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こっちの世界は灰色です。それでも私は元気です。  作者: オーシマ
第1章:新しい街で、わたしの毎日が始まりました!
10/20

日記、書き始めてみたよ

【表記に関するお知らせ】

これまで「狼型魔獣」としていた魔獣について、今後は「ウルフ」という呼び方と併用していきます。

「狼型魔獣の、ウルフという種類」と考えてください。


今後、魔獣の種類が増えた際に、「○○型魔獣」と毎回表記すると、ややこしくなりそうだと感じたため、会話や描写の状況に応じて、より自然な呼称を使い分けていく予定です。


これまで読んでくださっていた皆さまにはご迷惑をおかけしますが、何卒ご了承いただけますと幸いです。

 「お待たせしてすみません。ウルフ一頭の討伐報酬です」


 「ありがとうございます!」


 あれから数日して、今日はギルドの窓口に来ている。例のウルフの討伐報酬を、エレナさんが本当に用意してくれた。


 以前は混んでいる時間帯に来て迷惑をかけてしまったので、今回は昼過ぎのそれほど混んでない時間に来てみた。それでも、ちらちらと視線を向けてくるハンターたちの気配は少しだけ気になる。


やっぱり、大人ばっかりのギルドでは、わたしみたいなのは目立ってしまう。


 そんなことを考えている間に、差し出されたトレーには、薬草の時の三倍ほどのお金。


 「ギルドカードもお返しします。Eランク依頼の成功として記録してありますよ」


 「……え? Eランク!?」


 思わず声が出た。


 「この前のやつって、Fランクの仕事じゃなかったんですか?」


 「薬草採取はFランクでしたが、ウルフの討伐はEランクの別依頼として処理できました」


 そう言って、エレナさんは少し誇らしげに微笑んだ。


 「少し苦戦しましたけど、カエデさんの頑張りがきちんと評価されてよかったです。おめでとうございます」


 「うわ、すご……。ありがとうございますっ!」


 喜びのあまり、わたしはその場で軽く跳ねた。


 ギルドカードを受け取ると、相変わらず見た目に変化はないが、なんだかちょっと心強くなったような気がする。


 「ちゃんと成長してる……っぽい! わかんないけど!」


 と、その時だった。


 「おーい、嬢ちゃん、今日はいるかー!」


 ギルドの入口から、ぶっきらぼうな声が響いてきた。


 「グラットさん?」


 わたしが振り返ると、除染所でお世話になったあの職人さんが、こちらに歩いてきていた。


 「お、いたいた。やっと会えたな」


 「どうしたんですか? わたしのこと探してたんですか?」


 「ま、ちょっとした用事だ」


 そう言いながら、グラットさんはポケットから小さな木箱を取り出した。


 それをこちらに差し出して、小さな声でこっそりと伝えてくる。


 「この間、買い取ったウルフな。あれ、解体してたら――出たんだよ。魔石が」


 「……えっ」


 一瞬、言葉が出なかった。


 魔石。それは、ほとんどの個体からは出ない、極めて希少な素材。


 「本来は買い取りの時点で、魔石が出たらどうするか取り決めるんだけどな。……滅多に出ないから忘れてた」


 ぽりぽりと頭をかきながら、グラットさんは続ける。


 「黙って貰っちまおうかとも思ったんだが、やっぱり嬢ちゃんに不義理はあり得ないと思ってな。渡したくて探してたんだよ」


 わたしは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


 「……わざわざ探してくれてたんですね、ありがとうございます……」


 木箱の中には、小さな紫色の結晶――淡く脈動するような光を放つ、それが入っていた。


 「うひゃ……これ、本物ですよね……?」


