小径に佇むモノ
その噂が広まり始めたのは5年ほど前だった。円光寺の前の林の中を通る小径。そこに夏のお盆の間、生首が転がっていると言うのだ。それを見た人も多く、その生首の顔は怒りに満ちているように見えたそうだ。
それが4年前になると今度は頭に胴体がついて転がっていると噂になった。胴体は赤く爛れ見るに耐えない状態だと言われた。そして、それから右腕、左腕、右脚とどんどんと普通の体に近付いていったが、その赤く爛れた皮膚は変わらずに全身を覆っていた。
今年はその異様な者に残りの左脚が生え、いよいよ完全体になるのではと噂されていた。完全体になった化け物は人を襲って食べてしまうと誠しなやかにいわれているが……。
* * *
大野靖幸は前を歩く同じ高校のセーラー服を着た女子に追い付くと肩を並べた。
「今、部活終わりか 田頭 」
田頭明美は靖幸ににっこりと微笑むと、あんたも今終わりなのボクシング部も大変ねと口にする。
「しかし、柔道部凄いよな 今時裸足でランニングかよ 問題にならないのか 」
「あれは私たちが自主的にやってるのよ 先生は関係ないわ 何かあっても自己責任 うちの親にも何かあってもみっともないから騒いだりしないでと言ってあるから 」
「そういう問題なのか? それより、このまま行くと円光寺の前の例の小径通る事になるけど、通る気なのか? 」
「えっ? だって近道じゃない 」
「おいおい、田頭 お前、知らないのかよ、あの噂 」
「なによ、噂って 」
「ホントに知らないのかよ この時期、出るんだってよ、あの小径に化け物が 」
「化け物って? 」
「ああ、何年か前には頭だけが転がっていて段々と胴や腕や脚が生えてきたらしい 今年はついに完全体になって人をむしゃむしゃ食うらしいぞ 」
「何、そのグロい噂 どうせ誰かが考えた創作でしょう 」
「まあ、別に俺も信じてるわけじゃないけどな それよりさ、明日は学校の部活は全部休みじゃん 遊園地のプール行かないか 」
「遊園地のプール? もしかして今年からオープンしたモンスターなんとかいうやつ? 」
「化け物の噂は知らんでも、そっちのモンスターは知ってるんだな そう、そのプールだ さすがに遊園地に一人で行くのは気恥ずかしいからな 」
「行こう、行こう 私もあれ入ってみたかったんだ 超楽しそう 」
そんな事を話しながら歩いているうちに円光寺の前の小径に二人は入っていた。ふと気付くと周りの林の木で暑い夏の太陽の光は遮られ、まるで黄昏時のように暗くなっている。それまで聞こえていた周囲の生活音も消え、激しく鳴く蝉の声だけが耳に響いていた。風もなくジワッと汗が滲んでくるが、靖幸も明美も一瞬ゾクリと背筋が寒くなる。二人は黙って周りを注意しながら歩いていたが、明美が林の中を指差した。
「あ、あれ何? 」
明美が指差す先には、全身赤黒く爛れた人のようなものが立っていた。
「ヤバい、本当に出やがった 」
咄嗟に靖幸は顔の前に拳を上げ構えるが、その化け物は驚異のダッシュ力であっという間に靖幸の眼前に迫る。
「くっ 」
靖幸はサイドステップで化け物をかわすが、化け物は靖幸には見向きもせず明美に襲いかかっていった。
・・・し、しまった、田頭 ・・・
明美はひきつった顔で自分に襲いかかる化け物を見ていたが、飛びかかってくる化け物の右手を掴むとくるりと体を回転させ腰を入れると掛け声と共に化け物を投げ飛ばす。
「えあぁーーー 」
・・・背負い…… ・・・
靖幸が思わず見惚れるほどの背負い投げが見事に決まった。しかも、明美は受け身が取れないように化け物を地面に叩きつける。人間なら間違いなくノックダウンされていただろう明美のこの背負い投げにも拘わらず、化け物はフラフラと立ち上がってくる。
「どけっ、田頭っ 」
叫びながら靖幸が化け物の前にステップインし左ジャブを浴びせ、次に渾身の右ストレートを顔面に叩き込んだ。
「うおぉぉーー 」
さらに崩れ落ちる化け物に狙い済ました左フックが化け物の側頭部に炸裂する。化け物は横っ飛びに吹っ飛び地面に転がった。
「逃げるぞ、田頭っ 」
二人は手をつないで一目散に駆け出す。
「やるじゃない、大野 」
「お前もな、田頭 」
二人は手をつないで走りながら、いつの間にか笑いだしていた。地面に転がった化け物はむっくりと起き上がり走り去って行く二人の後ろ姿をじっと見つめている。
「まったく、ようやく再生出来たと思ったのに話も聞かないでいきなり随分な事をしてくれたわね まあ、あの二人なら私の力を使わなくても大丈夫でしょうけれど 」
立ち上がった化け物の赤黒く爛れていた皮膚がポロポロと剥がれ落ちていくと、その下からは真っ白い天使の姿が現れた。背中にも白い翼がピョコンと現れ、手には弓とハートの矢も持っている。
「さあーて、代わりに誰かをくっ付けてあげましょう 」
天使はパタパタと翼を動かすと空に飛び立っていった。
* * *
遥か昔、円光寺の前の小径を一組の男女が歩いていた。その前に天使が現れ、二人を幸せにしてくれるという。そして、その天使はこの小径を歩く男女を幸せにするのが仕事だといった。
そこで、男女は考えた。
「実は、あの太陽の中にある”太陽の臍”というものが必要なんです 取ってきてもらえませんか 」
男女の願いに天使はパタパタと太陽に向かって飛び立っていった。そして、太陽に近付いた天使は炎に包まれ燃えながら墜ちていく。その姿を見て男女は満足そうに呟いた。
「幸せなのは僕たちだけでいいからね 」
「そうね むしろ他の人は不幸の方が楽しいわ 」
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