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シエラ様との約束



 絵画に描かれる女神の御使と呼ばれている、天使のように愛らしい少女がぱたぱたと駆けてくる。

 ミーシャとルーディアスの娘、シエラ姫だ。

 レースを重ねたドレスふわふわと揺れて、ゆるく癖のある髪が風に靡いている。

 青みがかった銀の髪に、こぼれ落ちそうな青い瞳を持つシエラは、ミーシャによく似ている。

 シエラの後ろには、護衛たちと侍女たちを連れたミーシャの姿がある。


「ラーチェルと一緒にご飯を食べられないってお母様が言うの!」


 丸い頬を膨らませて、シエラは不満そうにした。

 遅れてやってきたミーシャが「ごめんなさいね、説明はしたのだけど」と、すまなそうにする。


「シエラ、兄上に似て騒がしい。それに、走るのはあまり感心しない」

「おじさま、怖い」

「こら、シエラ。いけないわ、オルフェレウス様にそんなこと言っては」

「でも、ずるいもの! おじさまとラーチェルが結婚したら、ラーチェルとずっと一緒だと思ったのに。おじさまはお城を出ていって、ラーチェルと二人で暮らすなんて」


 ミーシャは困ったように微笑んだ。

 確かにラーチェルは、シエラやミーシャと共に昼を過ごすことも多くあった。

 だが、オルフェレウスと結婚が決まってからは、彼を優先しなければと考えていた。

 だからといって、シエラやミーシャを蔑ろにするつもりはもちろんない。

 けれど、幼いシエラにはそう感じられたのかもしれない。


「シエラ姫、ごめんなさい。不安にさせてしまったのですね。オルフェ様と結婚しても、私は今まで通りですよ」

「本当?」

「はい。何も変わりません」

「よかった! おじさまは怖いけれど、ラーチェルは大丈夫?」

「オルフェ様は、優しい方ですよ。それにとても、格好いいです」

「大きくて、山みたいなのに?」

「まぁ、ふふ……」


 小山みたいだ、とは、ヴィクトリスが言っていたのではなかっただろうか。

 小さなシエラから見たら、小山どころか、山に見えるのだろう。


「ラーチェルは、大きな男の人が好きなの?」

「そうですね、山のように大きな男性が好きなのですよ」

「そうなのね。よかったわね、おじさま!」

「あぁ。とても、よかった」


 女の子の成長は早いと言うが、もう恋に興味のある年頃なのかと、ラーチェルは微笑ましく思った。

 シエラは椅子の上にあるバスケットをじっと見つめて、指でつつく。


「これは、なあに?」

「それはお弁当です。オルフェ様と一緒に食べていたのですよ」

「お弁当!」

「ラーチェルが作ったの?」


 ミーシャも好奇心に瞳を輝かせながら尋ねてくる。


「ラーチェルの料理は、とても美味しいのよ。オルフェレウス様は幸せね」

「そうですね。今まで食べたどの料理より、美味しかったです」

「おじさま、ずるい! 私もお弁当!」


 シエラがラーチェルの服を引っ張る。

 ミーシャは恥ずかしそうに「ラーチェルを困らせてはいけないわ」と注意した。


「大丈夫ですよ、ミーシャ様。シエラ様、今度シエラ様の分も作りますね」

「一緒に食べていい?」

「もちろんです。オルフェ様、いいですか?」

「構わない」


 シエラのご機嫌は、そこですっかりなおったようだった。

 結婚式が楽しみだという話になり、シエラは可愛いドレスを着るのだと張り切っている。


 弟はまだ赤ちゃんだから出席できなくて可哀想だと、心配そうにいう様子が可愛らしい。

 素直なところはミーシャに、物おじしないところはルーディアスに似たようだった。


 昼休憩が終わり、ミーシャは話しすぎたと申し訳なさそうにしながら、シエラを連れて戻っていった。


「来週末には式をあげる。その前に家の手配をすませたい。だが、君は香水の開発があるだろう?」

「大丈夫です、オルフェ様。オルフェ様のおかげで、いい考えが浮かびそうなのですよ」

「私の?」

「はい。ありがとうございます」


 オルフェレウスは不思議そうな顔をしたあと、「それならよかった」と頷いた。


 ラーチェルはバスケットを持って、調香府に戻った。

 それから、忘れる前にノートに『ルアルアの香木』『バニラ』『シナモン』『鎮痛作用』『精神安定の効果』と書き残した。

 それから『エディクス地方』とも。


 地図を取り出して、エディクス地方を調べる。

 西方にある森林と山脈に囲まれた土地である。小さな村が点在している。

 ルイの治めているオランドル侯爵領の端の地域で、オランドル侯爵家のある大きな街から更に西に向かった場所だ。


 ルイから、ルアルアの香木の話は聞いたことがない。

 小さな街や村は独自のしきたりや、特産品があることが多い。神聖視されている木であれば、たとえ領主であっても知らないことが多い。

 

 そこまで領地について興味を持っている領主も少ないものだ。

 ルイは真面目な性分だが、ナターシャと結婚してからは領地よりも王都にいるほうが多いのだと聞いた。

 オランドル家の大奥様と母は友人である。そのため、──ここだけの話、という前置きをした、愚痴も出るのだろう。

 

「一応、ルイに伝えておくべきかしら……」


 ルイの領地にある村に向かうのだから、知らない仲でもあるまいし、手紙で挨拶ぐらいはしておくべきだろう。

 ラーチェルは、ルルメイアに外出の許可を得た。

 

 オルフェレウスにも伝えなくてはいけない。週末は家を見に行く約束をしている。

 それまでにはきっと、帰ることができるだろう。



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― 新着の感想 ―
性善説ううう良い人だなあって思うと同時に心配になります。 大丈夫かなそんな手紙なんか出して……ナターシャにすぐつながるよ〜〜
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