 「こんなところで開けるな。見せびらかしてると後ろから刺されるぞ。俺も実物を見たのは初めてだが、間違いなく本物だ。」


 グラットさんが、真面目な顔で言うので、私は慌てて箱を閉じた。


 「……まったく、適当ですね。グラットさん」


 エレナさんが横から、呆れたように声をかけた。


 「大体、カエデさんからネコババしようだなんて、私黙ってませんからね」


 柔らかく微笑みながらも、その目はじっとグラットさんを射抜くように鋭い。


 「……悪かったよ、冗談だって。ほら、ちゃんと渡してるだろ」


 グラットさんは肩をすくめて、バツが悪そうに笑った。


 「まぁなんだ……、使うもよし、売るもよし。素材としては一級品だ。お前さんなら、どうする?」


 「うーん……」


 手の中の箱を見つめながら、自然と顔がほころぶ。


 「……わたし、運だけは良いんです」


 「ほう?」


 「昔から、SSRの二枚抜きなんて当たり前でしたし。最高記録は十連で七枚!」


 「……なんの話だ」


 「いや、通じないのは分かってるんですけどっ!」


 とりあえず照れ笑いでごまかして、話を戻す。


 「売ってもいいけど、せっかくなら、友達の工房に持ち込んでみようかな……」


 「まぁそれがいいな。魔石付きの道具が使えるハンターなんてそうはいない。嬢ちゃんの格も上がるってもんだ」


 そう言って、感心したように笑ってから、わたしに背を向けた。


 「じゃあな、嬢ちゃん。次の持ち込みも期待してるぞ」


 「はいっ、ありがとうございました!」


 グラットさんを見送ってから、今日のもう一つの要件を思い出して、カウンターのエレナさんに向き直る。


 「エレナさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


 「はい、なんでしょう?」


 「文房具って、どこで売ってるか知ってますか? 日記帳とか……そういうの」


 エレナさんは少し意外そうな顔を見せてから、地図を出してくれる。


 「日記帳……この通りの雑貨屋さんだったら、置いてるかもしれませんね。それかこっちのお店にも……地図の写しを用意しますね」


 彼女は地図を指さして日記帳の置いてありそうなお店を何件か説明してくれた後、それらのお店に印をつけた地図の複製をくれた。


 「ありがとうございます。これから行ってみますね」


 ――そう。こっちに来てからの事を日記に残そうと思ってるんだ。


◆◇◆◇◆◇


 帰り道で、エレナさんに教えてもらった雑貨屋さんに寄った。


 いくつか並んでいた中から、表紙に花の絵が描かれた、可愛い感じの日記帳を選んだ。


 それから家に戻り、買ってきた日記帳を机にそっと置いた。



 日記なんて学校の課題以来だけど、今度は自分のために書いてみたくなった。


 ペンを握って、日記帳の最初のページを開く。


 こっちの世界に来て、もうすぐ一ヶ月。まずは、今日までの事を振り返って書いてみようと思う。


 ほんの少しだけ深呼吸して――ゆっくりとペンを走らせる。





 最初は、突然こっちの世界に呼び出された。


 本物の異世界召喚だ! とはしゃいだのは最初だけ。


 わたしを呼んだのは研究目的で、終わったら帰れるというので、実験にも協力してた。


 でも、その後すぐに事故が起きて帰れなくなっちゃった。


 正しくは、わたしが帰ることで、こっちの世界から魔素を持ち帰ってしまう、っていうことらしい。


 魔素がどのくらい危険なのか、この時はまだ少ししか分かってなかったけど、わたしのせいで家族や友達にも危険が及ぶと聞いてしまったから……。


 話が違うと怒ったし、沢山泣いた。


 それでもなんとか落ち着いて、現状を受け入れた。


 事故の責任を感じた街の領主であるニコラ様が、実験用に借りていた翻訳ネックレスを「そのまま持っていていい」と言ってくれて、そのうえこの家や街での身分も全部用意してくれた。


