第一章 第86話 幕間 一般兵士【ゲイリー】の物語⑧
◇◇◇【ゲイリー】の物語⑧◇◇◇
公国民のベネチアンへの疎開は順調に進んでいて、此処までは大きな問題は生じていないが、当初予定していた合流する予定の公国軍の残党達が立て籠もったり、逃げ隠れしていると思われた逃亡先や隠れ場等の行方の情報は杳として掴めなかった・・・。
軍の上層部はある程度の手掛かりを得ている様だが、下士官に過ぎない俺達はトップシークレットの情報は伝わって来ないのでこれ以上は知りようが無い。
此の件は上層部では一時的に棚上げにして、喫緊の課題である公国民の入植問題を、全力で取り組む事になった。
ベネチアンの都市部の外殻円状には、予め更地にしておいた広大な入植地が徐々に出来上がりつつあった。
元のベネチアン住民は凡そ15万人と推計されていたが、その10倍の数の150万人がベネチアンに疎開して来た事になる。
当然、あくまでも疎開なので永住では無いのだが、元の【オリュンピアス公国】は【フランソワ王国】の占領地のままなので、かなり長い間ベネチアンに疎開していなければならず、いい加減な住居やインフラでは問題が多発してしまう。
其の事を見越している主君である【アンジェリカ・オリュンピアス】公女殿下は、様々な施策と新たなる経済システムをベネチアンに齎した。
その基幹を司るのは、ベネチアン城に設置された【ナンバーズ・システム】。
今回疎開して来た公国民のみならず、元のベネチアン住民凡そ15万人以外にも、新たに流入して来た商人や漁民・農民に酪農家など多岐に渡る民間人を管理する為に、ヴァン親衛隊隊長の所有する【星人】の超技術が活用されたのだ!
【コンピューター】とか言う代物は、全ての住民の戸籍名簿と税金徴集の情報を司り、新たに設けられた銀行と云う貨幣経済システムの根幹を成す機関とも連携し、俺達の給与も貨幣では無く、クレジットと云う物に置き換わった。
当初は、こんな薄っぺらいカードで売り買いや乗り物に乗れるのかと、俺自身疑っていたのだが、実際に表示される金額が確かに増減して、その履歴も間違い無く遡れる事から、その便利さに慣れてしまうと何で今迄こんな貨幣などという持ち歩く事が不便な代物を使っていたのかと、馬鹿みたいに思えてくるから人間慣れてしまえば、当初の驚きなどは薄れてしまうものだ。
だが、当然こんな便利な物は、悪い奴らにとっては盗みの対象になるし、クレジットを偽ろうとする者も現れた。
しかし、この【ナンバーズ・システム】は個人認証そのものであるので、本人へのなりすまし等は絶対に不可能であり、クレジット内容を偽ろうとしても、情報そのものの改竄などは以前のシステムでも難しかったのに、現在の高度な技術ではほぼ不可能と言って良い。
それに、疎開して来た公国民やそれ以外の民間人も、【ナンバーズ・システム】への個人登録さえしてしまえば、個々人一人当たり1万クレジット[凡そ100万円]付与されるので、余程無駄遣いをしなければ盗みや食い逃げなどの微罪を人々が起こす必然性が無いので、ベネチアンでは此の手の犯罪がほぼ此の時期に無くなってしまった。
画期的な経済システムと国家からの資産分与、そして真新しいインフラによって、ベネチアンは有り得ない程の好景気に沸き立ち、人々は確かな未来の足場が作られて行く姿に熱狂して行った・・・。
◆◆◆◆◆◆
そんな夢のような国家の永続を願うのは、民衆としてもとても自然で当たり前の願望である。
当然此の国家体制を護るべく、相当数の民衆が国家の保全を担う軍隊への志願を申し出てきた。
その数は凡そ20万人を優に越えて来た!
確かに、ドンドン流入して来る民間人や商売に来る商人を取り締まる警察権力を持つ役人と、彼等を守護する強大な軍隊の拡充はベネチアンにとっても急務であり、必ずやって来るであろう外敵に対抗し得る軍事力も絶対に必要だ。
だが、そんな警察と軍人の育成を待っていては、大公国の首都から攻めて来るであろう討伐軍は、今直ぐにでもやって来かねない。
なので迎え撃つよりも此方から攻め込む事で、相手の都合に合わせずに事態を進めるメリットが有る。
しかし正直な処、今現在の軍隊規模ではベネチアン側と首都側では10倍の人数の差が有り、本当なら住民の数が拮抗化して来た現在ならば、今戦いを挑むとりもヴァン親衛隊隊長の所有する【星人】の超技術を加味して考えると、待った方が勝率が有ると殆どの軍関係者は考えているのが、噂等で伝わって来ていた。
その意見をある意味無視して軍の上層部は、拙速とも思える首都への軍事作戦が決断されたのには理由が有った。
どうも、首都付近の街や農村部から、殆どの住民が首都への強制移住が決行されていて、このまま推移すれば大公国の南半分は人の住まない焦土と化しかねない状況らしい。
つまり、此の段階で大公国を王国からの介入を断たなければ、大公国は滅びかねない状況に陥る事となる。
如何に今迄の不満が燻る大公国であろうと、俺達にとっては祖国には違いない。
俺も何とか此の祖国を救うために、主君である【アンジェリカ・オリュンピアス】公女殿下とヴァン親衛隊隊長の指揮の元で、戦う事を誇りと共に誓った!