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こっちの世界は灰色です。それでも私は元気です。  作者: オーシマ
第1章 新しい街で、わたしの毎日が始まりました!
1/5

はじめてのおしごと、行ってきたよ!

初めての投稿です

更新頻度は未定ですが、隔日投稿を目標に書いていくつもりです。

 朝の光が差し込む、小さな部屋。

 木の窓枠には朝露がきらめき、小さなベッドのシーツには、まだ体温のぬくもりが残っていた。

 カエデは窓の外を見つめ、ゆっくりと深呼吸をひとつ。


「……よし。今日から、頑張っていこうっと」


 この一週間は家の掃除や手続きでバタバタしてたけど、ようやくこの街――というより、“この世界”での生活にも、少しずつ慣れてきた気がする。

 白い壁、小さなベッドと机。まだちょっと見慣れないけど、これが今のわたしの暮らし。

 元の世界にはもう帰れないって告げられて、最初は泣いた。でも今は、前を向こうって決めた。


「しっかりしないとね。わたしだけ、特別扱いされてるんだし」


 責任を感じたらしい、この街の領主が、いろいろと手配してくれた。家も、身分も、最低限の生活も――すべてが用意されていた。

 つまり今のわたしは、この街に“保護されている”立場。

 確かに、事故の原因は向こうにある。でも、それに甘えてばかりじゃ落ち着かない。わたしも、ちゃんと頑張らなきゃって思う。


「――それに、せっかく異世界に来たんだもん。ちょっとくらい楽しまなきゃ、ね」


 今日はその、新しい生活の最初の仕事。街を囲む防壁の清掃作業に参加する。

 初心者向けの軽作業らしいけど、街の外に出るのは初めて。正直、ちょっとだけ緊張してる。


 この世界には“魔素”と呼ばれる有害な物質が空気中に漂っていて、肌に触れるだけでも命に関わるらしい。想像するだけで恐ろしい。

 街を覆う見えないバリア“マナドーム”は、魔素の侵入を防ぎ、ここに暮らす人々の命を守っている。


 今日これから向かう清掃作業は、そのドームの外に出て、防壁に付着した魔素を除去する仕事。

 放っておくと、石でできた防壁すら虫歯みたいに溶かされちゃうらしい。

 だから定期的に、適切な防護装備を身に着けた作業員たちが、清掃を行っているというわけだ。

 わたしも、少し危険だけど、この仕事に応募した。……外に出てみたかったから。


「どんな景色が見られるんだろ……」


 着替えにはちょっと迷ったけど、清掃ってことなので動きやすさ重視でまとめた。

 制服みたいな決まりはないけど、第一印象って大事だもんね。

 テーブルの上に置いていたネックレスを手に取り、首にかけた。小さなガラスのケースに、宝石のような綺麗な石が封じられたそれは、この世界に来たときに渡された翻訳装置。

 身に着けているだけで、こちらの世界でも会話ができる。ほんと、すごい。

 ……ただし、あくまで“会話だけ”。文字の読み書きには対応していない。これから勉強しなきゃいけないことは、山ほどある。

 このネックレスは、今のわたしにとって命綱みたいなものだ。

 これがなければ、わたしはこの世界で誰とも話せないし、助けも呼べなくなる。だから、これだけは絶対に落とせない。

 最後に、リュックサックのような形をした機械を背負って、準備完了。

 この装置は、街を覆うドームの小型版。“マナパック”と呼ばれる、街の外で活動するための個人用防護装備だ。

 ちなみにこれも、外での仕事を希望した際に領主が用意してくれた高性能モデル。普通のものよりも軽くて動きやすく、見た目もスマートだ。


「よし、行こう!」


 小さく呟いて、玄関の扉を開ける。

 木造の質素な家。でも、今日からここがわたしの住処。

 もう日本には帰れないけど、こっちで生きていくって決めた。きっと、なんとかなる。

 空を見上げると、透き通るような青空が広がっていた。

 かつて見慣れていた空よりも、ずっと綺麗で、どこまでも澄んでいる。

 この青空が見えるのは、マナドームの中からだけらしい。外に出れば、汚染だらけの灰色の空が広がってるのだとか。


「おはよう、カエデちゃん。今日からお仕事?」


 家の向かいにあるパン屋のおばちゃんが、籠にパンを積みながら笑ってくれる。

 ここに住み始めてから一週間。まだまだ慣れないことばかりだけど、少しずつ人の顔も覚えてきた。


「うん、防壁の清掃ってやつに参加してみようかと!」