 とにかく不安で一杯だったけど、こっちの世界で生きていくって、しっかり覚悟した。


 お母さん、お父さん、お兄ちゃん。黙っていなくなっちゃって、ごめんなさい。





 街での生活に慣れてきた頃、自立を目指し、最初の仕事に街の防壁の清掃を選んだ。


 街の外を見てみたかったし、せっかくなら異世界を冒険してみたくて、その足掛かりのつもりだった。


 だけど、ウルフっていうでっかい狼みたいな魔獣に襲われて大怪我した。


 そのまま病院に運ばれて、怪我はすぐに治ったんだけど、周りに迷惑かけちゃった。


 怖かったし痛かったけど、これがきっかけで、アイリと友達になれたんだ。


 ……そういえば、この時の清掃の報酬、まだ貰ってない……。


 今度、清掃のリーダーにもう一回会いに行こう。





 退院してから、アイリの家に行ったら、妹のユイともすぐに友達になれた。


 二人はまだ子どもなのに二人だけでお店をやってて凄いんだよ。


 しかも、アイリは魔法器の修理や調整まで、大人顔負けにやってくれて、ほんとに凄かった。


 この街で初めての友達が出来て、不安だったこっちでの生活は、この頃からどんどん楽しくなってきた。





 その後はハンターになるために、ギルドで試験を受けたんだけど、筆記はボロボロだったらしい。


 それでも研修用のランクで合格して、ハンターとして初めてのお仕事に薬草集めを選んだ。


 やっぱり薬草集めが初心者の定番、とか思ってたら、またウルフに遭遇しちゃった。


 でも、今度はアイリが調整してくれた装備と、ギルドから借りてた武器のおかげで、怪我もしなかったし、ウルフを倒すこともできた。


 お仕事は大成功で、しっかりお金も貰えた。


 自分でお金を稼ぐのは、日本にいた頃にも経験しなかったから、少し感動しちゃった。


 ウルフからは魔石っていう凄いレアな石が取れたんだけど、使い道はまだ考え中。アイリに見せたら、何かいい使い道を考えてくれるかな。





 ――今日までの事を思い出しながら日記に書いていて、……気づいたら、日記っていうより、誰かへの報告みたいになってた。


 ただ出来事を書き残すだけのつもりだったのに、なんだか、誰かに「こんなことがあったよ」って伝えようとしてるみたいだ。


 きっと、わたし……日本にいる家族に、届けたかったんだと思う。



 もう帰る事も、何かを伝える事もできないと覚悟したはずなのに。


 それでも、心のどこかにずっとあった想いが、こうして文字にしたら、少しだけ溢れてしまった。



 でも、こっちにも大事な人ができて、心に残るものが増えた。


 もし帰れる日が来たとしても、きっともう迷わずに飛びつくことはできない。


 それでも“ここにも大事なものがある”って思えてる今のわたしは、多分すごく幸せなんだと思う。



 だから、こうして日記を続けていこう。


 わたしがこの世界で、どんなふうに笑って、どんなふうに幸せだったのか――


 いつか、伝えられる日が来るかもしれないから。









 こっちの世界でも――わたしは、元気です。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆









◆◇◆◇◆◇◆◇◆








 ――その日、森で起きたことを、誰も知らなかった。




 森は不気味なほど静かだった。


 最近、街近くの森でウルフの出没が増えていて、その影響で子供の怪我人も出ているらしい。


 その原因を調べるため、私は魔獣学者として調査に派遣された。


 護衛として二人の騎士が同行してくれている。現場経験も魔獣への知見も十分な、信頼できる人たちだ。




 その騎士たちが先ほど討伐したウルフの死骸が、赤黒く染まった地面に横たわっている。


 在来種とよく似ているが、本来このあたりにはいない種だ。理由はまだわからないが、群れごと南から移動してきている可能性を隊長に伝える。


 「……調査範囲を、南へ拡げよう」


 そう告げた隊長に、私ともう一人の騎士も同意して歩を進める。




 森を抜け、街道沿いに南へと進むと、やがて、小さな家々が視界に入ってきた。


 “村”と呼ばれる、小規模な集落だ。小型のマナドームの中で少人数が暮らしているという。


 だが、私からすれば安全と利便性で勝る街で暮らさない理由が理解できない。




 村は簡素な木の柵で囲われているが、街の防壁のような強固なものではない。これでは、いつ魔獣が侵入してもおかしくない。


