表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/58

新居について



 ルイたちに礼をして彼らから離れたラーチェルは、そろそろ帰るよ──と挨拶をしにきてくれた両親を見送るために、立食パーティーが開かれている会場を離れた。


 城の正面にクリスタニア家の馬車がとまっている。

 両親と一緒に今日は兄夫婦もタウンハウスに泊まるようで、「ラーチェル、おめでとう。殿下、ラーチェルを頼みました」「ラーチェルさん、また今度ゆっくりお茶を飲みましょうね」と言って、先に馬車に乗った。


「殿下、娘と結婚してくれてありがとう。いや、よかった、本当に」

「何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくださいね」

「ありがとうございます、義父上、義母上」

「殿下にそう呼ばれる日がくるとはね」

「こんなに男前な息子ができるなんて、嬉しいわ」


 いつも楽しそうな両親だが、今日はいつにもまして嬉しそうにしている。

 今日からラーチェルはオルフェレウスと共に王都にある、王家所有の使われていない邸宅に住むことになる。


 毎日一緒にいた両親とも、今日でお別れだ。


「お父様、お母様、今までお世話になりました」

「王都に住んでいるのだから、会うこともあるだろう? これからも君は私の娘だよ、ラーチェル」

「そうよ、ラーチェル。いつでも帰っていらっしゃい。殿下を連れてきてね」


 少し寂しい。でも確かに、父の言う通りだ。

 永遠の別れというわけではない

 ラーチェルはせっかくの機会だからと、気になっていたことを聞くことにした。


「お父様。オルフェ様が私たちの家に来た時、お父様は私に紹介もしてくださらなかった気がします。私が忘れているだけかもしれませんが、記憶にないのです」

「それはそうだよ。だって、親戚の子だと皆には伝えていたからね。それに、あえて紹介することもないと考えていた」

「どうしてですか?」

「自分を救えるのは、自分だけだからね。殿下には一人の時間が必要だと考えていた。少し落ち着いたら皆に紹介しようとしてはいたんだ。殿下を我が家の養子にするつもりだったしね。結局、ルーディアス陛下の一声で、殿下は城に戻ったから、それはなくなってしまったけれど」


 ラーチェルはオルフェレウスと顔を見合わせた。

 もしかしたら、オルフェレウスは夫ではなく義兄になっていたかもしれない。

 そう思うと、今こうして隣に立っていることが、不思議だった。


「養子にしていただかなくてよかったです。義妹に思慕を抱く、おそろしい男になるところでした」

「義兄妹であれば問題はないだろう。まぁ、それはただの在り得たかもしれない過去の話だ。ラーチェルは誰とも結婚をせず、君を選んだ。そういう偶然を、物語では奇跡と呼んで尊ぶんだよ」

「いくつかの奇跡が重なって、出会い結ばれた幸運に祝福を。二人とも、また会いましょう」


 両親が馬車に乗って去っていき、誰もいない城の正面広場でラーチェルはオルフェレウスと向き合った。

 いつもは賑やかな場所だが、もう日が暮れ始めている。

 そろそろ皆、帰路につくだろう。

 

「オルフェ様と義兄妹になっていたら、私はもっと早く、オルフェ様に恋をしていたかもしれません」

「どうだろうな。少なくとも、酔って結婚すると言って腕を掴んでくれたりはしなかっただろう」

「そ、その恥ずかしいことは、できればあまり思い出してほしくないのですが」

「私にとっては、二度目の奇跡だった。……ラーチェル、君が掴んだ手が、私でよかった」


 オルフェレウスはラーチェルの手をとって引き寄せる。

 きつく抱きしめられて、目を閉じた。

 

「私は期待していたのかもしれない。いつか、君が私に気づいてくれることを。私は幸せを求めてはいけないと自分に言い聞かせながら、君を求め続けていた。……情けないな」

「そんなことはありません。私は、あなたの手を握ることができてよかった。こうしてあなたといられて幸せです」

「これからは、もう手をこまねいて見ているようなことはしない。私は君のために、生きたい」


 ラーチェルはオルフェレウスの背中に手を回して、自分よりも大きなその体を、精一杯抱きしめ返した。


 ◇


 婚礼の儀式が行われる、数日前のことである。

 オルフェレウスはルーディアスの執務室で、ルーディアスと共に、王都の地図を見ていた。


「こちらの、ライアル邸はどうだ?」

「大きすぎる」

「では、こちらのアルディージャ邸は?」

「敷地が広すぎる」

「大きくて広い方がいいだろう? 大は小を兼ねる」

「二人で暮らすのだから、大きさも広さもさほど必要はありません」

「オルフェ、何を言っている? お前は第二王子で、ラーチェルは公爵令嬢だ。家が大きくて何が悪い」


 それはそうなのだが──と、オルフェレウスは腕を組んで眉を寄せた。

 

