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調香府での報告



 それでもやはり弟を放っておくわけにはいかない──と、ルーディアスの申し出により、挙式は城の礼拝堂で行うことになった。

 必要ないと言い張っていたオルフェレウスも、ルーディアスの説得で折れたようで、『挙式は来週。兄上と、騎士団の者たちが参列したいと言っている。シエラ姫もだ。君に懐いているだろう』という手紙を、オルフェレウスから受け取った。


 週のはじまりの、月の日の朝である。

 良質な紙に並ぶ角の尖ったしっかりした几帳面な文字が、オルフェレウスらしいとラーチェルはくすりと微笑んだ。


 シエラ姫とは、ミーシャとルーディアスの娘である。

 今は四歳。言葉もたくさん話すことができるようになって、可愛い盛りだ。 

 

 ラーチェルに懐いているのは、ラーチェルがミーシャの傍にいるときに、遊び相手をしていたからである。

 花を水に溶かして色水をつくったり、色水で絵を描いたりした。

 シャボンを作ってシャボン玉を飛ばしたりもした。

 今でも、城でラーチェルを見かけると駆け寄ってきてくれる、可愛らしい姫である。


「我が家からは、僕たちとアンセムの家族が参列するよ。連絡をしたら、驚いていたな。でも、アンセムも喜んでいる」


 両親に手紙を見せると、父はにこにこしながら言った。

 アンセムとはラーチェルの兄である。今は立派に、クリスタニア公爵を務めている。

 可愛らしい妻と、四歳の息子がいる。シエラ姫と年齢が同じなので、もしかしたら友人になれるだろうか。


「週末ね、分かったわ。それまでに準備を整えるわね」

「ありがとうございます、お母様。婚礼着は、間に合わなければオルフェ様の方で準備ができるそうですが」

「あるのよ。たくさん。もちろん、ルドランさんとの婚礼の為に用意したものではないのよ。あなたがいつか結婚する日のために、着て欲しいなと思いながら用意したものだから、心配しないで」


 ルドランの名前を呼ぶときだけ、母の声は低くなった。

 ルドランとの婚約解消時はさして揉めたりはしなかった。

 王国の教えに則り、ルドランが既に他の女性と契りを結んでいる以上は、ラーチェルの出る幕はないのだ。

 クリスタニア家としても、そんな男に娘を嫁がせるわけにはいかない。


 だが、母は怒りも感じているようで、ルドランの話しは滅多にしたがらない。

 名前を呼ぶことさえ疎んでいるようだった。


「ルイとナターシャさんも呼ぶのかしら」

「そうですね……どうしましょう」

「二人の式には呼ばれたのだろう? 手紙ぐらいは出しておいてもいいとは思うがね。喧嘩をしているわけでもないのだろう」


 父に言われて、ラーチェルは頷いた。

 それはそうだ。喧嘩をしているわけではない。二人は友人である。

 問題があるとしたら、それはラーチェルの心の問題だろう。


 ルイへの恋心は、ルドランと婚約をして彼を好きになれるかもしれないと感じ始めたときに、すでに過去のものになりつつある。

 先日会ったときにはやはり好きだと感じたが──それも、いずれ消えていくだろう。


 今のラーチェルは、オルフェレウスを支えたいと考えている。

 出自についてや思いを、淡々と話してくれた。強いけれど、どこか繊細さを感じるオルフェレウスに、ラーチェルは真摯に向き合いたいと考えている。


 ルイへの過去の恋についてオルフェレウスに話していないのは、不誠実だろうか。

 ルドランのことも、話していない。

 

 オルフェレウスには尋ねられなかったし、自分から積極的に話すことでもないだろうと思っていた。


 でも──挙式に招待するのだとしたら、話しておくべきだろう。


「ラーチェル。あなたが決めなさい。古くからの友人だって、気が合わなくなることもあるのよ。無理をして付き合う必要はないわ」

「分かりました、お母様」


 ラーチェルは母に、ナターシャとの間に起きたことを詳しく話してはいなかった。

 たいしたことではないと考えていたからだ。

 よく考えたら、ナターシャもルイが好きだったのだろう。

 たまたま先に、ラーチェルがナターシャに気持ちを打ち明けていたというだけで。


 ナターシャも悩んだのかもしれない。でもきっと、ルイはナターシャが好きだったのだ。

 なんせ──皆の憧れの、妖精令嬢なのだから。


 気持ちを切り替えようと思うと、少し楽になった。

 オルフェレウスに事情を話してしまおう。彼は嘘が嫌いだ。

 ラーチェルとしても隠し事は苦手だ。心に小骨が刺さったように、何かを隠しているとそれがずっと気になってしまう。


 とりあえず──城に行かなくては。

 今日からまた、仕事である。つかず離れずの位置にいてくれる護衛兵を連れて、ラーチェルは家を出た。

 

 朝の澄んだ空気を全身に浴びながら街を歩き、城に向かう。

 城の研究棟にある調香府は、様々な花が花瓶にいけられていて、蔓性の植物が天井に張り巡らされて、そこからランプがいくつもつり下がっている、まるで森の中にいるようなラーチェルにとっては心地よい場所だった。


 その中に、机が並び、フラスコやビーカーや、アルコールランプなどが置かれている。


「ラーチェル、聞いたよ」

「ラーチェル、聞いたわよ」


 ラーチェルが顔を出すと、途端に同僚たちが近づいてくる。


「殿下と結婚だってね」

「殿下と結婚ですって!」


 ラーチェルが返事をする前に、口々に「おめでとう!」と言われて、ラーチェルははにかんだ。

 調香府の同僚たちは、親切で優しい者がとても多い。

 それは分かっていたけれど、純粋に祝いの言葉を向けられるのが嬉しかった。


 

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