第一章 第64話 大公国内乱⑩
【水の都】として有名なベネチアンの誇る、港湾設備と海軍には当然ながら集会所と軍司令部が存在し、其れ等はベネチアン湾の海岸部の両脇に有る。
港湾設備を統括するのは、ベネチアンに於ける商会ギルドがベネチアン侯爵からの委任を受けて、貿易に伴う諸々の手続きや取り引きに於ける監査まで手掛ける。
つまり此のベネチアンに於ける商取引は、事実上ベネチアンの商会ギルドが牛耳っているのだ。
なので、此のベネチアンの商会ギルドと我々は、良好な関係を築き上げる必要が有る。
俺は、PSを先頭に50騎の騎馬を伴って、商会ギルドの入って居る港湾設備の集会所に向かい、正式な手続きに従いベネチアンの商会ギルドの会頭へ、面会の申し込みを行った。
すると、5分程待たされただけで、ベネチアンの商会ギルドの会頭である【シェヘラザード】は面会に応じてくれて、俺は一対一の面談に臨む事が出来た。
此の現在の、ベネチアンの商会ギルドの会頭は妙齢の女性なのだが、非常に遣り手の才媛との噂で、決して悪辣な人物では無いが、気を抜ける相手では無いと【サムス】から聞いていた・・・。
そんな彼女と港湾設備の集会所の応接室で向かい合うと、非常に好意的な笑みを浮かべた美女が対面の形のソファーに座り、話し掛けて来た。
「1ヶ月前から、元国境の街【ドラド】の商会ギルドの会頭であった【サムス】から、書状での協力要請は頂いていましたが、その中でも一番強硬な手段を取られましたね。
私は、此処までドラスティックに物事が進むとは、思っていませんでしたわ」
「正直な処、私共も此の選択をする可能性は、一番低いと思っていましたよ。
しかし、ベネチアン侯爵が想定以上にクズだったので、こんな奴を偽りとは云え暫くの間、同盟しながら行動するのは、あまりにも無駄な労力と思えたので、サッサと片付けてしまいましたよ」
「・・・そのお気持ち・・・、非常に共感致しますわ・・・!
私も此れまで、ありとあらゆる嫌がらせや、税金の取り立てを強制されていましたので、ベネチアン侯爵さえ居なくなれば、ベネチアンの商業取り引きや物流はもっと活性化出来るのにと、夢見て参りましたのよ!」
そう言いながら、此方の様子を眼の奥で窺っているのを感じて、俺は機先を制する形で、今現在でも明かせる此方の方針を告げる事にした。
「そうですね、きっと其の夢は叶えられると思いますよ。
実際、【サムス】からかなりの商取引の提言と、珍しい商材の資料、それに海運での商会ギルドへの権限拡充を、ある程度確約したいと告げさせて頂きます!」
「・・・ほう、其処まで仰られるとは、逆に怖いですね・・・、代わりに何を要求されるかと気になってしまいますわ・・・」
「何、大した事では御座いませんよ。
本来、大公国に於いて禁止されている、【奴隷取り引き】の実態を教えて頂きたいだけですよ」
そう申し込むと、今の今迄饒舌に話して来た【シェヘラザード】は、俺の言葉を聞いた途端に押し黙り、首のアクセサリーとして掛けているネックレスの宝石部分を回した。
すると、部屋の中の空気が変わり、明らかに何らかの遮蔽手段を講じた事が判った。
その様子を眺めながら、俺は港湾設備の集会所の外に待機している、俺の部下達に集会所に近寄る不審人物を留め置けと命じた。
その指示を聞いていた【シェヘラザード】は、頭を下げて俺の行動に謝意を述べる。
「・・・有り難う御座います、ヴァン殿!
実際、此の集会所にも【奴隷取り引き】に関わっている職員や、奴隷商人が潜り込ませた密偵が居るので、迂闊に喋る訳には行かなかったんですよ・・・」
喋る言葉のトーンを何段階も下げて【シェヘラザード】は、【奴隷取り引き】の真相を話し始めた。
「・・・今から100年程前までは、此の大公国も他の国同様に侵攻国家として、大陸でも有数の奴隷市場を設ける国家でした・・・。
侵攻国家にとって、侵攻した国で収奪する物は、何も食料や宝物そして土地だけではございません・・・。
戦争で捕虜とした人間、或いは収奪した土地に根付いている人間も、売る対象なのです。
ですが、そんな事を繰り返していると、当然収奪される側の恨みはひたすら積み上がるだけで、いざ収奪される側になった場合は、より過酷に収奪されると理解した先々代の大公は、奴隷市場を廃止して、奴隷商人も大公国から追い出したのです。
しかし、此の水の都ベネチアンでは細々とでは有りますが、裏稼業として一部の奴隷商人達が、公にはせずに代々のベネチアン侯爵と繋がり、【奴隷取り引き】を行っていたのです。
その状況が明らかに変わり、大っぴらに【奴隷取り引き】をし始めたのは、約一年半前に変化した首都での出来事に起因します・・・。
その時から、現在のベネチアン侯爵は首都の指導部と繋がり、奴隷を献上する事で様々な便宜を図って貰っていたのです。
ですが、現在のベネチアン侯爵は貴方方によって取り除かれたので、後はそれをベネチアン侯爵と共に取り仕切っていた人物を取り除けさえすれば、大公国から負の遺産である【奴隷取り引き】は無くなります」
そう結んだ【シェヘラザード】の瞳には、強い覚悟が見て取れた。
「・・・判った、で、そのベネチアン侯爵と共に【奴隷取り引き】を取り仕切っていた人物とは?」
その問いに、【シェヘラザード】はより声を落として答えてくれた・・・。
「【ドライガ】、現在のベネチアン海軍の司令官である【ドライガ】こそが、その人物よ・・・」
そう言って、【シェヘラザード】は非常に深刻そうな顔をして、俺の顔を覗いてくるのだった・・・。