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こっちの世界は灰色です。それでも私は元気です。  作者: オーシマ
第2章:森の向こうで、何かが起きているみたいです
13/20

エレナさんを巻き込んだら、すごいことになった

 「――エレナさん。ギルドのこととは別なんだけど、ちょっと相談してもいい?」


 わたしはギルドの飲食スペースで、向かいに座るエレナさんに声をかけた。


 今や彼女は、ギルドの受付嬢ではなく、わたし専属の秘書だ。


 いつもの制服ではなく、落ち着いた感じのフォーマルな服を着ている。かっちりしすぎないけれど、品があってきちんとしていて――とてもエレナさんらしい装いだった。


 「相談……ですか? もちろん。私でよければ、どんな相談でもお聞きしますよ!」


 少し乗り出し気味で返してくる彼女は、先日から少しテンションが高い。


 「ありがとう。でも、その前に、一つだけ……」


 わたしはそっと、少しだけ声を潜めて言った。


 「――秘密を、絶対に守ってくれる?」


 一瞬、沈黙が落ちる。


 「……っ! はいっ、もちろんですとも!!」


 エレナさんは弾かれたように背筋を伸ばし、手を胸に当ててぴしっと答えた。


 ぱっと表情が明るくなって、瞳がまるで星みたいにきらきらしてる。


 「な、なにそのテンション……」


 「いやあ、だって、秘密の相談ですよ? カエデさんがこうして、私に大事な話を任せてくれるなんて……もう、嬉しくて感動してるんですよ!」


 真面目な顔で言ってるけど、口元が緩んでるのはバレバレだ。


 ……ほんと、こういうところが憎めないな、と思わず笑いそうになってしまう。


 「……っと。すみません、取り乱しました。はい、大丈夫です。秘密、絶対に守りますから!」


 勢いを抑えて軽く頭を下げるエレナさんに、わたしは小さくうなずいた。


 「……うん、ありがとう」


 少し浮かれた様子はあったけど、やっぱり空気は読んでくれる。


 こういうとき、ちゃんと切り替えてくれるのが、エレナさんの頼もしさだと思う。




 一度だけ、静かに息を吸って、軽く周囲を見渡した。


 近くには誰もいない。今はお昼前くらいで、比較的人も少なくて静かだ。注意していれば、内緒話も十分できる。


 少しだけ慎重に声を落として、話し始めた。


 「――これは、わたしの武器にも関係する話なんだけどね……実は、わたしが使ってる魔法器は全部、ある工房で見てもらってるの」


 エレナさんが、表情を引き締めて真剣に耳を傾けてくれる。


 「小さな工房なんだけど、ちょっと特殊な事情があって……」


 言葉を選びながら、ゆっくりと説明を続けた。


 「……その工房、今は子どもだけで運営してるの。両親はもう亡くなってて……営業の正式な認可も取れていない状態」


 「……なるほど。それで、武器の用意に困っていたんですね……」


 「そういうこと。それで、わたしも素材を分けたり、魔法器の調整を積極的に依頼したりしてて、今のところ生活はなんとか回ってるんだけど……」


 わたしは一度だけ視線を落とす。


 「でも、それじゃ根本的な解決にはならない」


 「……カエデさん」


 エレナさんが、優しい声で名前を呼ぶ。


 「だから、エレナさんに知恵を借りたいの。あの子たちは、わたしの大切な友達だから……このままじゃダメだと思ってて、何とかしてあげたくて……」


 私はまっすぐにエレナさんの目を見る。


 「……非認可で運営してるから、だから、これを話したのは、今のところエレナさんだけ」


 その言葉に、エレナさんは驚いたように目を見開き、それからふっと、あたたかい笑顔を浮かべた。


 ここまで静かに聞いていた彼女が、静かに、でもどこか嬉しそうに口を開く。




 「いやあ……そこまで信頼してもらえていたとは。こんなに大事な話を私にしてくれるなんて、感動しちゃいましたよ」


 少ししみじみとした様子で、静かに頷いた。


 「つまり、そのお友達の工房の運営を改善できるように、具体的なアイデアが欲しいということですね?」


 「うん。どうかな……?」


 エレナさんは少し考えるように視線を落とし、それから真剣な表情のまま、そっと顔を上げた。


 「そうですねぇ……もしかすると、ですけど……その工房、きちんと申請すれば、街に認可される可能性があります」


 「え!? で、でも、ご両親が亡くなったときに、役所で“子どもだけではダメ”って申請を断られたって言ってたよ?」


 「滅多に使われない制度がありまして、おそらくそのとき対応した職員も知らなかったのでしょう。今お聞きした限りでは、おそらく要件を満たしていると思います」


