第一章 第92話 大公国首都決戦⑥
ソロモン72柱が1柱にして、46階梯【ビフロンス】伯爵。
そう言ってのけた存在は、まるで旧知の仲である友人に会えたかのように、少しも微笑を絶やす事無く巨大な切り株の上をのんびりと歩いている。
俺は[ヘルメス]に命じて此の奇妙な存在を探査しているが、奴の身体全体を魔力が渦巻く様に覆っていて杳として詳細なデータが得られない・・・。
(・・・くそ、恐らくは例の【魔人】の関係者だろうが、50Gの高重力に耐えきるなんて、化け物どころの騒ぎじゃない。
例え【PS】のリミッター解除を行っても、勝てるかどうか判断出来ない・・・)
そう考えながら、【ビフロンス】と名乗った存在を注意深く見守っていたが、奴からは一向に敵意が俺達に向いて来ないので、何ともどうして良いのか判断を迷ってしまう。
そんな俺の内面を見透かしたのか、【ビフロンス】が俺に話しかけて来た。
「どうやら吾輩が居たことに戸惑ってしまい、どう判断するか迷っておられる様子ですな。
吾輩は貴方方と敵対する存在では御座いませぬよ。
吾輩はあくまでも主である【ソロモン】と共に、魔術の極意や嘗て居られた【星人】の齎した超科学を研究する者です。
その点でも、新たなる【星人】であられる貴方と、其処に居られる守護機士【アテナス】とは敵対致しませんよ。
その証拠に、貴方方が欲している地方領主や知識人、そして大公とそのご家族が入っている棺をお返ししようではないか!」
その言葉を受けて、俺はアンジーとモニター越しに会話をする。
「どう判断するアンジー?」
「そうね、此の様な存在が居るとは想定外過ぎますので、もし敵対しないと言うのであれば、無事に祖父や地方領主そして知識人を解放してくれるなら、此方も敢えて火中の栗を拾う様な真似をすべきではないでしょう」
「ふ~む、そうだな。 まさか50Gの高重力下で自由に行動出来る奴が現れるとは、想定外過ぎる。
此処で奴と敵対すると、大公達が人質にされかねない。
本来なら、空中に吊り上げた段階で【バリア・バルーン】を投射して、全員を保護する予定だったが、此の状況で敵対すると【バリア・バルーン】を投射しても直ぐに壊されるだろう。
なのでアンジー、俺に奴との対応は一任してくれ!」
「判ったわ。 ヴァン、貴方に全てを任せるわ!」
こうして俺はアンジーからの奴との対応を任されて、奴に向き直る。
「【ビフロンス】殿! 貴方の申し出を受けようと思う。
先ずは棺に入れられている方々を、速やかに解放してくれないだろうか、その後でなら貴方の望まれる【星人】の超科学を幾つか教えても良い」
「ほほう、非常に話しが判る御仁で吾輩としては大変助かる。
実は、吾輩としても頼みたい事が幾つか有ってな、先ずは速やかに棺の中で保全している人々を受け取って貰いたい。
貴方方は此の様な高重力という超科学の技術を持つのだから、彼等を保護する手段を用意しているのだろう?
今から棺を奴から引き剥がすので、その手段を講じてくれ」
【ビフロンス】がそう言うと巨大な切り株の根っこから、続々と木製の棺が排出されて来たので、【バリア・バルーン】が【大型揚陸艦】から投射されて、何十もの棺を纏めて一つの【バリア・バルーン】で覆い、次々と何十もの【バリア・バルーン】が出来上がり【大型揚陸艦】が【亜空間スペース】に回収して行った。
全ての【バリア・バルーン】で棺を回収し、【ビフロンス】に向き直ると彼はかなりボヤケた状態で、巨大な切り株と対峙している。
そして【ビフロンス】は、顔だけを此方に向けて話して来た。
「やあ、お疲れ様だったね。
此方も奴を抑えた上で棺を引き剥がすのに、殆どの魔力を消費してしまったよ。
お陰で、此の場に居続ける魔力はほぼ尽きてしまった。
申し訳ないが、貴方方に後の事は任せるしか無くなってしまった・・・。
どうか、奴を滅ぼして欲しい。
奴【ヤヌコビッチ】を!」
そう言うと【ビフロンス】は、そのまま陽炎の様にボヤケて行って消えてしまった。
【ヤヌコビッチ】ーーーーーーーー、そもそも其の名を持つ者こそが、此の大公国内乱に於ける首謀者と我々が目していた存在だ。
此奴は、前宰相ミハエル侯爵の養子としていきなり宮廷に届けられると、そのまま侯爵の地位と宰相の立場を無理矢理に引き継ぎ、事実上大公国の実権を大公からもぎ取り、様々な施策や大公国軍の派遣などを行って来た、謂わば俺達の敵対勢力の首魁と言って良い存在である。
その【ヤヌコビッチ】がどういう経緯で、此の途轍も無く巨大な切り株になっているのか、皆目見当もつかないが、【ビフロンス】が掻き消えると同時に凄まじい殺意が、巨大な切り株から発せられるのが、ビリビリと【PS】の装甲越しに感じられる。
余りの状況に若干思考が追いついていないが、巨大な切り株が我々に対して強烈な敵意を抱き、何らかの敵対行動を取って来るのは、ほぼ確定していると思われる。
座して攻撃を受ける訳には行かない以上、俺達も応戦するしか無いので、全軍戦闘態勢を維持したままで、巨大な切り株の次の行動を注視し続けた。