第9話 a boy meets a girl②
翌日、約束した時間。
「よし、来たな。」
別に衛兵希望ではないが断るタイミングを逃してしまった。さらに約束した以上は行かないと悪い。あの少年は悪い人ではなさそうだし、お話たくさん出来るかもしれない。何よりも初めて誰かが純粋に誘ってくれたから。
そんな少女はエルと訓練所の外れにやって来た。そこでは少年が気合いを入れて待っていた。
「ほらよ、訓練用の剣だ」
雑に手渡された剣をまじまじと眺め、軽く振ってみる。
「木で出来てるから重くないだろ?」
子供用に作られている為、短く軽い剣だった。少年も同じ木製の剣を持っていた。昨日は大人と同じ金属製の剣だったが、少女を考慮してくれたのである。
「そうだ!お前、名前は?何て呼べばいい?」
これから訓練する相手だ、自己紹介は流れとしては自然である。少年はさり気なく訊いた。
──名前…何だっけ?
少女は人を避けて生活しているので呼ばれることがなく、自分の名前を忘れていた。名乗らないのは不自然だか、名乗れる名前が分からない。
「この子の名前はエル」
「違うっつーの、犬じゃない。お前の名前だ。で、普段何て呼ばれてる?」
的外れな返答に少年は語気が強くなってしまった。それに気付いて最後の方は落ち着いたトーンに戻せた。
かつて屋敷で呼ばれていたのでいいのか躊躇ったが、素直に言うべきだろうと少女は意を決した。
「おい、お前、あいつ、それ、無能、使えないの、鈍くさいの、何も出来ない奴、人形、ゴミ、玩具」
俯いて消えそうな声からは明らかな罵詈雑言の数々。
自分はこんなダメな人間だと曝して、目の前の少年に嫌われたかもしれない。あの屋敷の人達と同じことを言われるかもしれない。
──ごめんなさい、こんなので
「なんかごめん」
少年に悪気は無いが、どんよりと辛気臭い空気になってしまい謝った。顔を上げずに縮こまって叱られているかのような少女に、そんな言葉しか出なかった。
──……何でこんな空気になってしまった?名前訊いただけだぞ?
ただ普通に名前が知りたかっただけなのに、知りたくなかった家庭環境を垣間見てしまった。
──よく見れば昨日と同じ服だよな…?ってか男?女?どっちだ?女の子ならこんな服じゃないよな?でも顔は女の子だよな?女の子でいいのか?
呼び方と身なりで扱われ方を察した少年は、早くこの話題を終わらせたくなった。
「あー、そうだ名前無いなら、自分で考えてみれば?どんな名前で呼ばれたいか。その名前でこれから呼ぶから。その名前が出来たら俺の名前教えるわ」
少年は慰めるように声をかけるが、こういったことに不慣れでぎこちない。
因みに、この少年は自分の名前を名乗る気は無かった。名乗らなくていい口実を作った少年の名前はアリー、女の子みたいな響きで彼としては名乗りたくないのである。自分の名前にコンプレックスがあるので、少女には自信を持てる、愛着を感じる呼び方にしたい。
「名前…?私の呼んでくれるの?」
「何でそんな卑屈になるんだよ」
少女は自分の名前を呼んでくれることが信じられないでいた。それは、これからも会って呼んでくれる、自分のことを見てくれるということ。屋敷では無かったことだ。
そんな事情を知らないアリーだが、また泣きそうになる少女をどうにかしたい。
「私、誰からも呼ばれなくって……必要無い人間だし何にも出来ないし……」
「そうだな、お前に何が出来るか俺は知らないからな」
「…うん」
何も出来ないと評価されたと思った少女が見るからに落ち込んで行く。だが、話の途中でこうなっては困る。
「落ち込むな。ええと、だからこれから何が出来るか見せてくれって。出来ないなら俺が教えてやる。一緒やるから、出来るまで」
「一緒に?」
「ああ。でも、まぁ俺が出来ることだけな」
アリーは訓練に誘った時から、剣術未経験と思われる目の前の子に一から指導するつもりであった。だから何も出来ないのは当然でいたが、どうも目の前の薄汚れた身なりの人物は訳ありのようだ。アリーとしては励ましたつもりだったが、言葉が良くなかったのか思いっ切り泣き出してしまった。
「ええっん……ええっ…んぐ」
──泣かれてしまった。泣き虫なのか?
複雑な家庭環境っぽいし?
「あーもう、そんなに泣くなって。俺が悪者みたいじゃないか!」
「ふええっ……ぐ……ごめ……ごめ……んなざい……」
「もういいから気が済むまで泣いてろ!」
嗚咽で何を言っているかわらないし、どうしようもなくなったアリーはやけくそになって言った。
初日の稽古は少女が泣きじゃくって何もしないで終わったが、少女にとっては大きな何かが得られた日となった。