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両親への挨拶



 城の入り口では、馬番が黒毛馬を従え待っていた。

 オルフェレウスは黒毛馬を受け取り、ラーチェルの腰を抱き上げて馬に乗せる。

 

 それから自分も、その後ろに軽々とした身のこなしで乗った。


「怖くはないか?」

「大丈夫です。……馬に乗ったのは、はじめてです。すごく、高いのですね」


 馬車に乗ったことはあるが、馬に乗った経験はない。

 視線の高さに驚いて、それからラーチェルは馬首を撫でた。

 なめらかであたたかい。


「大人しいです」

「そうだな。気性の荒い馬もいるが、それは騎乗用にはむかない」

「この子は、オルフェ様の馬なのですか?」

「騎士団では、階級があがれば一頭、馬が支給される。それは騎士団の馬屋で管理されているが、家につれてかえる者もいるな」

「名前はあるのでしょうか」

「名は、ルクス。輝く者という意味だ。馬番がそう呼んでいる。走ると、たてがみが輝いて見えるからだという」

「ルクス。いい名前ですね」


 ゆっくりと馬が歩き出す。体が上下に揺れた。

 それが楽しくて、ラーチェルはくすくす笑った。


「オルフェ様、つかまっていてもいいですか?」

「あぁ。好きなように」

「ありがとうございます」


 声がはずんだ。はじめての経験に、心が躍る。ラーチェルは新しいことが好きだった。

 オルフェレウスの腰に腕を回してつかまった。抱きつくような形になる。やはり、いい香りがする。ラーチェルはバニラとシナモンの香りを、吸い込んだ。

 その厳しい眼差しとは違う、甘い香りだ。香水なのだろうか。だが、香水にしては香りが薄い。

 ラーチェルは気づいたが、それはラーチェルが敏感だからで、他の者たちは気づかないかもしれないぐらいに、微かな香りだった。


 馬から見下ろす街は、いつもよりも小さく見える。

 人々の頭はラーチェルよりも低い位置にあり、建物も低く感じる。

 

 ルクスはゆっくり歩いているのだろうが、それでも人の足よりはずっと早い。

 あっという間に城が見えなくなり、城の前の跳ね橋を渡ると、王都の街並みが広がった。


 街には赤い煉瓦屋根と白壁の、二階建ての家が多い。

 朝から街の人々は、忙しなく動き回っている。

 人々は朝日と共に起きて、日暮れと共に眠る。夜を照らす蝋燭は高級で、ランプ用の油も高い。

 

 城の夜会では豪勢に蝋燭が使われているが、街の夜は、王都といえどもまだまだ暗い。

 

 ラーチェルは、朝の活気に溢れた街が好きだ。

 仕事のために日々城に登城しているが、街並を眺めるために馬車ではなく徒歩で城と家を行き来している。

 ゆったり歩きながら、とりとめもなく色々と考えることが好きなのだが、馬というのもいい。

 風を感じることができる。馬車では、こうはいかない。


 オルフェレウスの姿に気づいた人々が、深々と礼をする。

 オルフェレウスは慣れているのか、特に表情を変えることがない。


 彼が騎士団長になってから、王都の治安は格段によくなっている。ラーチェルが無防備に外を歩けるのも、オルフェレウスのお陰である。


「オルフェ様が騎士団長になってから、目に見えて王都の治安がよくなっています。両親も、喜んでいます。両親も私と同じで、外歩きが好きなのですよ」

「貴族にしては、珍しい」

「少し、変わっているのかもしれません。そういう両親の元で育ったので、私も一人で歩くのが好きなのです。護衛はいますけれど」


 心優しき妖精令嬢とまで呼ばれていたナターシャの傍にいつもいたラーチェルは、自分のブルネットの髪も鳶色の瞳もごく普通だと思っていた。

 顔立ちも派手でもなければ、地味でもない。ラーチェルにとって特別なことといえば、公爵家にうまれたというぐらいだ。

 

 けれどそれは、ラーチェル自身のしたことではない。いうなれば、たまたまそういう家にうまれた、

 それだけのことである。


 だが、あらためて考えてみると、クリスタニア家の両親は、保守的な考え方をする者が多い貴族の中において、少し変わっているのだろう。

 ラーチェルが城で働くことを許してくれていて、結婚しろとも言わない。

 護衛を共にすることを条件に、外歩きを許してくれている。


 だが──ことの顛末を知れば、いかに優しい両親といえども、流石に怒るだろうか。

 オルフェレウスに迷惑をかけてしまったことや、大勢の貴族たちがいる舞踏会で酔い、騒ぎを起こしたことを。


「私と結婚をしたら、護衛は必要がなくなる。私が君の護衛を行うことができる」

「騎士団長様を護衛になんて、もったいないことです」

「どのみち、職場は城にあるのだから、共に行けばいい」

「それは、そうかもしれませんけれど……」


 結婚しても、働き続けていいのだろうか。

 ルドランからは、仕事は辞めろと言われていた。

 妻を働かせているのは、夫の不徳だと──貴族たちは考えている。

 

 労働自体を嫌う者も多い。領地が豊かであれば労働は必要ないのだと。

 オルフェレウスは、違うのだろうか。

 ラーチェルは、オルフェレウスのことをよく知らない。どのように考えて、どのように生きてきたのかを。

 ──これから、知っていけばいい。


「こちらです、オルフェ様。クリスタニア家のタウンハウスです」


 貴族街の一角にある、ひときわ立派な家に到着した。

 使用人たちがすぐにやってきて、オルフェレウスから馬を受け取り、それから屋敷に案内をした。

 幼少期からずっとここで過ごしているので、ラーチェルにとっては領地にある公爵家よりも馴染み深い家である。


 開かれた扉の奥で、ラーチェルの父と母がどことなくそわそわしながら、待っていた。



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