「いいか、オルフェ。開き直れ。お前がどんなに自分を卑下しようが、お前は俺の弟だ。王家の血はお前の中に流れているし、俺はお前を大切に思っている。分かったか?」

「感謝は、しています」

「感謝を求めているわけではない。お前は自分が王弟だと、堂々としていればいい。威張れということではないぞ。今まで通りのオルフェで別に構わないが、金も屋敷もいらないと突っぱねるのはよせ。俺はあげると言われたら、それがたとえ石ころであっても喜んで貰うことにしている」

「それはどうかと」


 何年経っても、この兄──ルーディアスのことはよくわからない。

 不遇な環境で幼少期を過ごしているのに、暗さがまったくないのだ。

 能天気で明るい。だが、その奥にある果てしないほどの優しさを、オルフェレウスはよく理解していた。

 どうしてこんなふうになれるのかと、眩しく感じる。


「では、こちらのアストラ邸で手打ちにしよう。城からも王都の中心地からも近く、立地条件がいい。使用人に命じて掃除をさせて、調度品を整えておく。ある程度住めるようにしておくから、あとは自分たちで好きなようにするといい」

「……感謝します、兄上」

「本当は、領地と金を与えたいのだぞ! 譲歩してるんだ、こっちは。謝れ」

「すみません」

「素直が一番だ」


 王都の邸宅には、それぞれ建てた王の名前がついている。

 アストラ邸は、アストラ・レノクス──今から三代前の王が建てた家で、まだ新しい。

 お忍びで街を散策するのが好きな王だったそうで、わざわざ城まで戻るのが面倒だという理由で建てて、別宅として使用していたものだ。

 

 住む場所が決まると、いよいよラーチェルと結婚をするのだという実感が湧いてくる。

 愛しい女性と朝も夜も共に過ごせることを考えると、そわそわと落ち着かない気持ちになった。

 ふと、村で共に過ごした一夜のことを思い出す。


「兄上、少し問題が」

「問題? どうした、何かあったか」

「いや……たいしたことではないのですが」

「お前が俺に相談をしてくるなんて、珍しい。何でも話せ。聞きたい。兄らしいことがしたいのだ、俺は」

「それが……」


 話すべきかどうか迷って、オルフェレウスは結局、口を開くことにした。

 こんなことは他の誰にも言えない。


「エルゥを見つけた村で、ラーチェルと一晩共に過ごしたのですが」

「おぉ! そうか、長年の想い人と結ばれたのか、喜ばしいことだな」

「そうではなく。その時私は酔っていまして」

「酒が苦手なのに飲んだのか?」

「はい。それで……ラーチェルはなにもなかったと言うのですが、私はラーチェルに何かしたのではないかと思えてなりません。具体的には、胸を触ったような気がします。謝罪をしたいと思うのですが、ラーチェルは何もなかったと……どうしたものかと悩んでいるところで」


 ルーディアスは一瞬真顔で黙り込んで、それからすぐに腹を抱えて笑い出した。


「これからいくらでも触ることができるのだから、気にする必要はないのでは?」

「兄上。その発言はどうかと」

「いや、お前の悩みもどうかと思うぞ。謝るのはやめておけ、ラーチェルが困るだろう」


 そういうものかと、オルフェレウスは頷いた。

 酩酊した自分がラーチェルに触れたこと自体許せないのだが──これ以上蒸し返すべきではないのだろう。


「ところで、オルフェ。ずいぶん可愛い弁当を食べていたと、皆が言っているのだが」

「うさぎですか」

「ほ、本当なのだな! 皆も俺に教えてくれたらよかったものを! 見たかったな、お前がうさぎ弁当を食べている姿が!」


 何がおかしいのかと、オルフェレウスは眉をひそめる。

 あのうさぎには特に意味はない──というよりも、シエラ姫のものと間違えただけだったらしい。

 といってもラーチェルが作ってくれたものだ。どんな形をしていても有難いし、美味しかった。

 笑うようなことではないだろうとルーディアスを睨む。

 彼は両手を組んでじっとオルフェレウスを見据えながら「俺はからかっているわけではなくて、本気で見たいと思っている」と、真剣な顔で言った。

 本当に──よく分からない兄だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