試作品
ややあって、テーブルに注文した珈琲や紅茶、かぼちゃのキッシュやワタリガザミのパスタが運ばれてくる。
リュシオンは「殿下と食事ができるなんて光栄ですね」と言いながら、ローストビーフサンドをぱくぱく食べている。
ずっとラーチェルの肩に乗っていたエルゥも降りてきて、ラーチェルが取り分けたカボチャのキッシュをもぐもぐ食べた。
エルゥはラーチェルと大抵一緒にいるが、新居で働く侍女たちからも大人気だ。
ブラッシングされたり、お菓子をもらったり昼寝をしたりと、家でまったりしていることもある。
「リュシオン様、ご相談があるのですが」
「相談? なんだろう。なんでも言って? ラーチェルのためならなんでもするよ」
「……リュシオン、その軽薄さ、どうにかならないのか」
「女の子には優しくしたいんですよ、俺は。特に可愛い女の子には特別に。あっ、でももう、ラーチェルへの下心はないので安心してください」
「オルフェ様、リュシオン様は冗談がお好きなのですよ」
優しい言葉をかけられればそれは嬉しいが、リュシオンの場合は子供が母親に好きだと言っているのと同じだと、ラーチェルは思っている。
「それで、ご相談というのは、研究発表会の香水のモデルをオルフェ様にお願いしようと思っていまして」
「えっ、殿下に?」
「はい」
「すごくいいと思う! でも殿下、嫌がりそう……あぁ、そんなことはないのか。ラーチェルの頼みなら、聞いてくれるというわけだね」
「お願いをしたら、了承をしていただけたのです」
「私でできることなら、君に協力したいと思っている。だが、私でいいのかという疑問もある」
オルフェレウスが悩ましげに眉をひそめた。
リュシオンがテーブルに手を突いて、ぐいっとオルフェレウスに体を寄せる。
ガチャガチャと食器がなり、オルフェレウスは「行儀が悪い」とリュシオンを嫌そうに注意した。
「いいに決まってますよ! 常々俺は殿下を着飾らせたいなって思っていたんです。もちろんそのきっちりしたオールバックやら軍服やらも悪くないですが、殿下は磨けばもっと光る」
「リュシオン、騒ぐな。やかましい」
「すいません、ちょっと興奮してしまって。だって殿下、俺がどれほど頼んでも、俺のデザインした服は着てくれないでしょう?」
「そうだな」
「そんな殿下がモデルをしてくれるなんて。ありがとう、ラーチェルちゃん。きっといい研究発表会になるよ」
リュシオンは興奮しながらラーチェルの手を握って、ぶんぶん振った。
オルフェレウスはリュシオンの腕を軽く握って外させると、「触れるな」と短く言う。
「殿下、俺の手が折れたらどうしてくれるんですか。王国の至宝ですよ、俺は」
「余計なことをするからだ」
「握手とハグは挨拶ですが」
「兄上の場合はそうだが、お前の場合は違う」
「そんなことないですよ」
オルフェレウスにここまで気兼ねなく発言できる者は、城にはルーディアスぐらいしかいない。
案外リュシオンとの相性もいいのかもしれないと思いながら、ラーチェルは試作品の香水の入った瓶をとりだした。
「リュシオン様。こちらが試作品の香水です」
「さすがはラーチェル。こんなに早く作ってくれるなんて助かるよ」
リュシオンはラーチェルから香水を受け取ると、瓶の蓋をあける。
それから鼻に近づけた。
「わぁ、いい香りだね。バニラがメインかな。でもスパイシーさもあって、秋にぴったりの優しい香りだ」
「生命の木をメインにして、シナモンを加えたのです。秋の夜、涼しい風を感じながら珈琲を飲んで読書をするイメージですね」
「うん、いいね。眠れない夜に癒やしを、という感じだね」
「香木の成分を調べたところ、どうやら傷を癒やす成分も含まれているようなのです。ですので、香水ともう一つ、商品を作ろうと思っていて──」
ラーチェルの相談に、リュシオンは目を輝かせた。
「それはとてもいいよ。殿下のイメージにも合うしね。俺のような男は香水をつけるのは抵抗がないけど、騎士団の兵士たちなんて、日頃から香水をつけてオシャレを──なんて余裕はないでしょう?」
「そうだな。そのような者は滅多にいない」
オルフェレウスが頷く。
確かに、騎士たちは香水をつけない。ラーチェルの知る限りでは、香水をつけている男性とは夜会で出会う貴族ぐらいだ。
父や兄は、ラーチェルがプレゼントしたものを使ってくれている。
役者や踊り子の男性たちなども香水を使うが、それは日頃から着飾る必要のある者たちだからだろう。
「でも、ラーチェルの考えた新しい商品なら、自然といい香りを身につけることができるというわけだね。とてもいいと思うよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、自信がでてきました」
「あぁでも、そうすると、殿下一人だけがモデルというのは物足りないね。ラーチェルちゃん、お願いがあるんだけど……」
ラーチェルはリュシオンの頼みを二つ返事で了承した。
きっと素晴らしい研究発表会になるという予感を感じながら。