 ……エレナさんなら、なにか力になってくれるとは思っていたけど……これは、予想以上だ。


 「まずは、私も工房に連れて行って頂けますか? 実際にお会いして確認したいことがいくつかあります」


 「うん。実はもう、その子には話してあるの。今日、信頼できる人を連れていくって」


 「……それは、光栄ですね」


 わたしは立ち上がり、エレナさんと並んでギルドを後にする。


 工房へ向かう足取りは、ほんの少しだけ軽かった。




 ◆◇◆◇◆◇




 工房の扉を開けると、すぐにアイリとユイが出迎えてくれた。 


 「お待たせ。昨日言った、“信頼できる人”、連れてきたよ」


 わたしは一歩前に出て、後ろを振り返る。


 「この人がエレナさん。今はわたしの秘書みたいなことをしてくれてて……街の制度とか、そういうのにすっごく詳しいの」


 エレナさんは穏やかに会釈し、二人に目線を合わせてから、落ち着いた笑顔で話す。


 「はじめまして、エレナ申します。少しの間、お邪魔しますね。……今日は、カエデさんからお話を聞いて、お手伝いできることがないかと、一緒に伺いました」


 「……アイリです。こちらは妹のユイで……」


 「ユイですっ。よろしくお願いしますっ!」


 アイリが少し緊張したように頭を下げ、ユイは元気いっぱいにお辞儀をした。


 あらかじめ「知り合いを連れてくる」と伝えていたからか、ユイはあまり人見知りせずにいてくれて、ちょっと安心した。


 エレナさんも、にこやかに微笑みながら優しく応じてくれる。


 それからアイリに促されて、わたしたちは店内のテーブルに腰掛ける。


 「では、早速ですが、本題に入らせていただきますね」


 エレナさんの声が、少しだけ真剣な調子になる。


 「カエデさんから、こちらの工房が現在“非認可”で運営されていると伺いました。ですが、条件さえ満たしていれば、正式な認可を受けられる可能性があります」


 「……本当に、そんなことが?」


 アイリが目を見開いて驚く。


 エレナさんは、やわらかく頷いた。


 「はい。その確認のために、今からいくつか質問させていただきます。少しだけご家庭の事情に触れる内容もありますが……よろしいでしょうか?」


 「……えっと、はい。構いません」


 アイリはまだ少し困惑しているようだが、なんとか話に着いて行こうとしている。


 「ありがとうございます。では、順に質問させていただきますね」


 そう言って、エレナさんはカバンから数枚の書類と筆記用具を取り出した。


 「それでは、まず――」


 エレナさんはアイリにいくつかのことを尋ねながら、手元の書類に内容を書き込んでいく。


 この工房がもともと両親のものであったこと。


 アイリ自身もその業務の全般に関わっていたこと。


 両親が亡くなったあと、そのまま工房を引き継ぎ、維持してきたこと。


 そして、当時役所に相談した際、「子どもだけでは営業申請はできない」と言われ、断念したこと。


 帳簿や素材の使用記録など、きちんと残されているかどうか――そんな確認だった。


 わたしは隣で静かにそのやりとりを聞いていたけど、エレナさんの表情にはずっと、確かな手応えのようなものが浮かんでいて、思わず胸が高鳴った。


 一通りの質問を終えて、手元の書類を見直してから、エレナさんが口を開く。


 「ありがとうございました。結論から言うと、ほぼ間違いなく申請は通ります。」


 その一言に、ずっと緊張していたアイリの表情が、ぱっと明るくなった。


 エレナさんは、そんなアイリの様子に優しく微笑んでから、あらためて続ける。


 「今回は、いわゆる“営業登録の特例”に該当するケースです。本来、営業には年齢制限がありますが、親から事業を相続した場合で、かつ生前からその業務に関与していた実績がある場合には、年齢の制限が免除されることになっているんです」


 「でも、あの時はだめだって……」


 「実際に使われることがほとんどない制度なので、知らない職員も多いんです。でも、今のお話を聞く限り、あなた方はその要件をしっかり満たしていると思います」


 そう言いながら、エレナさんはメモを見返し、用紙を一枚めくった。


 アイリが戸惑いながらも、ほんの少しだけ希望をにじませた顔で、ちらりとわたしの方を見る。


 わたしはうなずき返す。


 大丈夫、エレナさんならきっと、ちゃんと道を示してくれる。


 「ちなみに、売上の帳簿や営業の記録などは残っていますか?」


 「はい。両親の教えで、帳簿と素材の使用記録は全部残してます」


 「それは素晴らしいですね。それらを提出資料としてまとめれば、非認可で運営していた期間も“営業継続中”として扱える可能性があります。納税についても、その期間分を今から納めれば、脱税にはなりません」