「気をつけてね。あんた、まだ身体小さいんだから」

「大丈夫! ちゃんといいやつ背負ってるし!」


 わたしは自分のマナパックを見せながら、ちょっと胸を張ってみせる。

 心配されるのはちょっと照れるけど、嬉しくもある。

 それに、こうして“名前”で呼ばれるのも、ほんの少し――嬉しい。


「それじゃあ、行ってきます!」


 手を振って歩き出しながら、少しだけ笑顔になる。

 目指すのは、街の南門。清掃作業の集合場所だ。



◆◇◆◇◆◇



 数分ほど歩くと、集合場所にはすでに作業員たちがちらほらと集まっていた。

 どの人もマナパックを所持していて、すでに装着済みの人もいれば、足元に置いて椅子代わりにしている人もいた。

 作業着の人もいるけど、多くは普段着。中にはスカート姿の人までいて――


(え、スカートの人までいる……?)


 動きやすさを重視した自分の服装が、ちょっとだけ恥ずかしくなる。

 どうやらマナパックさえあれば、服装はかなり自由みたい。


「……ん?」


 その中に、ひときわ小柄な姿を見つけた。


(……ちっちゃい。え、まさか、あの子も参加するの?)


 白い布で口元を覆い、フードを目深に被った少女。――というか、まだ小学生くらいにしか見えない。

 十歳前後だろうか。背中にはマナパックを背負っているけど、わたしのよりもさらに小さい。

 服の縫い目もどこか雑で、つい心配になって声をかけた。


「……あなたも、参加するの? わたし、カエデ。よろしくね」

「……はい。アイリって言います。よろしくお願いします」


 小さな声で、ぺこりと頭を下げられる。

 丁寧な口調。見た目よりも大人びているけど、どこか――こちらを避けているような気配を感じた。

 そう思っている間に、アイリは素早く作業員たちの列に紛れ込んでいった。

 こんな小さな子が、正式な作業員だなんて、にわかには信じがたい。

 わたしですら、年齢制限ギリギリだったのに――。


(もしかして……無断で紛れ込んでる?)


 問いただそうとする前に、点呼が始まってしまった。


「じゃあ、点呼とるぞー!」


 がっしりとした体格の男性が声を張る。腕には火傷の痕。どうやらこの人がリーダーらしい。

 点呼が済み、防壁の門をくぐる際には、警備員がひとりひとりのマナパックを確認している。

 まるでイベントの荷物検査みたいだ。


「はい、異常なし――ん? 君のこれは……ずいぶん高級品だな、普通の作業用じゃないぞ」

「あ、えっと……譲ってもらったんです。その……特別な事情で」

「……そうか。問題なし、通っていいよ」


 話を聞きながらも手際が良くて、なんだか安心した。



 門を抜けた瞬間――空の色が、青から鈍い灰色に変わる。まるで絵の具の水をこぼしたみたいに、濁った空。そして背中に背負ったマナパックが、ふわりと淡く光る。魔素を感知して、パックが作動を始めたのだろう。


「……すご」


 ついにマナドームの外に出たのだと実感する。

 門を出た先には、一面の荒れた土地みたいな世界が広がっていると思っていたけど、実際には防壁から少し離れたところに草や低木が生えていて、石で舗装された街道まであった。


「空以外は……結構普通な感じなんだ」


 街の空の青さがどれほど特別だったかを実感する。


 「清掃員は班に分かれて順次出発! ハンターのみなさんはいつも通り周囲の警戒をお願いします!」


 視線を向けると、作業員たちの外側を囲むように、数名のハンターが散っていくのが見えた。

 腰に拳銃のような機械を下げた、戦闘や狩猟のプロたち。

 街の外には、魔素に適応して凶暴に変異した獣――“魔獣”が生息している。

 だから外での作業には、護衛としてハンターが同行するというわけだ。

 実物は初めて見た。この世界で魔法の機械を扱う人たち。


(あれが……ハンター)


 いくつかの班に分かれて、清掃作業が始まった。

 渡された薬剤と大きなブラシで、防壁をゴシゴシ擦っていく。


「わかってたけど、結構大変な作業なんだな……」


 汗を拭いながらつぶやいたそのとき。


「魔獣だ!!」


 遠くで誰かが叫んだ。

 振り向くと、すでに数名のハンターが作業員たちの前で武器を構えており、そのうちの一人が目標めがけて走り始めていた。

 その先にいたのは――狼のような魔獣。想像していたよりもはるかに大きく、あれが襲ってきたらひとたまりもない。


 バン――ッ!


