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お出迎え



 ラーチェルは迷った末に、ルイとナターシャにも結婚式の招待の手紙を書いた。

 二人の結婚式にも参加したのだから、ラーチェルが二人を招かないというのは失礼な話だ。


 調香府の者たちも、研究棟の者たちも参列したいと言う。

 家族と友人だけが参列する静かな結婚式になるかと思ったら、オルフェレウス側は騎士団の者たちが参列するとのことなので、思ったよりも賑やかになりそうだった。


 手紙を出した、翌日。ラーチェルは早起きをして、朝からお弁当を作っていた。

 オルフェレウスと自分の分で、二人分。

 四角いランチボックスに、卵焼きや、味付けした肉団子、ハムとチーズ、野菜を挟んだパン、鳥肉と温野菜のサラダなどをつめる。オルフェレウスのために少し量を多くした。


「ラーチェル、美味しそうねぇ」

「ラーチェル、美味しそうだな」


 眠そうな顔をしながら起き出してきた両親が、何か言いたげな目でラーチェルを見つめてくるので、両親の分も作った。


「ありがとう、ラーチェル。今日はお庭でピクニックでもしようかしらね」

「釣りもいいな。王都のルティアルダ湖では今、ニジュールマスが釣れるんだよ。池の畔で焼いて、食べることもできるんだ。ラーチェルも殿下をつれて行ってみるといい」

「あの池の奥にある滝には、願いを叶えるっていう言い伝えもあることだし」

「恋人たちの聖地だそうだよ。そうだ、僕たちもお祈りをしてこようか」

「ええ、もちろん」


 いつまでも仲のよい両親を微笑ましく思いながら、ラーチェルは挨拶をして家を出た。

 いつものように護衛をつれて登城しようとしたところで、門の前に立派な馬と共にオルフェレウスが待っていることに気づいた。

 

 あわてて駆け寄り、ラーチェルは驚きながらもオルフェレウスに挨拶をした。


「オルフェ様、おはようございます。どうされたのですか?」

「おはよう、ラーチェル。迎えに来た」

「ど、どうして」

「私がそうしたいと思ったからだが、いけなかったか?」

「そんなことはありませんけれど……」


 オルフェレウスはラーチェルの荷物をその手から取り上げると、馬の鞍へと置いて落ちないようにくくりつけようとする。

 ラーチェルははっとして、オルフェレウスから自分の荷物を取り戻そうと手を伸ばした。

 馬の背は高く、オルフェレウスの背も高いので、なんだか抱きつくようになってしまう。


「ん……?」


 オルフェレウスは訝しげに眉を寄せてラーチェルを見下ろして、それからラーチェルの背中に手を回してぎゅっと抱きしめた。


「お、オルフェ様……っ」


 大きな体にすっぽりと抱きしめられて、ラーチェルは狼狽えた。

 どうして抱きしめられているのかよくわからない。ラーチェルの好きな香りが体を包み込む。オルフェレウスの軍服の感触が体にあたり、その服の奥にある体の硬さにくらくらと目眩がするようだった。


「挨拶をしたいのかと。違ったか」

「あ……挨拶……そうですね、挨拶です、これは挨拶……」

「おはよう、ラーチェル」

「おはようございます、オルフェ様」


 親しい者同士の正式な挨拶において、こうして抱き合うということはよくある。

 特にルーディアスは相手を抱きしめることが好きだ。

 ラーチェルも何度か抱きしめられたことがある。

 

 そんな兄と共に育ったのだから、オルフェレウスも挨拶で相手を抱きしめる癖があってもおかしくはない。

 おかしくはないが──無性に、照れてしまう。


 拒絶するのもおかしいので、ラーチェルはオルフェレウスの背中に腕をまわすとぎゅっと抱きしめ返した。


「……あの」

「……あぁ」

「オルフェ様?」

「なんだ?」

「そろそろ、あの、離してくださっても、いいかなと思いまして……」


 挨拶を交わしたあとも腕の拘束が離れないので、ラーチェルは羞恥をこらえながらオルフェレウスを抱きしめ返し続けた。

 彼の背中は広いので、腕が回りきらずにしがみつくようになってはいるが、ともかく抱きしめ返した。


「そうか。つい、な」


 つい、というのはどういうことだろう。

 不思議に思いながらも、オルフェレウスと離れたラーチェルは赤く染まった顔を見られないようにうつむいて、それから、照れている場合ではなかったとがばっと顔をあげた。


「オルフェ様、荷物にお弁当が入っていまして。自分で持ちます。馬に揺られたら中身がたいへんなことになるかもしれません。ですから」

「……あぁ、そうか。それは、私のために?」

「ご迷惑ではないですか? 約束ですから……作らせていただいたのです。本当は、昼休憩の時間に持参して、騎士団本部にうかがおうと思っていたのです」

「迷惑ではない。ありがとう、ラーチェル」


 オルフェレウスは荷物をラーチェルへと返してくれた。

 バスケットの中身も、ランチボックスも無事だった。


 いつの間にか、両親や家の者たちがずらりと入り口の扉の前に並んでいた。

 オルフェレウスは彼らに礼をして、両親は嬉しそうに「殿下、娘を頼みます」「ラーチェル、気をつけて」と見送ってくれた。


 護衛たちも礼儀正しく礼をして「お嬢様をよろしくお願いします」とオルフェレウスにラーチェルを預けた。


「君の家族は、よい方々だな」

「ええ、私も本当にそう思います」


 オルフェレウスはラーチェルを抱き上げると、馬に乗せる。ラーチェルは荷物を膝の上にかかえて、軽々と馬に飛び乗ったオルフェレウスの体を、片手で掴んだ。

 王城までゆっくりと、馬は歩みを進めていく。


「オルフェ様、迎えに来てくださってありがとうございます」

「昨日約束をした。君の護衛は私が務める」

「でも、ご無理なさらないでください」

「無理はしていない。私はしたいことをしているだけだ。それとも、迷惑か」

「そんなことはありません……! とても、嬉しいです」


 これからずっと、こんな日々が続くのだろうか。

 そう思うとくすぐったくもあり、貴重な彼の時間を奪ってしまうことが申し訳なくもあったが、それ以上に嬉しかった。



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― 新着の感想 ―
特に言及されてないけど、距離感が近いし貴族王族が食堂で食事するし、随分と庶民的だからこの国は結構小国なんだろうなあという感じ。
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