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決着の刻

第4局、最早平和爺に強者の面影はなかった。


自らが信じる絶対的な武器『平和ぴんふ』を失った時、奴の中で決定的な何かが切れたんだ。


「ポンッ!!」

「チーィィィ!!!!!」


何かに憑りつかれたように牌を鳴く平和爺。

その瞳には確かな狂気が宿っていた。

だが、それは勝利に向かうためのものじゃなかった。


もっと異質で、より根源的で、極めて原初的な………そう、あたかも草食獣が肉食獣に襲われ、わき目もふらず逃げ惑うような、狂騒にも似た感情の発露。


「ロ、ロンじゃ!發、平和、ドラ3!!満貫じゃあっ!!!はっ、8千点、早く8千点を払えっ!!!!」


「………御老人、こちらをご覧ください」


ふたたびシンが麻雀入門書の頁をめくる。

平和爺に突きつけられる非情なる現実!

鳴いたら平和にならないという真実!!


シンは平和爺が間違った和了あがりを繰り返すたび、まるで自らも平和ぴんふという役を確認するように、何度も何度も麻雀入門書を見せつけた。


ギャラリーも平和ぴんふという役に魅入られたかのように、シンが開く即席の勉強会に付き合わされたわけだ。裏プロとして生きているオレまでもがだ!!

まるで中学の時に、親に勝手に真剣ゼミに入らされた時のような屈辱だったぜ!!!


「はっ、8千点を支払うのは、儂、儂じゃったのか………」


平和爺が膝から崩れ落ち、入れ歯がねちょりと雀卓に転がった。

勝負はついた、誰もがそう思った。


そして、運命のオーラス。


シンの点箱にはうずたかく点棒が詰まれ、最早あがる必要すらない局面。

並みの打ち手ならば勝利を確信し、手が荒くなる状況だ。


だが、手負いの獣はトドメが一番難しい。

シンは本能的に誰よりもそれを知ってやがった。


………ゴクリ。


ギャラリーが息の呑む音が鼓膜を震わせる。

そう、平和爺という手負いの獣は、狂気に焼かれながら虎視眈々と逆転の一手を作ってやがったんだっ!!!


10巡目、平和爺は国士無双の三向聴さんしゃんてん

平和ぴんふという絶対的支柱を失った状態で、役満という一発逆転の秘策を抱えての捨て身の特攻!!


特攻隊員として10隻の米国空母を沈めたという平和爺の不屈の精神が生み出した『シン』をも殺しうる一手っ!!!


「ポン」


卓上にシンの小声が響き、ディフェンスに定評のある吉永と早鳴きに定評のある田中が顔を伏せる。

奴らは既に勝負を放棄し『うんめぇ棒』を貪るだけの動物と化していた………対局はシンと平和爺二人だけのもの。

重苦しい空気が肉球の薄暗い室内に漂い、シンと平和爺が交互に牌をツモる。


27巡目、ついに平和爺が国士無双の一向聴いーしゃんてんまで迫る。

そう、この時『シン』の背には確かに刃物は突きつけられていた。

だが、次の瞬間、オレ等はとんでもない物を見ることになったっ!!!


「ふふっ、追い詰めたぞ、小僧ッ!!!これで国士無双テンパイじゃっ!!!!」


平和爺が牌を叩きつける!!

だが、次の瞬間、勝負の女神は非常なる宣告を突きつけた。


「ロン。白、平和ぴんふ………裏ドラ2枚で親の満貫。親の点数は子の倍。つまり、16000点オール。飛び、ですね」


シンは自らの背にナイフの切っ先が触れる刹那、それを最初から予見していたかのように突きつけられたナイフごと平和爺の身体を真っ二つに叩き斬りやがったんだ!!!


平和ぴんふ………儂の平和ぴんふ、儂の平和ぴんふがああぁぁぁぁっ!!!!!!」


肉球中に響く平和爺の絶叫のなか、オレだけがある事実に気づいていた。

シンが上がった手、それが平和ぴんふなんかじゃないってことをな!!!!!


