誤解と謝罪
真夜中に村の外から来た者が屋外で話をしていると、村の者たちが心配をする。
そう言って、オルフェレウスはラーチェルの手を引いて宿に戻った。
「君が無事であれば、それでいい。一人で森に入り、危険な目にあったらと思うと心配だった。以前も、魔物が出た」
「オルフェ様……あの」
幸いにして、宿の部屋があいていたようだ。
ラーチェルの隣の部屋に向かおうとするオルフェレウスの手を、ラーチェルは引いた。
「もう、遅いのは分かっているのですけれど、もう少しだけご一緒していただけませんか?」
「……構わないが」
「ありがとうございます」
ラーチェルはオルフェレウスを部屋に通す。
それから部屋のテーブルに置かれているランプに、火を入れた。
ベッドぐらいしかない部屋である。オルフェレウスの手を引いてベッドに座ってもらうと、ラーチェルもその隣に座った。
気恥ずかしかったが、他に座る場所がない。
もちろん男性と二人でベッドに座るなんてはしたないことはラーチェルはしたことがない。
けれど、構わない筈だ。これから夫婦になるのだから──と、自分に言い聞かせた。
オルフェレウスは相変わらずの無表情で、照れている様子も嫌がっている様子もなかった。
オルフェレウスの服に小さな葉が付いていることに気づいて、ラーチェルはそれを指でつまんだ。
「オルフェ様、葉が……」
「あぁ……そうだな」
「もしかして、私を探して森に?」
「宿の主人は君が出て行ったきり帰ってこないと言っていた。だから、もしかしたらと。……少し考えれば食堂に向かったのは分かることだが、焦っていたようだ」
「申し訳ないです」
「私がしたくてしたことだ。謝る必要はない。……謝罪をするなと私は君に言ったが、何かを制限されるというのは不自由だろう。好きなようにしていい。ただ、必要以上に謝らなくていい」
「ありがとうございます、オルフェ様。……あなたは、ずっと私に優しいのに、私は」
オルフェレウスがここに来たということは、仕事を休んだということだろう。
そこまでして心配して探してくれる人を疑ってしまった。
疑って、何も告げずに逃げてしまった。
そんな自分が情けなくて、年甲斐もなく泣きそうになってしまう。
もう──大人だ。
仕事もしている。年齢だって、もう二十歳。大人になったのだから、大丈夫だと思っていたのに。
「ラーチェル、何かあったのか?」
「……私、オルフェ様がナターシャと二人で話しているところを見てしまって」
「あぁ、昨日の……」
「はい。昔から、そうなのです。私に近づいてくる男性は、皆、ナターシャと近づきたい方々ばかりでした。ナターシャは妖精のように愛らしいのに、私は地味だと、引き立て役だと陰口を言われているのを聞いたこともあって」
こんなことを言っても仕方ない。
実際その通りなのだから、気にするだけ無駄だと、ラーチェルはずっと自分に言い聞かせてきた。
それでも心に小さな傷は残る。
ルイもナターシャが好きだった。
ルドランはナターシャとは関係がないけれど、見栄えのいい女性と真実の愛を育んだ。
だから、と。
きっと、オルフェレウスもそうに違いないと、彼に聞いたわけでもないのに断定して、勝手に傷ついていた。
それが情けなく、けれど同時に本当にそうだったらと、心が軋む。
こんなに胸が痛いのは──オルフェレウスが好きだからだ。
ルイに失恋したときも、心が痛んだ。
ルドランの時もそうだ。
でも、今は。
もっとずっと、痛い。
「──君は、私もそうだと?」
僅かな苛立ちを声音から感じて、ラーチェルの瞳からぼろっと涙がこぼれた。
泣きたくないのに。子供みたいに拗ねたことを口にしてしまった。これ以上に、情けない姿を見せたくないのに。
「ご、ごめんなさい……オルフェ様は、過去は誰にでもあるとおっしゃっていました。だから、ナターシャのことが好きだったのだと、他の男性たちのように。……私には魅力がないから、仕方ないって分かっているんです。結婚していただける、優しくしていただける、それだけで十分だって」
言い訳めいた言葉が唇から勝手にあふれて、愛想笑いを浮かべてしまうのが、苦しい。
昔からそうだ。何も変っていない。
誰かを傷つけるのも、怒るのも、得意ではない。
自分が傷ついたとしても、結局、ものわかりのいいふりをしてしまう。
「だから、私……その、何を言っているのか、わかりませんよね。自分でもよくわからなくて。……ごめんなさい」
「ラーチェル。……私は期待してもいいのだろうか」
「期待?」
「いい人間ではないと、言っただろう。君の思うような清廉さも潔白さもこの身にはない。所詮は、正妃から王を奪った女の子供だ、私は」
「オルフェ様、そんなことは……」
ないと、言おうとした。
けれどそれは言葉にはならなかった。
腕を強引に引かれて、ラーチェルはオルフェレウスに痛いぐらいに強く抱きしめられていた。