 ハンターの持つ拳銃から発射された光の弾丸が命中。

 唸りをあげて魔獣が倒れると、すかさず別のハンターが死骸に駆け寄り、何やら処理を始めていた。


(……すごい。あれが、魔法。かっこいい……)


 思わず息を呑む。心の底から、憧れがこみ上げてくる。


(いつか、わたしも。ああやって――魔法を使ってみたい)


 ……だが、すぐに気づく。


(あんな大きなのが、本当に来るんだ……)


 想像していたよりもはるかに大きく、そして恐ろしい。もしさっきのハンターがいなかったら――そんな想像だけで、背筋が凍る。


(あれ……?)


 この一連の騒ぎに紛れるように、防壁から少し離れた草むらの傍らに、先ほどの少女――アイリの姿を見つけた。

 草をかき分け、誰にも気づかれないようにその奥へと消えていく。


(……何してるの?)

(一人で離れたら危ないんじゃ……)


 本物の魔獣を見た直後だからか、漠然とした不安がじわりと胸に広がる。


「あ、あの……! すみません、わたし、ちょっと!」


 近くの作業員に声をかけて、列を抜け出す。


「おい、戻れ!」「どこに行くんだ! 危険だぞ!」


 リーダーやハンターの声が背後に響くけど、それよりも一刻も早くあの子を連れ戻さないといけない気がした。

 わたしは、草むらの中へと走った。


(どこ……どこに――)


 彼女が消えていった方向へ、草をかき分けて進む。


 ――いた。


 小さな影。しゃがみ込んで、袋に何かを詰めている。


「アイリ!」


 声を上げて駆け寄ろうとした、その瞬間。


「ガルルルッ!!」


 草の陰から狼型の魔獣がアイリめがけて飛びかかってきた。

 間に合わない――咄嗟に身体を投げ出す。


「っぐ、あああっ!」


「カエデさん!?」


 鋭い痛み。魔獣の牙が肩を裂き砕いた瞬間、視界が真っ赤に染まった。

 マナパックのランプが赤く点滅する。

 痛い。怖い。

 わたしは言葉にならない叫びをあげながら、地面に転がった石を掴み、魔獣の顔面に思いきり叩きつけた。

 鈍い音。呻き声。再び殴る。何度も。

 やがて牙が外れた。腰を抜かして震えるアイリの手を掴んで、立ち上がる。


「走る、よ、絶対、離れないで!」

「カエデさん……っ、血が……!」

「いいから!」


 痛みと恐怖で体が震える。でも、止まるわけにはいかない。

 魔獣の唸り声が背後から迫ってくる。振り返らなくてもわかる。追いかけてきている。

 必死に走る。引きずるようにアイリの手を引いて――


「その場で伏せて!」


 さっきのハンターの声。追いかけてきてくれたんだ。

 わたしは咄嗟にアイリを抱えて飛び込む。地面の砂が舞い上がった瞬間、空気を裂く音が響いた。

 光弾が私のすぐ横を通り、背後の魔獣を貫いた。

 ハンターの後から、リーダーや他の作業員たちも駆け寄ってくる。


「出血が多いな……すぐに運ぶぞ! 誰か急いで医官を呼んでこい! 何か縛れるものはあるか!」


 誰かがわたしの体を抱え上げる。

 視界の端で、アイリは顔をくしゃくしゃにして、泣きながらしゃがみ込んでいた。


「……ご、ごめんなさい……わたし、ごめんなさい、ありがとう、ごめんなさい……!」


 その声は震えていて、言葉になっていないようにも聞こえた。

 でも、もう声は遠く――


(……初仕事、失敗しちゃったなぁ)


 そんなことを、ぼんやりと思いながら――意識が、遠ざかっていった。

カエデ「……噛まれるって、あんなに痛いんだね。」

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