 アイリが、信じられないといった表情で、ぽかんと口を開ける。


 「それって……ほんとに、そんなふうに……」


 エレナさんは一呼吸おいて、今度は少しだけ姿勢を正した。




 「さて、それが見えてきたところで――もうひとつ、先のお話ができますね」


 声の調子が変わり、空気がぴんと張る。


 「もしこの工房が正式に“営業中”と認められた場合、“業務上必要な資格”として、武器取り扱い免許の試験を年齢制限なしで受けることが可能になります」


 「……っ!」


 「つまり、正式な手続きを踏めば、アイリさんが武器を扱えるようになる、ということです」


 しばらく、誰も口を開かなかった。 


 でもその沈黙を破るように、エレナさんがしっかりと念を押す。 


 「ただし、免除されるのは“年齢”だけです。試験そのものは通常通りに行われますので、資格を取るためには、しっかり勉強してもらいますからね」


 「……はいっ! わたし、がんばって免許とって……ちゃんとカエデおねえちゃんの役に立てるようになります!」


 アイリがまっすぐに、わたしを見つめながらそう言う。


 その様子に、エレナさんはふっと表情をやわらげて、優しく微笑んでくれた。




 「では、最後に……帳簿と、素材の使用記録を見せていただけますか?」


 エレナさんがそう言うと、アイリはすぐに奥の棚から分厚いノートを数冊取り出してきた。


 「これが、売上と材料の記録です。日付と内容は全部、父のやり方をそのまま真似して書いてて……」


 「ありがとうございます。お借りしますね」


 そう言うなり、エレナさんは数枚の用紙を取り出し、ペンを走らせ始めた。


 まるで魔法でもかかっているかのような速さで、帳簿の内容を次々と書き写していく。


 ――すご……。


 思わず息を呑んだ。




 話も一段落して、アイリが追加の飲み物を取りに立ち上がる。


 その頃、少し離れた椅子に座っていたユイが、退屈そうにわたしの服の袖を引っ張った。


 「ねえ、カエデねえちゃん。あの人が……カエデねえちゃんの舎弟のひと?」


 「ぶっ……!?」


 思わず変な声が出そうになって、慌ててユイの口を手で押さえる。


 「ちょ、ちょっとユイ! だから舎弟じゃないってば……!」


 おそるおそる、エレナさんの様子をうかがう。――聞こえてない、よね?


