保護者同伴
ラーチェルは試作品の香水を持って、王都の大通りにあるカフェに向かった。
待ち合わせは正午。
午前中にある程度の打ち合わせをヴィクトリスたちと終えて、午後は外出許可を得た。
別に外に出る必要はなかったのだが、リュシオンが研究室ばかりに籠っているよりも外に出て人間観察をしたいというので、カフェでのランチに付き合うことになったのである。
以前から食事をしようと言われていた。といっても、それはもちろんデートなどではなく、仕事の一環としてだ。
リュシオンが指定してきた一ヶ月の間に香水の試作品ができてよかった。
あとは二人で確認をしながら、もう一ヶ月の間に研究発表会の発表を完成させるだけだ。
リュシオンが選んだカフェは、洒落ているリュシオンらしく新しくできたばかりの場所で、池の上に建物がある。
カフェを作るために人工の池をつくり、水路を延ばしたらしい。
池には可愛らしい金魚たちが泳ぎ、蓮という珍しい水草が浮いている。
赤いアーチ状の橋を通るとカフェの入り口がある。
池がよく見えるようにだろう、柱がいくつか立って屋根はあるものの壁はなく、全体が吹き抜け状になっていた。
池に面しておかれているゆったりしたソファとテーブルセットの一つに、はす向かいに二人の男が座っている。
一人はリュシオン。ざっくり開いた胸元に沢山の装飾品を首からさげた派手な服装をしているが、彼が着るとどんな服でも品がよく似合ってしまう。
にこやかな微笑みを浮かべて、秋波を向けてくるカフェの客の女性たちに手を振り返したりしている。
そしてもう一人はオルフェレウス。
ラーチェルと同じく午前中は仕事をしていた彼は、騎士団の軍服である。
腕と足を組み不機嫌に眉を寄せているオルフェレウスの姿は、リュシオンとは真逆の意味で目立つ。
といってもリュシオンに負けないぐらいに顔立ちは整っていて、スタイルもとてもいい。
惚れた弱みではないが、リュシオンが太陽のような美しさなら、オルフェレウスはまさしく──麗しの悪魔か、魔王か。
もちろん、悪い意味ではなく。
ただ──おそらく、オルフェレウスが街のカフェにいる姿など誰も想像したことはないだろう。
それなので、どうにも浮いて見えるのだ。
(顔も不機嫌そうだものね。今日の不機嫌そうな顔は、実際に不機嫌な顔だわ)
ルーディアスほどとはいかないまでも、だいぶオルフェレウスの感情の機微がわかってきたラーチェルである。
「お待たせしました。遅れてしまい、申し訳ありません」
「ラーチェル! 待っていたよ、来てくれて嬉しいな! 今日もとても可憐だね」
「……私の許可なく、ラーチェルに触れるな」
二人の傍にいそいそと近づいていくと、リュシオンが立ち上がってラーチェルを抱きしめようとする。
オルフェレウスがラーチェルの前に立ってそれを阻み、ラーチェルの手を引いて自分の隣に座らせた。
こそこそと小さく「騎士団長様はクリスタニア公爵令嬢と結婚されたらしいわ」「あの白衣の方?」「あまりご令嬢という感じがしないわね」という会話が聞えてくる。
確かにあまり令嬢らしくはない。ラーチェルは自分の服装を見下ろした。白衣に飾り気のないペンシルスカートのワンピース。いつもと同じだ。
誰かの「そこがいいのではないかしら。だってあの騎士団長様の心を射止めたのよ?」という言葉と共に、黄色い声があがった。
「そういえば、クリスタニア公爵家のご令嬢は香水を作っているのだとか」
「海の魔物も作ったのよね?」
「作った方々のうちの一人だと聞いているわ」
「あれはすごくいい香りで、愛用しているのよ」
「女性がつけても男性がつけてもいいものね、あの香り。瓶も素敵よね」
香水を評価する会話を聞いて嬉しくなって、ラーチェルは口元に笑みを浮かべる。
一度作って商品化してしまうともうそれは調香府の手を離れるのだが、やはり、作り上げたものは我が子のように可愛い。褒められると心が踊るように華やかな気持ちになった。
「皆、勝手なことを言う。耳にいれる必要はない。だが、君が褒められていると私まで嬉しくなる」
「ありがとうございます。普段は街を歩いていても、クリスタニア家の者とは気づかれないのです。でも、オルフェ様は目立ちますから」
「そのようだな。目立つぐらいがちょうどいい。君が私の妻だと皆に知らしめることができる」
店員がやってきて注文を終えると、リュシオンが呆れたように肩をすくめて嘆息した。
「ラーチェルと二人で食事をしようと思っていたのに、殿下まで来るなんて」
「当然だろう。ラーチェルとお前を二人きりにするわけがない」
元々、リュシオンと二人で研究発表会についての相談のための食事会の予定だった。
オルフェレウスに伝えたところ、「私も同席する」と言ってくれたので、このような状況になっている。
ラーチェルとしてはありがたかった。オルフェレウスには香水のモデルを頼む予定で、リュシオンにそれを伝えようと思っていたからだ。
「まったく、殿下には負けたよ。ラーチェルのことは俺も狙ってたんだよ。生真面目で優秀なのに、人の感情には疎くて、考えごとをしながら歩いて壁にぶつかるところが可愛いなって思ってたんだ」
「え、あ……あの、困ります」
「リュシオン、余計な話をするようなら、ラーチェルを連れて帰るが」
「ごめんごめん。今の殿下を見ていたら、とても奪おうとは思いませんよ。まさかこんな、浮ついたカフェに殿下が来るなんて……ふふ、あはは……恋の力はすごいね」
リュシオンがひとしきり笑っている間、オルフェレウスはずっとリュシオンを射殺すほどの眼光で睨み付けていた。
リュシオンのことだから本気ではなく、ただからかっているだけだろう。
けれどオルフェレウスが嫉妬をしてくれていることが、本当は喜んではいけないのだろうが、嬉しかった。
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