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原因不明の病



 ◇


 明るい光が窓から差し込み、目覚めたラーチェルは大きく伸びをした。

 

 身支度を調えて扉を開くと、ほぼ同時にオルフェレウスの部屋の扉が開かれた。


「おはようございます、オルフェ様」

「おはよう」


 丁寧な朝の挨拶をして、昨日のことを思いだし──なんだか照れてしまった。

 視線を逸らして床を見つめて、心を落ち着かせてからもう一度オルフェレウスを見あげる。


 いつもの騎士団長の装いではなく、黒いトラウザーズに白いシャツ、金の刺繍の入ったウェストコートを着ている。


 腰には剣をさげているが、一見して騎士団長だとは分からない姿だ。

 ピシッと綺麗にまとめられたオールバックの髪に、意志の強そうな太い眉に、冷たい印象の切れ長の瞳。

 余計な感情を全てそぎ落として清廉に生真面目に生きているような印象のあるオルフェレウスに、昨日あれほど情熱的に抱きしめられたことが夢のように感じられた。


「ラーチェル。眠れたか?」

「はい。誤解が解けて安心してしまったせいか、よく眠れました。悩んでいたことが嘘みたいに。……恥ずかしいです」

「あの光景を見れば誰でも勘違いをするだろう。気にする必要はない」

「これからは、オルフェ様に尋ねますね。悩む前に」

「あぁ」

「食事に行きますか? 食堂のエウリアさんが、ルアルアの香木の採取について村長さんにかけあってくださると言っていました」

「昨日の今日で、村の者とそれほど親しくなったのか?」

「親しく……とまでは行かないと思いますけれど、皆さんとても親切です」


 オルフェレウスは「私がここに魔物討伐に来たときは、ずいぶん怪しまれたがな」と、訝しそうに呟いた。

 宿の一階にある食堂で、パンと野菜スープの軽い朝食をすませた。

 それからエウリアの元に向かう。

 昼から食堂を開くため食材の仕込みや掃除を行っていたエウリアは、ラーチェルとオルフェレウスの姿を見ると驚いたように目を見開いた。


「騎士様、お久しぶりです。ラーチェル、おはよう! 騎士様がどうしてここに? もしかして、ラーチェルが心配で追いかけてきたとか」

「あぁ」

「そこで肯定されると私の方が照れてしまいますね……」


 ラーチェルもオルフェレウスの隣で照れた。

 涼しい顔をしているオルフェレウスが羨ましい。いちいち照れてしまう自分が幼く感じられた。


「約束していた通り、村長さんに話しを通しておいたわ。それで……相談があるそうなのだけれど」

「相談ですか?」

「ええ。ラーチェルは植物の研究をしているのでしょう? もしかしたら、何かわかるかもって」


 エウリアの案内で、ラーチェルとオルフェレウスは村の中央にある村長の家に向かった。

 他の家よりも大きい家である。古くから村を治めてくれているジラット家という家で、今の村長はレイモンド・ジラット。

 三十代でまだ若い。奥さんは最近亡くなって、娘と二人暮らしだと、エウリアが教えてくれた。


「騎士様、お久しぶりです。騎士様まで来ていただけるとは心強い。これも女神様の思し召しなのかもしれませんね」


 レイモンドは眼鏡をかけた学者のような、穏やかな物腰の男性だった。

 エウリアは礼をして帰って行き、ラーチェルとオルフェレウスは村長の家の応接間に通される。

 ふっくらとした優しげな老女がお茶を用意して、さがっていった。


「その節は世話になりました。ご無沙汰しています」

「こちらこそ、お世話になりました。騎士様がいらっしゃらなかったら、村は全滅していたかもしれません。あのような魔物が現れたのははじめてで」

「魔物についてはわかっていないことのほうが多いのです。生態系も謎が多い」

「そうなのですね」


 害のある動物が、魔物である。

 その姿は多種多様で、分裂して増えるものもいれば、生殖機能があるものもいる。

 その研究は魔物研究棟で研究が行われており、毒に詳しいヴィクトリスが呼ばれることもある。

 ラーチェルも時折呼ばれる。ヴィクトリスの助手としてだ。


「何か困ったことがあるのですか?」


 オルフェレウスの問いに、レイモンドは表情を曇らせた。

 

「ルアルアの香木については、必要な分だけならば採取をしていただいて大丈夫です。けれど、森の手前にあるのは少しだけ。森の奥に香木は多くはえていて……村人たちには今は、そこに入るなと伝えています」

「何故でしょうか」

「私の娘が……森の奥に行ってからというもの、熱をだしてしまい。原因は分からないのです。村人たちには隠しています。不安になるでしょうから。騎士様に討伐していただいたシビレカガシの呪いなのではないかと」

「呪いなどはありませんよ。熱を出したらなら病気です。何か原因があるはずです」


 ラーチェルはきっぱりと言い切った。

 呪いで熱が出る──と、思い込んでいる者は少なからずいる。

 辺境の村などでは医術が発展していない場合が多いため、適切な治療が受けられずに命を落とす者も多いのだ。

 採集のために僻地にいくことの多いラーチェルは、それをよく感じていた。


「娘さんに会わせていただけますか?」

「それはもちろん。……見ていただきたいと思っていました。学者様ならばなにかわかるかもしれないと」


 ラーチェルたちは屋敷の奥へと通された。

 可愛らしい調度品で整えられた部屋のベッドに、幼い少女が眠っている。


 年齢は、十歳程度だろうか。艶のある黒髪をした、肌の白い人形のような少女である。

 だが、今はかなり衰弱しているためか、その白い肌は白を通り越して青く見えた。

 

 肌は青ざめているのに、体は熱を持っている。


「アナベルといいます。熱が出てから、一週間経ちました。……医者にも診せて、解熱剤も飲ませました。ですが、どうしたらいいのか」

「……どうして森に?」


 オルフェレウスが静かに尋ねる。

 ラーチェルはアナベルの額や首、手首や手のひらに触れた。

 体の芯が熱い。呼吸も脈もかなり弱くなっている。


「母親に会いに行ったのです。森の奥には死者の国があると、村の者たちは信じています。森を抜けて、山にのぼり、そこから天に昇るのだと。アナベルの母……私の妻は、一ヶ月前に病気で死にました。しばらく塞ぎ込んでいて……気づいたら、いなくなっていました。森の中で倒れているのを村人たちが見つけて」


 レイモンドは声を詰まらせる。

 妻を亡くし、そして娘まで──とは。

 その心中は察することしかできないが、辛いだろう。とても。



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