第3話 doll play①
私はエリスティア。グリンワグナー男爵家の令嬢ですの。お父様はナヨナヨして気が小さい所があるけど、私の欲しいものは何でも用意してくださるの。お母様はいつも厳しくて怖いけど、私なら王族にだって公爵夫人にだってなれると言ってくださるの。いつだって私が一番で完璧だって。私に手に入らないものはないって、叶わないものはないって。なのに…なのに…あのお姉様は…
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少女が11歳、エリスティア10歳のある秋の日。少女が中庭で盗んだパンを食べていた時、数年かぶりに父親に話しかけられたのである。
「来なさい」
たった一言だけだったが、少女は存在を認めて貰えたと歓喜した。今まで頑張った甲斐があった、これからは家族としていられるんだと喜んだ。
少女は父の後を、期待に胸を膨らませついて行った。
そして、屋敷の一室の前まで来た。父はノックして部屋に入る。鮮やかなブロンドヘアでフリフリのドレスを来た無邪気に笑うエリスティアがいた。そう、この部屋はエリスティアの遊び部屋だったのだ。
──エリスティアお嬢様…私の血の繋がらない妹
少女は普段から人を避けているので、このエリスティアがどんな子か把握していない。少女が人伝で聞いていたのは、両親が何でも与えていることだけだ。
「お前が欲しかった姉だ。自由にしていいよ」
「まあ、お父様。ありがとうございます」
少女は妹を正式に紹介して家族として生活するんだと思っていたが、二人の会話が引っかかった。まるで玩具を買い与えるような言い方に違和感を感じた。
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──お父様はお姉様をプレゼントして下さいました。お姉様と何して遊びましょう?
エリスティアは街に出掛けた時、とある姉妹を見かけた。姉妹の母親が『お姉ちゃんだから、このお人形は譲ってあげなさい』、『お姉ちゃんだから遊んであげて』と言っていた。姉は妹に何でも譲ってくれる、遊んでくれる存在だとそう思った。だから姉が欲しいと思った。
「私、お姉様が欲しかったの。私が生まれてから前にいたお姉様は、この家で一番に成れないから家出したと聞いてますの。わかりますわ。私はいつだって一番なんですの。この家だけでなく、いつか国の一番になるの。だからこの家の物は全て私の物で、お姉様の物も私の物になるの。お姉様も私を一番にして貰いたいの。ね」
キラキラした無邪気な笑顔で、“私が一番なの、わかったかしら?”と本人は無自覚に圧をかけている。“逆らったらわかっている?”と笑顔の下で言っている。
「そうですわ、お姉様。せっかくなのでお人形で遊びましょう?この子はミネルヴァ。ミディって呼んでいるの」
そう言うと鼻歌交じりでエリスティアは、棚から金髪碧眼の女の子のぬいぐるみを持ち出した。
エリスティアは得意げに新しく来た姉に見せびらかした。カーペットの上に人形と並んで座り、お姉様を人形の前に座るように促した。
「お姉様はそこに座って」
お姉様は黙って頷き、言われた場所におずおずとお座った。“さあ始めましょう”とエリスティアがニッコニコの笑顔で人形を始めた。
「ミディ。今日あなたは何をしていたのかしら?」
エリスティアの独り芝居が朗らかな声で始まった。
「お部屋の窓掃除をしていたの?そうなの?じゃあ今から出来を見てみましょう」
エリスティアはミディを抱えて窓を確認した。
「あら、ミディ。この窓、汚れているじゃないの。掃除したとか嘘つきね?この使えないゴミが」
エリスティアはニコニコ笑顔から、一気に豹変し罵倒し始めた。持っていたミディを床に投げ捨てると、部屋の隅から鞭を取り出した。
「私の部屋は常に一番キレイでないといけませんの。何度言えばわかるの?」
と、金切り声を上げミディを何度も叩いた。 その光景を青ざめた顔で少女が見ている。
「何が始まったの?」と消え入りそうな声が 無意識に出てしまった。その声にエリスティアは気がついた。お姉様を睨みつけて、涙声で悲劇のヒロインのように、同情求めるかの演技をした。
「そうよ。お姉様がミディにやらせたのね?わざと汚れが残るように指示したのね?そうまでして私を侮辱したいのね?」
お姉様に涙目で訴えたエリスティアは、ミディが破れ中から綿が出ていたことに気がついた。
「ああ、ミディ!なんてことなの!お姉様…ミディをこんな姿にして…私に何の恨みがあるの?ああ、ああ…お父様、お母様ぁー!」
エリスティアはミディがお姉様に壊された、と演技で泣き出し、両親の元へ駆けだした。
──ミディを壊したのはエリスティアお嬢様だよね?
少女はそう思ったが口に出せずにいた。
──どこに行ったの?追いかけた方がいいのかな?でも、ミディが…
訳が分からず震えている少女は壊れたミディに目が行き、エリスティアを追いかけるタイミングが遅れた。
*
エリスティアに追いついた少女は、廊下でエリスティアが母親に泣きついていた所を見つけた。
「お母様、お姉様が…私のミディを…お気に入りのお人形を壊したてしまったの」
「ああ、可哀想なエリス。ごめんなさいね。代わりのお人形を用意したいけど、すぐには無理なの。だから、あの姉を人形だと思って遊びなさい」
「そうね!お姉様なら壊れないお人形になって下さるわ」
少女は親子のやり取りを聞いていた。何故私が壊したことになっているのか分からない。更に分からないことがある。エリスティアは泣いているかと思いきや、少女を見てニヤニヤ笑っていたことだ。
「あらお姉様。いらしたの?ではまた明日、お人形遊びしましょう?ね」
泣いていたのは何だったのか?エリスティアは少女に一瞥をくれると、新しくお人形が手に入いり、ルンルンとした足取りで去っていった。