伝説の始まり
3連休ということで何か短編を書こうかなと思い、書き始めたらこんな内容になりました。
今日、明日、明後日投稿する3話で完結となりますので、是非最後までご覧ください。(書いてて楽しいので完結してかりも時折短編として続けるかもですが)
シンと初めて出会った日のことを知りたいだと?
はんっ、お前さんも奴に魅入られちまったわけか。死神と呼ばれた漢『シン』の神域の闘牌にな。
いいだろう、今から話すのはただの裏プロの独り言だ。それでいいなら聞いていきな。
あれは忘れもしねえ2022年のハロウィン。
自分の生き死にを麻雀でしか決められないギャンブル中毒の集う雀荘『肉球』での出来事だ。
その日オレたちはハロウィンにかこつけて、それぞれが駄菓子やジュースを持ち寄り、ささやかな小宴会を開いていた。
互いの肉を喰い合い、命のやり取りでしか結びつくことの出来ない一匹狼達の束の間の休息………少なくとも表向きはそうなっていた。
だが、表面上どう取り繕おうと、蓋を開ければ血で血を洗う生き地獄なのが雀荘『肉球』での日常だ。
百均で買った羽根やカチューシャを身につけ、プレゼント交換をしながらも、狼達は狙っていたのさ、互いの血肉を貪りあう隙をな。
そんな冥府の入り口に、奴は突如として現れた。
全身黒づくめの優男。
それが初めて出会った『シン』の印象だ。
コイツは喰われる側の人間だ。当時肉球にいた客の誰もがそう感じたらしい。
そりゃあ当然だ。肉球は最強が集う場所だからな。
俺のように麻雀で身を立てている裏プロ、危険な香りと高レートに惹かれて堕ちてきた表のプロ、金を積み上げることにしか興味のないスジモノの代打ち、有り余った金に飽かして生き死にの博打に焦がれる成金、強者に挑むことだけが愉悦となっている狂人、そしてオレ達に喰われるだけの弱者。
ハロウィンという事もあって、この日の肉球には弱者は誰一人いなかった。
忽然と現れた優男を目にして、誰もが勝手に思い描いていたんだ、喰い尽くされ骨だけになるシンの姿をな。
………だが、オレにはそうは思えなかった。
地獄の門を開いて、なお笑みを絶やさないその優男の顔から、真っ当な人生を歩んだ人間からは感じられない恐怖を感じたのかもしれない。
「シン………と気軽に呼んでくれたら嬉しいです」
ハロウィンに浮かれる振りをしているオレ等を見て、奴は消え入りそうな声で確かにそう言った。
思えばこの時、オレ達は既に奴の術中にハマっていたのかもしれない。
オレ達は孤狼の群れだ。
馴れ合わず、名乗り合わず、誰かが野たれ死のうが………例え対局中に命を失おうが、眉一つ動かすことのない底辺のろくでなし共。
その証拠に互いにハロウィンのプレゼント交換をしあう仲であっても、決して互いを愛称で呼び合ったりはしなかった。
それがオレ達半端者が守るべき唯一の掟だった。
シンは一言でその不文律を侵しやがったんだ。
ああそうだ、肉球はざわめいたさ、奴の一言にな。
そして一人の老人がこういった。
「シンとやら、ここは点1の雀荘。名乗るよりも先に種銭を見せるのが道理じゃろうて」
しわがれた声に、年輪のように深く刻まれた皺、その老いさらばえた姿に似つかわしくない獰猛な眼光。日の当たる世界でのうのうと生きてきた甘ちゃんなら、声をかけられるだけでちびっちまうような世界の中で、シンだけがまるで透明なベールに包まれたかのように落ち着いていた事をよく覚えている。
「点1………千点1円、ではないですよね?」
シンは不気味な笑みと共にそう問い返した。
「千点10円じゃよ」
答えた男の顔は既にハロウィンを楽しむ好好爺のものではなくなっていた。
千点10円………麻雀における最も安い手、1000点を上がるだけでも「うんめぇ棒」を約1本買える痺れるレート。地獄の一丁目だ。
なんだって?オレがシンと打ったのか、だって??
いや、オレは見に回った。
どんな相手も舐めることなく敵の全てを知り尽くし、骨までしゃぶり尽くすのがオレのスタイルだ。まっ、この日はハロウィンの高揚感と空になったグラスのせいで、ほろ酔い気分だったのもあるがな。
話を戻すぜ。
シンはレートを聞き口角を少しだけあげると、ポケットから「10万円貯まる500円貯金」と書かれた貯金箱を取り出し蓋を開け、大量の100円玉を雀卓のうえに積み上げた。
ひい、ふぅ、みぃ、よぉ………数えきれないほどの100円玉に雀荘の雰囲気が一変した。
当たり前だ、極上の獲物が自分から寝転び腹を見せたようなもんだ、目の色が変わらねえほうがどうかしてるさ。
しかし、シンは剥き出しの生肉に注がれる野獣のような視線を意に介さず、肉球がフリードリンク制の店なのか確認することもなくカルピスをコップにいれ、その上からコーラをなみなみと注いだ。少しの迷いも、淀みもない仕草だった。
そう、あかたも肉球がフリードリンクの店だと最初から知っていたかのようにな。
「生意気な小僧じゃわい、ここは一つ教育してやるとするか」
シンと対峙した男は、オレ等の間で『平和爺』の愛称で呼ばれる齢80を超える古参だった。曰く、新選組で組長を務めていただの、日清戦争で中国人の本場のカンフーを見せてやっただの、フランス革命でマリーアントワネットをタイマンで倒しただの、安倍晴明と文通してただの、本当か嘘か分からないような武勇伝をのべつ幕無しに語る胡散臭い爺だったが、腕は誰よりも確かだった。
まあ、オレには及ばんがね。
麻雀の基本にして頂点である役『平和』を極め自由自在に操る、昭和という時代が生んだ妖怪。『平和爺』、それが奴の通り名だった。
こうしてシンによる肉球での初めての対局………後に伝説として語られる神域の闘牌が始まりを告げた。
東1局、親はシン、対面に平和爺。
上家にはディフェンスに定評のある吉永、下家には早鳴きに定評のある田中。
そう、シン包囲網の完成だ。
小生意気なガキの高くなり過ぎた鼻を根元からポッキリと折る………ついでに積み上げられた金を巻き上げる。
いつもの光景、いつもの終演、誰もがそうなると信じて疑わなかった。
「誰に賭ける?」
どこからともなく外馬を始める声が響き、1分もしないうちに誰もが口をつぐんだ。
そう、肉球に集う麻雀狂全員が平和爺に賭けたから、賭けが成立しなかったのさ。
平和爺は誰の目にも明らかだった………そのはずだったんだ。
次回、白熱の闘牌が!?