鳴いたら平和ぴんふにはならない。

それは先ほどシン自身が平和爺に指摘した動かしようのない事実。

しかし、卓上の3人とオレを除いたギャラリーは気づかない………いや、気づけるはずもねえ!!!!


さっきから麻雀入門書を手に何度も平和ぴんふについて講義をしてきたシンは、肉球に集う孤狼にとっても最早先生も同様の存在になっていた………先生の言う事は絶対、子どもでも分かる道理だ。

シンは一冊の本を通じて、麻雀をルールを書き換えうる存在になりやがったんだ!!!!!


間違いない、シンはこれから役があろうとなかろうと平和だと言い張って上がり続ける。

決着はついた。


………ぞくり!!


その時オレに電流が走った。

まるでジグソーパズルの最後のピースが欠けたかのような強烈な違和感。

オレは、なにか決定的な見落としをしているんじゃないか、そう思った。


オレはいったい何を………!?

そう、オレは気づいたのさ。

シンの野郎、親でもなければ、リーチもしてなければ、ツモってもいねえ!!!


奴が得るべき本来の点数は『はく』のみの千点のはず。

それをあたかも平和ぴんふがついているかのように振る舞い、当然の権利であるかの如く裏ドラをめくり、さらに自分は親だと言い張り、ツモったのだと宣言する。

しかも、親の点数は子の1.5倍のところ、2倍だと言い切ることで相手に考える隙すら与えない。


言葉一つで、子の1,000点をあっという間に親の役満48000点の手に仕上げやがったんだっ!!!!

まさに神域の闘牌、シンにしか出来ない奴だけの和了あがり!!!

しかし、卓上の3人はシンの仕掛けに気づいていない、気づけるわけがない。


肉球でシンの麻雀と対峙していたのは、対局すらしていねえ外野のオレだけだったのさ。


………ニヤリ


その時シンの野郎は確かに笑いやがったのさ。


「いまさら気づいたのか」


そうオレを挑発するようにな。


「ま、まだぁ、しょ、勝負は終わっておらん。こ、ここに儂の貯金通帳がある、こ、これを賭けてもうひと勝負だぁ………」


再開された勝負。

だが、オレはもうその戦いを見る気が起きなかった。

結果は火を見るよりも明らか。


己の武器を失った獣は、荒野に屍を晒すだけ………それが麻雀にける唯一不変のルールだ。


こうしてシンにより伝説の一日は終わりを告げた。

平和爺がどうなったかだって??

あそこにいるぜ。


平和ぴんふ………儂の、儂だけの平和ぴんふ………ロンじゃあ、8千点じゃあ………」


あの日から平和爺はずっとああさ。

飯を食う時に寝る時、サウナに入って整ってる時、ソシャゲを周回している時に、地下アイドルの追っかけをしている時以外は、狂ったようにあの日の手牌を並べてるのさ。


壊されちまったのさ、シンの野郎にな。


だが、ああなれたのは幸せかもしれないぜ。

生きるか死ぬかの世界を抜けて、奴はずっと夢の世界に居られるんだ………ただし『悪夢』だがな。


これがオレの知っている『シン』の全てさ。


シンがどこにいるかだって?

知らねえな。

だが、奴は麻雀の深淵を常に覗いている。

あんたが本当に麻雀を知りたいのなら、地獄の底でいつでも奴は待っているさ。


もし何処かでシンを見かけたなら、オレに連絡をしてくれ。

王城おうじょう せい

それがオレの名さ。


シンと会って何をする気かだって?

決まってる。

シン』に挑むのさ、一匹の孤狼としてな。

最後までご覧頂きありがとうございました!!

連休中の暇つぶしとして書いたため今回はここまでとなりますが、また機会があったら続編を書くかもしれませんので、その時には是非ご覧ください!!

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