第8話 a boy meets a girl①
少女は屋敷の庭の一角で野太い男達の声と何かがぶつかる音がする場所に気付いた。どうやら衛兵達の訓練所である。
少女は物陰から迫力あるなあと感心して眺めていた。以前村で見たのは子供達が遊んでいたものだが、ここは遊びではない大人の訓練所である。
──そういえばエルは?
訓練の様子を眺めていたらエルとはぐれたようだ。
「キャンキャン」
エルの鳴き声が離れた木陰から聞こえる。
目の前には少女より幾らか年上の黒髪の少年がいた。彼も訓練しているのか、小振りな剣を握っていた。
*
──何だ?こんな犬、屋敷にいたか?
見慣れない犬に野良犬が紛れ込んだのかと黒髪の少年は訝しむ。眉間に皺を寄せた鋭い目つきの少年を見た少女が咄嗟に飛び込んだ。そして震えなが精一杯の声で訴えた。
「エルいじめちゃダメ」
両手を広げエルを守るように年上の少年の前に立つ。涙目で震えながらも懸命に庇う殊勝な姿に少女の性格を現れている。
「いじめっつーか、俺は何もしてないぞ」
少年は端から見ると自分が悪者みたいになっているのが心外だ。しかし、気の弱そうな男の子?に強く当たれずに不満そうにごちた。
「エル怪我してない?大丈夫?よかったぁ」
少年が何もしてないのが少女に伝わったのか、少女が安堵し犬を抱きしめた。大切にしているのが伝わってくる。慈愛に満ちた表情と流れる涙がまるで聖女の絵画のようだと思った。髪を隠し薄汚れたズボン姿では男の子にしか見えないが、少年はあの姿に雷を打たれかのような衝撃を受けた。
それから、少年は腕の中にいる犬に目を向けた。あの犬が何故か気に入らない。自分の場所を取られたかのような嫉妬心が湧いてくる。
*
「飼い主か?」
今までの流れで、あの少年?があの犬の飼い主だと分かった。
「ごめんなさいごめんなさい」
エルも見つかった、いじめもなかった。
少女は用件は無いので早く立ち去りたかった。だかどう場を誤魔化せばいいからわからなかったので、とりあえず謝って逃げた。
「待て、逃げんな」
だがそう上手くはいかず捕まった。
「お前、衛兵希望か?なら俺が訓練付き合ってやるよ。そうだな、明日この時間に来い。」
──素性は不明だが、訓練所付近にいたから希望者かもしれない。それに悪さするような奴には見えない
少年は少女にそれだけ伝えると訓練所に向かった。少女は訓練所へ駆けだした少年の背中を信じられないといった表情で見つめた。
──訓練付き合うってことは一緒にやるんだよね?私と一緒に……。
「エル…私…明日ここに来ていいんだよね?」
お嬢様のまた明日遊びましょう?は恐怖でしかなかったが、あの少年の言う明日は怖いとは思えなかった。初めて明日が楽しみだと思えたかもしれない。