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隣国から来たミーシャ



 ミーシャ・レノクスは薄紅色の髪に、金色の瞳をした愛らしい女性である。

 ラーチェルよりも五歳年が上だが、少女のようにどことなくあどけなさがある。

 

 ミーシャが隣国のルキュラス王国からレノクス王国に嫁いできたのは今から五年前のことだ。

 ミーシャはルキュラス王国の、二番目の姫だった。

 両国の友好のために、ルーディアスに嫁いできたのである。


 ルキュラス王国というのは、別名妖精の国と呼ばれている。

 小柄で細身で、奥ゆかしく美しい人々が多いのである。

 ラーチェルの友人のナターシャが妖精令嬢と呼ばれている所以は、ルキュラス王国が妖精の国と呼ばれていることにある。


 妖精とは空想上の存在で、小さくて愛らしく全ての万物に宿るとされている存在である。

 ルキュラス王国を妖精の国と呼ぶようになり、同じように小柄で可憐で愛らしいナターシャも、妖精令嬢と呼ばれるようになったというわけだ。


 確かに、ナターシャとミーシャはどことなく似ている。

 だが、ナターシャの母がルキュラス出身だとは聞いたことがない。


 ラーチェルがミーシャと言葉を交わすようになったのは、ラーチェルが城での仕事についてからだ。

 その時、ミーシャは慣れないレノクス王国での生活と、一人目の子供が女児だったということで、世継ぎの御子を生まなくてはいけないというプレッシャーから、精神的にとても不安定な状態にあった。

 

 部屋から出ることができず、食事も食べることができていないという。

 ラーチェルはそんなミーシャを心配して、ルキュラス王国に咲いている花を贈り、それから、ルキュラス王国の味を再現した食事と、心を穏やかにさせる香りの香水を贈った。


 ミーシャはそれをとても気に入ってくれて、ラーチェルを傍においた。

 ミーシャの体調が戻るまで、ラーチェルは彼女の話し相手として──それから、調香師として、傍にいたのである。


 調香師というのが、ラーチェルの城の中での仕事だった。

 人よりも繊細な香りを感じやすいラーチェルは、志願してその部署へと配属された。

 それは、新しい香水を開発するための部署である。

 

 王族も貴族も、香りというものを大切にする。香水を開発すればよく売れる。

 それはレノクス王国の貴重な財源の一つである。

 だが、ラーチェルはそれだけではないと考えている。


 香りは、毒にも薬にもなる。香りによって体調を崩す者もいるし、香りによって元気を取り戻す者もいる。

 その考えの元に、ミーシャには様々な香りをつくり、部屋に香を焚いたり、枕に香水を振ったりした。

 幼い姫を連れて、ラーチェルが採集してきた薬草を温室に植えたり、水をやったりもした。

 ルーディアスはいたものの、王室の中で孤独だったミーシャは、ラーチェルの支えもあり元気を取り戻したのである。

 

 年齢は違うが、ミーシャはラーチェルを友人だといい、公式の場以外ではそのように振る舞うことを求めている。

 

「ラーチェル、私はとても嬉しいわ。オルフェレウス様はルーディアス様の弟君ですもの。あなたとオルフェレウス様が結婚をすれば、私とラーチェルは友人ではなく、姉妹になれるのね」


 ミーシャは無邪気に喜んで、両手を胸の前であわせて、輝く瞳でラーチェルを見つめた。

 

「俺の元に嫁いできたときよりも嬉しそうだな、ミーシャ」

「それはそうです。ラーチェルは私の心の支え。大切な友人ですもの。その友人の幸せを祝福するのは当然です。それに、姉妹になれるだなんて。これで、堂々とラーチェルを傍におくことができます」