 「あの村に立ち寄って住人から話を聞く。場合によっては避難を促す」


 そう告げて進む隊長の後を、もう一人の騎士とともに追いかける。




 村の入り口で隊長が立ち止まり、私を呼んだ。


 「学者先生。あんたはこれをどう見る?」


 そう言って示された村の様子を見て、私は息を呑んだ。


 家の壁は破壊され、柵もところどころ穴が開いていた。その周囲には、数えきれないほどのウルフの足跡。


 「……ウルフの群れに襲撃されています。一頭や二頭じゃない。最低でも三十頭はいます」


 そう伝えると、隊長は奥歯を噛みしめて村の中へ踏み込む。




 「――生存者はいないか! 街から来た! 声が出せなければ、音でも何でも構わん、居場所を知らせてくれ!」


 大声で呼びかけながら村を一周する。


 本来なら痕跡を踏み荒らすような行動を止めるべきだったが、私も一緒に叫んでいた。




 ……けれど、村の中からの反応は、ついに返ってこなかった。


 崩れかけた家の中を捜索しいていたもう一人の騎士も、静かに首を振って戻ってくる。




 そのとき、村の外れで、ひときわ大きな魔獣の足跡を発見した。


 私たちは、顔を見合わせた。




 「一度街へ戻りましょう。当初の想定より、ずっと深刻な事態です」


 私がそう進言すると、隊長と騎士も同意する――そのときだった。




 “それ”は、音もなく現れた。




 立ち上がろうとした騎士が、言葉を発する間もなく、吹き飛ばされる。


 潰れる音がして、木の幹に叩きつけられて止まった。


 「……っ!」


 声が出ない。


 何が起きたのかも分からない。ただ、目の前に“死”があった。


 


 「伏せろッ!」


 隊長の怒号が響き、私は突き飛ばされて地面に倒れ込む。


 その直後、頭上を巨大な蹄がかすめた。さっきまで私の頭があった場所で、小さく空を切る音がした。




 巨大な角。地を穿つ蹄。


 それだけが、土煙の向こうに見えた。




 「撤退するぞ、立て!」


 差し出された手を掴んで立ち上がろうとした、その瞬間。


 魔獣が嘶き、蹄で大地を踏み鳴らした。




 私たちの周囲が一瞬だけ光ったかと思うと、直後――爆ぜるように地面が裂け、無数の円錐状の岩が私たちを貫こうと突き上げる。


 「――ッあああああっ!!」


 そのうちの、一本が私の肩を貫いた。


 焼けつくような激痛が脳まで突き抜け、喉が裂けるほどの悲鳴が勝手に漏れる。力が抜けて、その場に崩れかけた。


 そこへ――。


 「起きろ! 止まるな!」


 隊長が私の腕を掴み、躊躇なく引きずり起こす。


 肩に走る激痛に意識が飛びそうになったが、その直後、轟音とともに巨大な蹄が地面を抉った。


 さっきまで私が倒れていた場所だった。


 ほんの一瞬でも遅れていたら、もう命はなかった。




 「負傷は腕だけだな……。よし、俺のマナパックをやる。あんたのより防護機能が強い。それとこれも。使い方は分かるな?」


 そう言って、隊長はマナパックと拳銃型の魔法器を放り投げる。


 解体用ナイフを構える彼の右足には、岩を力ずくで引き抜いた跡がはっきりと残っている。


 傷は大きく、流れ出る血だけでも、もう助からないのは明らかだった。


 それでも、彼は気力だけで立っている。




 「……わかるな? 俺はもう走れない。あんたが街に伝えるんだ」


 「でも、隊長は――」


 「いいから行けッ!! 迷ってる暇はない! 走れッ!!」




 私は走った。


 彼の最後の命令に応えるように。



 肩の痛みで視界が滲む。足がもつれて転びそうになるたび、歯を食いしばって立ち上がった。


 転んでも、引きずってでも構わない。


 放っておけば、あれは――ウルフを追って街まで来る。


 知らせなければ、きっと大勢の犠牲者が出る……。




 振り返らなかった。ただ、叫ぶように、走った。






 ――絶対に報告しなければならない。

【調査報告】

街の外縁部森林地帯におけるウルフ出没頻度の増加を受け、騎士2名および魔獣学者1名による予備調査を実施しました。


※これにて第1章は終了です。

次回は番外編を挟み、その後に第2章が始まります。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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