑っていて、なんだか悔しいけど――ちょっとだけ、楽しかった。

カエデ「……わたし、また暗くなって、周りに気を遣わせちゃった。ほんと、ごめんね、エレナさん」

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