「君の喜びは分かるが、それはやめたほうがいい。オルフェが妬く」


 オルフェレウスが妬く──とは、どういう意味なのだろう。

 もしかしたらオルフェレウスは、ミーシャのことが好きなのだろうか。


「ラーチェル。妬くというのは、君をミーシャが独占すると、オルフェが妬くという意味だぞ。ミーシャを兄弟で奪い合うようなことはしていない」

「え……」

「どうして私の心がわかるのかというような顔をしているな。長年オルフェの不機嫌そうな顔を見てきたのだ。オルフェは表情を変えないからな。感情を読むのに俺は必死だった。オルフェ以外の人間はとてもわかりやすい」


 ルーディアスは笑いながらそう言って「それでも、ミーシャとは喧嘩をすることもあるからな。近くにいる者ほど、分からないことも多いのかもしれない」と、肩をすくめた。


「ラーチェル。君は私の妻だ。王家に嫁ぐわけではない。ミーシャ様と仲良くするのは君の自由だが、ミーシャ様の傍に君を置くために結婚をするわけではない」

「ひどいわ、オルフェレウス様。そんな風に言わなくても。ねぇ、ラーチェル。姉妹になれることを喜ぶのは、私の自由だわ。私だって、ラーチェルが好きなのだから」

「ミーシャ様には兄上がいる。それで満足されたらよろしいのでは」

「ラーチェル、一緒にお茶を飲みましょうね? 聞いて欲しい話がたくさんあるの。最近、ずっと忙しそうだったから、中々お話しができなかったでしょう?」


 精神的に落ち込んでいた時代があったとは思えないぐらいに、最近のミーシャはとても強くなった。

 体調がよくなり、ほんの数ヶ月前に御子をうんでいる。

 待望の男児だった。だから、安心したということもあるのだろう。


「ありがたいことです。国王陛下にもミーシャ様にも、恥ずかしい姿をお見せしてしまって」

「そんなことはいいのよ」

「中々見物だったぞ。オルフェのあのような姿を見たのははじめてだ。思わず興奮してしまった。夜会というのは退屈だが、いいものを見ることができてよかった」

「ラーチェル、可愛かったわ」

「オルフェも可愛かったぞ」


 夫婦というのは似るものなのか、嬉しそうにからかってくる二人に、ラーチェルは顔を赤くした。

 

「兄上。結婚の報告をしに来たというのに、勝手に話をすすめられては困ります。あなたはいつも落ち着きがない。先回りして会話をすすめることは、感心しません」

「俺とお前は似ているのだ。兄弟だからな。お前も酔ったラーチェルとの結婚を、強引にすすめたのだろう?」

「結婚の誓いとは絶対ですからね。申し出に頷いた以上、覆すことはできません。私はラーチェルと結婚して、城を出ます。仕事は今まで通り、兄上の剣であり続けますので、ご安心を」


 ルーディアスはあからさまに落胆したような表情を浮かべた。


「一緒に住めばいい。城には山ほど空き部屋がある。出て行くなんて寂しいことを言わないでくれ」

「そうよ、オルフェレウス様。一緒に住めば、私はラーチェルとずっと一緒にいられるのに」

「王都に家を持ちますので。それでは失礼します」


 一方的に話をきりあげて、オルフェレウスはラーチェルの腕をひいた。

 もう帰ろうと言っているらしい。

 ラーチェルはオルフェレウスと国王夫妻の顔を見比べた。

 せっかくの好意なのに、失礼ではないのかと思ったからだ。


「待て、オルフェ。慣例に則り、お前に公爵姓と領地を与える」

「必要ありません。私は本来ならばうまれるべきではなかった存在です。爵位と領地は、争いの火種になりかねません。ラーチェルには、悪いとは思いますが」

「私はかまいません。私のことは気になさらずにいてください」


 ラーチェルは遠慮がちにオルフェレウスの大きな手に触れる。

 硬い皮膚に、自分のそれが重なって、それからぎゅっと握りしめた。


 オルフェレウスは、自身の立場についてそんな風に考えているのかと思うと──この方を支えなくてはいけないという気持ちが強くなった。

 母が「殿下は思い詰めやすい」と言っていた理由が、少し分かったような気がした。




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