呪われたお札
ソロ冒険者のアムトはダンジョンの3層を潜っていた
全7層からなる中級のダンジョンではあるが
ソロになってからのここ1年は深層に潜らずに3層を稼ぎ場としていた
もう少しで資金が溜まり、武器屋の主人に無理を言って予約してある大剣が購入できる
4層の敵は頑丈な敵が多く出現する反面、3層と比べてゆうに倍は稼げる
今のショートソードを下取りに出して大剣を入手することを夢見て
3層で資金稼ぎをしているのだ
既に10年選手のアムトにとって3層は庭のようなものである
どこでどのタイミングでモンスターが湧くのか
どの通路の奥で宝箱が確率で出現するのか
その中身が何%程で何が出てくるのか
ほぼほぼ把握できていた
その日も危険な目に遭うことなく3層の奥を探索
「腹減って来たしそろそろ夕食だな。今日もウグイス亭の定食でいいか。エールも2杯いっちゃおう。」
本日の稼ぎも上々
毎日の習慣になっている安酒さえ憶えていなければ
もう半年は早く大剣を購入できたのだが
アムトは寝る前の酒が辞められなくなっていた
特に後悔している訳ではないので本人的には目を瞑っているらしい
「そうそう。帰る前にこっちの通路の奥で20%程の確率で宝箱が復活してるからチェックしてから行くか」
現在地から距離にして200m程の地点に5回に1回ほどの確率で宝箱が出るようだ
この世界の宝箱からは正直大したものが出ない
回復薬や、携帯食料、毒消し薬など
運がよくレアを引き当てたとしても閃光玉や煙玉といった
店売りしてあり買えるものなのである
剣や盾などが直接入っていればありがたいのだが
宝箱のサイズそのものが大きくなく入るはずもない
宝箱に向かって歩く最中にジャイアントバットを2匹叩き落し
角を曲がった奥に宝箱が見えた
「お、ラッキー」
20%を引ければ運が良い場合は実質5%
20%を引くと運が悪い場合は実質50%
20%という確率には実質10倍以上の開きがある謎確率なのだ
「入ってるものを売っ払ってエール1杯分くらいになればいいんだけどな」
そして通路を突き当りまで行き宝箱を開ける
「………なんだこれ?」
中に入っていたものが何か分からなかった訳ではない
10年もの間ダンジョンに入っていたにも関わらず
宝箱の中身として見た事が無かったことから思わずつぶやいた
…それはその世界に流通しているお札であった
「直接現ナマが入っているって初めてだよ。マジか!?確かにちょうどエール1杯分にはなったけど…」
そのお札は決して高額ではなくちょうど安酒のエール1杯分の価格
アムトは時間差で笑いがこみ上げ、3層の奥の突き当りで大笑いした
「あっはっは!酒というか、酒の肴として話せるな。信じてくれっかな?」
ひとしきり笑った後にボス手前の部屋まで向かう
ダンジョンとは不思議な機構であり
ボスの扉を開きボス戦を挑むか
ダンジョンの入り口まで戻るかを選択できる
稼ごうとする人間にどこまでも都合の良いダンジョンというシステム
アムトは普段のようにダンジョンの入り口に転移し
拠点としている町まで帰った
冒険者ギルドによって素材を換金し
受け取って外を出る頃には外はすっかり暗くなり
街の灯りがあちこち灯る
いつも通りウグイス亭に向かう
ウグイス亭はいきつけの飯屋である
手頃な価格でたっぷりの量の夕食が食べられ
お酒の提供もしている
何より良い点がウグイス亭の隣が
旅亭ホトトギス
長期滞在している宿なのだ
そういった理由で友人や知り合いとの約束がなければ
大体はウグイス亭で夕食をとりエールを飲んでから
ほろよいで旅亭ホトトギスに向かいぐっすりという
毎日のルーティンが出来あがっていた
「おっ!アムトさんいらっしゃい!今日もいつもので良い?」
「ああ。よろしく頼む。」
いつも座る壁際の席に腰掛け
ボリュームのあるいつもの定食を待つ
注文を取ったのは看板娘の18才のリラ
元気が良く声も良く通る
ちなみに隣の旅亭ホトトギスの受付嬢はリラの姉であるライラ、20才である
姉の方は物静かで落ち着いた感じであり
旅亭の受付嬢としてこちらもとても似つかわしい
味の濃い肉がごろごろと皿に乗るボリューム満点の定食
それを冷えたエールで流し込む
飯屋と酒場も兼ねたこのウグイス亭の喧噪と熱気も相まって
これ以上の至福は存在しないと錯覚させられる
1時間程だらだらとし顔は真っ赤になり
