これからのことを考える男
翌日、早く起きろと言わんばかりにうるさく鳴るアラームを止めるため、まだ眠気に占められた頭のまま音の方へ手を伸ばす。どこにあるのか分からないが伸ばした手に当たる気配がない。
「おはようございます。朝ですよ~。早く起きてください鷹浜さん」
聞きなれない声が聞こえる。まだ夢の中なのか、と考えているとアラームの音が止まる。
「起 き て く だ さ い ! 今日もお仕事があると仰っていましたよね。遅刻してしまいますよ~」
顔の近くで大きな声が聞こえ、身体をゆすられなんとか目を開ける。――見慣れないミルクティー色の髪色の女の子が目の前に現れた。
「鷹浜さんは朝が弱いんですね。――これからは私が毎日起こしてあげますから、安心してくださいね」
「――あぁ……?」
寝ぼけた頭に状況は付いていけなかった。のろのろと身体を起こしながら、何が起こっているのかなんとか思い出そうとするも、腕を引っ張られて早くベッドから出るよう急かされた。この有無を言わせぬ強引さ、身に覚えがある――
連れ出されるがまま部屋を見回すと、自分の部屋であることは間違いないのだが、隣の部屋に入ると朝食が用意されていた。今まで朝食のある朝を迎えたことがなかったので少し驚く。
元カノと一緒に暮らし始めた頃はお互い気合いを入れて朝食を作るなんてこともしていたが、いつの間にか面倒になりお互いが適当に朝準備してそれぞれが自分の都合で出ていく、といった流れに変わっていった。
「先に顔を洗ってくださいね――。ご飯は逃げませんから」
思い出に足が止まっているのを腹が減っていると誤解されたのか小さく笑われ、早く支度をするようにと背中を押される。あぁ、と返事をしながら洗面台へ向かった。
冷たい水で顔を洗うと頭もさえてくる。昨日この電波幽霊天使ちゃんとやらを帰る家がないからと連れて来たと思い出した。
心配して声を掛けてみると、勝手に契約とやらをされ、心配して話をしようとすれば世界に終焉をもたらす為に好きになってくれと言われ、他人から彼女がマジで見えてなかったためずっとひとりでしゃべっていることになり気味悪がられ、名前も風に転がってきたちくわパンから取ってつけてみたりと、本当に面倒に巻き込まれているな……とぼんやり考えた。
近くのタオルで顔をぬぐい、改めて朝食のあったダイニングへ向かった。
「お時間大丈夫ですか? 朝は何派か分からなかったので、とりあえず和食にしてみました。――お口に会うと良いのですが……」
「こんなに食材あったか……?」
白米に味噌汁、焼き魚に厚焼き玉子、漬物までありちょっとしたホテルの朝食感があった。だが、こんなにいろんな食材を買い置きしていた記憶はない。
「これからお世話になるので、足りなかった分はこちらで用意しました。食費のことは今後お任せください」
ドンと自分の胸をたたく彼女は、昨日と同じビジネススーツのままだった。――どこかに財布でも持っていたのだろうか。というか朝からこんなに食材を買いに行ける場所なんて、この近隣にあった記憶がない。
「何時におうちを出るんですか? ――そんなにぼうっとして遅刻しませんか?」
はっと慌ててテレビをつけると、いつも見ているニュース番組と一緒に時間と天気が出る。いつもと同じ時間に起きたのだ。ご飯を食べる余裕はあまりないだろう。――慌てて部屋にある着替えを手に取り、シャワーを浴びに浴室へ大股で移動する。
支度さえ整えて家を出れば間に合う時間だ。――というかさっき勧められて顔を洗ったが、風呂に入るんだから不要な時間だったなと覚めて来た頭が突っ込みを入れた。
シャワーだけなので浴室にいる時間は短い。いつもと同じように身支度を整え、髪を乾かしカバンを取りにいく。
――ベッド横にあったスマホは充電が終わっている。その近くに適当に置かれた腕時計も問題ない。昨日相当疲れていたようで、その近くに家の鍵も投げ捨てられていた。――多分帰ってすぐに寝たんだろう。さっき風呂場で気付いたが、スーツとワイシャツのままだった。
さすがに部屋に女の子がいるため、トランクスのまま出れなかったので、もう一度スラックスを履き、部屋に戻ってきたのだ。少し皺がついているが、除菌消臭スプレーをつけておけば、今日一日くらいは何とかごまかせるだろう。
あとは家を出ればいつも通りのルーチンなのだが――。
「~~~~~、行くか――」
ダイニングに入ると、彼女はテレビを見ながら机の横に立っていた。座って待っていればいいのに何か気遣ってくれているのだろうか。
「悪いが時間があまりないから、全部は食べられないぞ」
自分の席に座り、用意されたものに手を付けた。起きる前に置かれていたため、表面が冷めだいぶ口に入れやかった。――味も悪くない。
少しだけ手を付けて仕舞にしようと思ったのだが、思いの他箸が進み一気に食べてしまった。
テレビの時計を見る。――始業には間に合う時間だ。
「ごっそさん!」
カバンをまた手に取り一気に家を出る。鍵をかけようとドアの前でもたついていると、
「いってらっしゃい鷹浜さん、お気をつけて」
ドアが開かれ彼女がわざわざ挨拶をしてきた。
「――悪いが鍵かけておいてくれ! 帰ったら話そう」
それだけ伝え、駅へと走る。正直信用していいのか、鍵はないがどうするのかなど色々と考えるべき懸念はあるものの、今は会社に遅れることの方が重要だった。