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研究発表会



 研究棟の発表会というのは、内々で行われるものではなく、外部に向けての派手なものである。

 何故派手かといけば、それは新製品の紹介を兼ねているからだ。


 多くの貴族や有力な商人、権力者のみならず、広くは一般庶民にまでその門戸は開かれている。

 研究発表会が行われる王城の前庭に続く王都と城を繋ぐ大橋の手前には出店が並び、さながらお祭りのような賑やかさだ。


 警備に出る兵士の数も通常よりもずっと多い。

 見学のためには料金がかかるが、それでも見たいという者が多く、一般向けに売り出されるチケットはいつも争奪戦になる。


 特に人気なのは服飾府の発表で、王都の服の流行は毎年の研究発表会で決められていると言われても過言ではないぐらいだ。


 今回は服飾府と調香府の共同発表ということで、いつもよりも多くの人が集まっている。

 前庭から少し歩いたところにある研究棟大ホールは、早い時間から人々でいっぱいになっていた。


 皆、この日のために女性たちはドレスを着て、男性たちは正装をして着飾っている。

 この日のために頑張ってきたラーチェルも、そしてリュシオンも寝不足だ。

 軽薄な態度が目立つリュシオンだが、仕事に対しては極めて真面目なのである。

 

「とうとうこの日が来たね、ラーチェル。今回は今までの中で一番の自信作だよ。きっと最高の発表会になるよ」

「そうですね、リュシオン様。調香府皆の意見を聞きながら、私のほうもとてもいいものができたと思います」


 ラーチェルたちの発表よりも先に、料理研究府が新しい食材を使用した料理の紹介を行っている。

 その間にオルフェレウスは控え室でリュシオンが作った衣装に着替えている。


 それについては服飾府の職員たちに任せているので、ラーチェルはリュシオンと共に舞台裏で会場の様子を見ていた。


 沢山の人々の中で、一際目立っている女性がいる。

 薄いレースを重ねた白いスカートが愛らしいドレスを着ている、妖精のように可憐な女性──ナターシャだ。


 ナターシャはどこにいても目立つのだが、今日は周囲を貴族女性たちに取り囲まれているせいか、会場の主役のように目立っている。

 舞台袖から覗くラーチェルは、彼女と目があったような気がした。

 ナターシャは口元に、にんまりとした笑みを浮かべる。


「素敵でしょう? オランドル侯爵家の領地にある香木で作ったのです。香木は、生命の木と言われて、とても尊いものなのですよ!」


 調香府と服飾府の発表を待つ合間の時間、ナターシャは大きな声を張り上げた。

 ラーチェルは驚いて目を見開く。

 ナターシャは香水の瓶を手にしている。


 クリスタルで作ったような綺麗な瓶だ。ハートの形をしているそれは、調香府の中ではまず出ないタイプのデザインだった。

 少し子供っぽいのだ。それに、あまり少女趣味のデザインにしてしまうと、男性や大人の女性が購入し辛くなってしまう。

 

「オランドル侯爵家の新しい家業にしようと思いまして、香木を持ち帰って研究をしていただいたのです。生命の木とはとても神聖なもので、バニラビーンズのような甘くて美味しそうな香りがするのです」


 ナターシャは集まってくる令嬢たちの首筋や手首に、香水を振りかけた。

 ラーチェルの元まで匂いが漂ってくるほどで、それは確かに生命の木を使った香水だとわかる。


「どういうこと?」

「私にもよく……」


 ラーチェルは青ざめる。今から発表しているものと同じ香りの香水を、ナターシャが手にしている。

 あまりいい状況とは言えなかった。


「私……そういえば、ナターシャに話しました。生命の木のことを」

「それをあの女が真似をしたということかな」

「たぶん……でも、どうして」


 リュシオンは腕を組んで、軽く首を傾げた。

 状況的にはそうだとしか思えないが、それをする理由がラーチェルにはわからない。

 オルフェレウスが、ナターシャはオルフェレウスにラーチェルと別れるように言いにきたと言っていた。


 そんなことをする理由もラーチェルにはわからないが──おそらくは、嫌われているのだろう。

 ナターシャに何かした覚えはない。

 傷つけた自覚もないし、記憶もない。でも、ラーチェルの知らないところで、何かの言動が彼女を傷つけていたのだろうか。

 だから、嫌われているのだろうか。

 でも、ラーチェルの研究をわざわざ奪うような真似をするほどに恨まれているとは思っていなかった。


「どこかの誰かが、強引にオランドル家の領地の生命の木を持って行ってしまったらしいのですが、私は侯爵夫人として領民を守る義務がありますから。生命の木は、私が守らなくてはいけません」

「素晴らしいです、ナターシャ様」

「さすがはナターシャ様」

「美しく優しい、妖精令嬢と呼ばれるだけのことはあります」


 皆がナターシャを褒めている声が聞える。

 今更、香水を別のものに変えることはできない。

 ラーチェルはどうしようと、胸の前で両手を握りしめた。

 このままではオルフェレウスに恥をかかせることになってしまう。

 それどころか、リュシオンの名前にも泥を塗ってしまうかもしれない。






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