眠気が襲ってきたのでお勘定をする
座席で料金を支払い
「ごっそーさーん」
「またどーぞー!」
そして隣の旅亭ホトトギスに向かっている最中にようやく思い出す
「そういえば宝箱から出たお札を支払いに使っちゃったな
しばらく財布の中に入れとこうと思ったのに…
後から偽札だとか言われたら面倒だな
ま、いいか」
もう随分眠気と酔いで思考力も落ちていたので
そのまま隣の旅亭ホトトギスのアムトが長期に借りている部屋
2階の奥に辿り着きベッドに倒れ込み1日が終わる
さて、
ウグイス亭で支払われたお札の行方を追ってみる
売上としてウグイス亭のレジにあたる場所にまとめられたお札は
給料日だったその日、看板娘のリラに給料として支払われた
「やったー!待ちに待った給料日!」
リラはその足で隣の旅亭ホトトギスで受付をしている姉の元へ
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!この前、お昼ご飯で借りてたお金!お給料入ったから返すね。」
お札はリラの姉ライラに渡る
深夜になりライラは業務が終わり自宅に帰る
旦那がおかえりと迎えてくれる
「そうそう。ねぇあなた。この前、買い出ししてた時に借りてたお金を返すね」
お札はライラの旦那に渡る
ライラと旦那の夫婦はベッドに入り眠る
と、思いきや旦那はライラが眠った頃合いを見計らい家を抜け出す
旦那は浮気をしており、浮気相手の家に逢瀬に向かったのだ
「…はい。これ今月の分。」
しかも隠し子までいて養育費を毎月渡していた
お札はライラの旦那の浮気相手に渡った
空が白み始める頃、ライラの旦那は自宅に帰っていった
そしてライラの旦那の浮気相手はそのお札を握りしめて
街の裏路地に向かい怪しげなドアをノックする
いかつい男がドアを開けて、部屋に入るように促される
「ショバ代を持ってきたよ」
ライラの旦那の浮気相手は男性の相手をする夜の仕事をしており
この街のギャングと付き合いがある
ただこのギャングは悪どい商売はやっていない
わずかエール1杯分程の金額で夜の商売において
トラブルが起こらないよう収めてくれるのだ
お札はギャングの資金に渡った
そのギャングは裏の仕事から足を洗う計画があった
全うな道具を扱う雑貨屋の経営と
腕っぷしの必要な冒険者や用心棒として
全うに働こうとしていた
ここ数年間はアコギなことをしていなかったのは
そういった背景もあったのだ
資金も目途がついたことで
早速朝から不動産に向かい
目をつけていた街の中心の店舗の物件を契約する
お札は不動屋に渡った
不動産は最近トラブルを抱えていた
武器屋を営むドワーフに店舗物件を紹介したのだが
鍛冶に用いる炉の火力が伝えていた高温に達さなかった
武器屋にとっては死活問題である
代わりの物件をそのドワーフに探さなければいけない上に
損害を被った分の一定の補償を支払わなければいけなかった
その日の昼に不動産は補償金を持ち武器屋に向かい
一定の金額を支払った
そのわずか数分後
「ちわーっす。ドワーフのおっさんいるー?」
「おう。アムトじゃねぇか。」
「もうちょっとで大剣を買える金が溜まるからな。大剣を見に来たんだよ。予約してた大剣は売ってないだろうな??」
「ああ。売ってないぜ。ただな。ちょっとトラブっちまってよー」
「ん?何か素材が足りないとかなら聞くぜ。」
「あーそうじゃねー。作ってあった大剣なんだがな。ここの炉の問題で強度にちょっと不安があんだよ。」
「マジかぁ!それはちょっと困るな。」
「今不動産と交渉してっからよ。とりあえずそれまでこの大剣使うか?金は半額で構わねーし、新しい大剣が出来たら交換してやるよ。」
「うお!!マジ??実質半額で買える上に、今日から使えるのか?」
「ああ。お前ずっとこの大剣を欲しい欲しい言ってたからな。迷惑かけちまったからサービスしてやるぜ。」
アムトは半額のお金を支払い、お釣りとしてあのお札を受け取る
お札はアムトに渡った
アムトがお札を手放してから戻ってくるまで寝ていたわずか半日程のこと
飯代に
リラの給料に
ライラへ借金返済に
旦那への小遣いに
浮気相手への養育費に
ギャングのショバ代に
雑貨屋の契約費に
武器屋への補償に
お釣りを経て
アムトに返ってきた
その日アムトは4階に向かうも
大剣が折れて死んだ