第一章 第62話 大公国内乱⑧
ベネチアン侯爵との交渉に入った訳だが、俺達の要望を聞く前にいきなり俺達に対して、ベネチアン侯爵は要望と云うよりも強制的な要請文を突きつけて来た。
その内容は、
1. 首都に対する詰問状及び弾劾文を携える代表人を、ベネチアン侯爵に全委任する事。
2. それに伴い、軍団の指揮権もベネチアン侯爵に全委任する事。
3. 因みに、軍団に存在する【守護機士】の所有権もベネチアン侯爵に渡す事。
4. 従軍させている特別製の鉄人形は、ベネチアンに置いていきその所有権もベネチアン侯爵に渡す事。
など、つまり全ての権限をベネチアン侯爵に渡し、主導権をベネチアン侯爵が取った上で、首都との交渉もベネチアン侯爵が行うと云う宣言文であった。
その強制的な要請文を読んで、我々は想定通りだったのであまり驚かなかったが、理不尽極まりないのはどうしようもないので、溜息はついつい出てしまう。
そんな我々の様子にも気付かないのか、ベネチアン侯爵は堂々と命令調で我々に語り掛けて来た。
「どうだ、此の大公国に並び無き大貴族であるベネチアン侯爵が、何の立場も無いお前達に成り代わり、首都の指導部との交渉役を引き受けてやろうと言うのだ。
ありがたく応じるが良い!」
とても交渉とは思えない強制的な要請ではあるが、其れ等を敢えて無視してラング団長が口を開いた。
「幾つか質問が有るので、お答え頂きたいのですが宜しいですかな?」
「ふむ、本来お前達の様な身分の者が、そもそも大貴族である我と対等に話す事自体が、烏滸がましいにも程があるのだが、面倒臭くて仕方無いが直答を許す」
「それでは発言させて頂きますが、ベネチアン侯爵に於いては我々と同心してくれて、首都の指導部に対して首都で留め置かれている、地方貴族全員の速やかなる解放、そして国境線を侵そうとした王国軍と連携して国境の街へ攻撃して来た事実に対しての弁明、更に討伐軍と称して国境の街へ侵攻して来た事実への釈明を求める事に、同意してくれるか?
以上の事柄への明確な回答と、大公国全土へ布告を出すことに対しての連名をお願い致したい!」
そう言って、ラング団長がベネチアン侯爵に明確な回答を求めると、ベネチアン侯爵は嫌らしい笑みを顔に浮かばせて、回答して来た。
いや、回答らしき言葉を連ねたと言った方が正しいだろう・・・。
「・・・ワザワザ、我の様な立場の者が首都に出向こうと言うのだ、只、それだけで首都の指導部は我に跪いて、我の要望に答えてくれるだろう。
よって、我からお前達に説明する必要性も感じないし、又、今後は全て我が取り仕切るから、お前達は何も考えずに指示されるがまま行動するのだ!」
そう言葉を吐いて、此れで煩わしい事は済んだとばかりに、退出しようと輿に載ろうとしてか、奴隷らしき人間を呼び寄せた。
それに対して、貴族に対してかなり失礼な様子で、ラング団長は毅然とした態度で言い返した!
「その様な事では、我々の望みに叶っていないので、ベネチアン侯爵は我々のお味方に成りえません。
よって、我々は独自の方策を以って活動して参りますので、此れで今回の交渉は終わらせて頂きます。
お手を煩わせて申し訳ないですな!」
ラング団長はそう言うと、会談は終わったとばかりに随行して来た俺達を促して、此の大広間から退出する様に促した。
何を言われたのか、暫く理解出来なかった様で、ベネチアン侯爵は輿に載らずに立ち止まったままだったが、やがて漸く頭が動き始めた様で、顔を真っ赤にしながらラング団長始め俺達に向かい食って掛かった!
「何を言い出すのだ! 庶民の分際で此の貴族の中の貴族である、我れベネチアン侯爵に向かい失礼千万にも指示を受けずに、独自の方策を以って活動するだと!
烏滸がましいにも程がある! 護衛兵達よ! 直ちに拘束せよ!!」
とベネチアン侯爵は喚き始め、周囲に居た護衛兵達に我々全員を捕らえさせようと命じた!
だが、当然ながら我々が唯々諾々と、奴等によって拘束される謂れは無いので、反抗する事になった。
確かに、我々はベネチアン城に入城する際に武器等を預けて、服のみを着ている様にしか他人には見えないだろう・・・、だが、当然そんな相手の土俵に乗る様な馬鹿な真似をする訳もなく、我々は服の下には全身を覆う【インナースーツ】を着込んで居て、その【インナースーツ】は通常の武器程度では切る事も貫く事も出来ない上に、決められた箇所を硬化させて武器でこそ無いが、拳や足等にナックルガードや足甲として使用できるのだ!
俺とラング団長達が其の様に【インナースーツ】を使用して、護衛兵達が振るう槍や剣に対抗して来たので、ベネチアン侯爵は壇上で足を踏み鳴らして大いに怒りながら、城付きの職員に命令した。
「お前達は何をノソノソとしている! 直ちに此の大広間備え付けの【アーティファクト】である【重力制御】を起動して、奴等をペシャンコにしてしまえ!」
そう命令を受けた城付きの職員は、玉座の後ろの壁にある配電盤の様な装置を動かした。
すると、突然俺達が待機させられて居た場所を中心に、20メートル程の範囲の重力が凡そ10G程に物体に対し重くさせられた!
俺を含めてラング団長達、そして俺達を取り押さえようとしていた護衛兵達も影響を受けて、膝を着いてしまった。
そんな俺達の姿を見て、急に良い気分になったのか、ベネチアン侯爵は笑いながら俺達を見下しながら高笑いし始める。
「ワハハハハッ、此れは楽しいな! 無礼千万な態度を見せた愚か者共が、揃って膝を着いているのは実に楽しい風景だ!
さあ、魔術師達よ! あの愚か者共に天罰を与えよ!!」
そうベネチアン侯爵が言い放つと、控えていた魔術師達が進み出てきて、魔法の詠唱を始めた。
魔法の詠唱を唱え終わった魔術師達から、【麻痺魔法】が放たれた瞬間俺達は近くに居た、取り押さえようとしていた護衛兵達を、素早く盾にして【麻痺魔法】を防ぐ事に成功した。
「「何だと?!」」
魔術師達とベネチアン侯爵の驚きの声が上がる中、ラング団長達は護衛兵達を盾にして起き上がり、俺はまるで10Gの重力が身体に掛かっていないかの様に堂々と歩き出した!
「な、何故だ?! 何故お前達は其の様に普通に動けるのだ?
【アーティファクト】である【重力制御】が効かない人間など、存在する筈が無い!」
その狼狽えた声をベネチアン侯爵が上げる中、俺はニヤリと笑いながらゆっくりと壇上に近付いて行った・・・。