 彼女は相変わらず、ものすごい集中力で帳簿に目を走らせながら、手を止める気配すらない。


 ……セーフ。


 ほっと胸をなで下ろしていると、アイリが湯気の立つマグカップを人数分持って戻ってくる。


 まずはエレナさんのそばに一つ置いて、それからわたしの隣へ腰を下ろしながら、そっとお茶を差し出してくれる。


 「カエデおねえちゃん……ほんとに、ありがとう。わたし、自分じゃどうしようもないって思ってたから……」


 わたしは笑って首を振った。


 「ううん。お礼はわたしよりエレナさんに言わなきゃ。……今は手が離せなさそうだから、あとで一緒に言おう?」


 アイリは少し照れくさそうにうなずいて、それから控えめに笑った。




 「でも、ほんとによかったね。これからは、堂々とお店をやっていけるし、資格も取れたら、わたしの武器も任せられるね」


 「……うん、本当に、ありがとう……」


 その声には、かすかに震えが混じっていた。


 ずっと、背負ってきたんだよね、この小さな背中で。


 それからアイリは一度、深く息を吸ってから、まっすぐとわたしの方を見つめて続ける。


 「……わたし、絶対に武器の取り扱い資格、絶対に合格するから!」


 そう力強く宣言して、今度は少し恥ずかしそうに言葉を続ける。


 「……それで、ちゃんと免許取ったら……わたしも、カエデおねえちゃんの、専属になる! 専属技師!」


 ちょっと顔を赤くしながら、でも真剣なまなざしでそう宣言する。


 ――専属、か。


 それにしても、わたしにはエレナさんという“専属秘書”がいて、今度はアイリが“専属技師”だなんて。 


 わたし、運にはけっこう自信があったけど、最近は――人にも恵まれてるんだなあ、なんて。


 ……まあ、いいよね。




 「……でも、アイリはお店もあるから、どっちかっていうと、“お抱え技師”かな」


 そう返すと、アイリはますます顔を赤くして、照れ隠しのように下を向いた。


 そのとき。


 「ふう……お待たせしました」


 エレナさんがペンを置いて、軽く体を伸ばしてから、帳簿と素材の記録を丁寧にアイリに手渡した。


 「必要な内容はすべて写し終えましたので、こちら、お返ししますね。」


 そして、腕時計のような小さな道具をちらりと確認すると、ぴしっと立ち上がる。


 「今から急げば、まだ今日中に窓口に申請書類を出せそうです。私がアイリさんの代理人として行ってきますね」


 「えっ……そんな、急に――」


 アイリが慌てて立ち上がるけど、エレナさんはにこやかに片手を上げた。


 「大丈夫。窓口とのやり取りは慣れていますから、任せてください。それよりアイリさんは、試験を受ける準備を進めておいてください」


 そう言い残すと、エレナさんは広げた書類を手早くまとめ、駆け足で工房を後にした。


 「……エレナさん、すごい……」


 ぽつりと呟くアイリに、わたしも思わずうなずいた。




◆◇◆◇◆◇




 エレナさんが駆け足で去っていった工房の入り口を、わたしはぼんやりと見つめていた。


 珍しい制度を知っていて、あっという間に申請書類を揃えて、そしてその日のうちに窓口に走っていってしまった。


 ……すごいなあ、ほんとに。


 あっという間だった。まるで嵐みたいに、全部を動かして、全部を整えて、解決しちゃった。


 「……わたしなんかより、よっぽどアイリの力になってくれてるね」


 つい、ちょっとだけ寂しく感じて、ぽつりとこぼしてしまった。


 隣でマグカップを手にしていたアイリが、きょとんとした顔でこちらを振り返る。


 「え? なに言ってるの?」


 「いや……だって、エレナさん、すごかったし。制度のことも申請のことも、わたしには全然分からなかったから。なんか……わたしじゃ、二人の力に、なれてなかったのかなって……」


 店の隅に積まれた干し肉の山がまた視界に入って、少し自嘲気味に笑ってしまう。


 結局、この数か月間でわたしにできたのは、あれだけ。


 エレナさんみたいに、根本的な解決の糸口は、わたしでは示してあげられなかった。


 でも、アイリはきっぱりとした声で、言い返す。


 「エレナさんを紹介してくれたのは、カエデおねえちゃんでしょ?」


 それから、少しむっとしたような顔で言葉を重ねる。


 「それに、エレナさんもカエデおねえちゃんのこと、すごく信頼してるように見えたよ。……だから、やっぱりカエデおねえちゃんがすごいんだよ」


 そしてふっと優しく笑って、ほんの少しだけ視線を落とす。


 「わたし、カエデおねえちゃんが、外でウルフから助けてくれたこと、ちゃんと覚えてるからね。あのとき、カエデおねえちゃんが来てくれたから、今もこうやって生きてるんだよ?」


 言いながら、そっとわたしの手に自分の手を重ねてくれる。


 反対側からは、ユイもまねするように手を重ねてくれた。


 「だから、そんな風に思わないで。わたし、カエデおねえちゃんにいっぱい感謝してる。……いつも助けてもらってて、ありがとうって、ずっと思ってるから」


 アイリのまっすぐな視線が、突き刺さる。


 ユイも覗き込んで心配そうな顔をしていて……わたし、また暗くなっちゃったなって少し反省した。


 ……最近のわたしの悪い癖だな。


 ついネガティブになって、周りに余計な心配をかけちゃう。


 「カエデねえちゃんのくれるお肉、多すぎるけど美味しいよ……?」


 「……そうだね。ごめん、またちょっとだけ暗くなっちゃった。ありがとう、二人とも」


 こうして素直に感謝を向けられるのって、なんだかくすぐったくて、ちょっと照れくさい。


 それを誤魔化すみたいに、二人の頭を軽く撫でた。




 アイリはその手を、ぎゅっと握り返してから、また力強く笑った。


 「……だから今度は、わたしがカエデおねえちゃんに、知識と技術でお返しできるのが、すっごく嬉しいの!」


 その顔は、もうすっかり前を向いていた。


 これまでの不安も、不満も、吹き飛ばしたみたいな――そんな眩しい笑顔だ。




 「ありがとう。わたしも、アイリの作ってくれる新しい魔法器、すっごく楽しみだよ」


 アイリの手を強く握り返す。


 「じゃあ、エレナさんの言う通り、まずは試験の準備だね。わたしも手伝うから、頑張ろう!」


 そのやりとりを聞いていたユイも、勢いよく手を上げた。


 「わたしもお手伝いするーっ!」


 「ふふっ、ありがと、ユイ」


 こうして工房の空気は、ようやく落ち着いてきた。


 穏やかで、温かい――わたしの大好きな空気だ。

カエデ「エレナさんも、思ってたよりずっと凄い人だったよ……」

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