第一章 第61話 大公国内乱⑦
翌日になり、昨日のベネチアン侯爵への反応と対応を受けて、幾つか昨夜の内に皆で策定して置いた作戦案と対処方を胸に、俺とラング団長それに参謀のミケルと護衛の傭兵2人で、馬車に乗ってベネチアン都市の門を潜り、ベネチアン城に辿り着いた。
「入城にあたって、馬車は此方で預かると同時に、武器の類も此処で預からせて貰う」
城門の門番からそう言われたので、その通りに馬車と武装を預けて、我々は服以外は正に身一つで入城させられた。
(・・・まるで出頭させられた罪人の気分だな・・・)
実際の処、ベネチアン侯爵としてはそのつもりである可能性が非常に高いので、俺達は幾つもの準備をして来ているのだが、しかしそんな大公国への不埒者が唯唯諾諾として出頭に応じると考えているのか、どういう常識で生きているのか、貴族と云う人種に疑いを持ってしまった。
特に疑われる様子も無く、俺達はベネチアン城の大広間手前の控え室に通されて、最後の身体検査を受けさせられた。
其の際に、奇妙な魔導具で身体表面を探査されたが、当然魔導具の類を持っていない我々は、何も取り上げられずに大広間に迎え入れられた。
大広間はまるで王の居る国家の広間で有るかの様に、段差の有る部屋に区切られていて、我々は段差の下がった方で待機させられ、まるで玉座の間の様に3段上がった間に豪華な玉座の様に豪勢な椅子が設置されて有った・・・。
(・・・やりたい放題だな、如何に侯爵位を持つとは云え、地方貴族にしか過ぎない立場で、まるで王族の様に振る舞い、こんな態度で他者と接するとはな・・・)
此の惑星に降り立ち、様々な習俗や文明及び文化を学び、ある程度の常識を備えて来たが、偶にその常識を明らかに逸脱する非常識な人物と出会って来た。
しかし、此処まで非常識な存在は珍しい。
そんな感想を抱きながら、状況を見ていると、ドアの横に控えている呼び出し官が、声を張り上げた。
「ベネチアンに於ける最高権力者にして、大公国を代表する最高の貴族であらせられる、【ブラボー・ベン・キ・ベネチアン】侯爵様、御入来!」
まるで王族どころか、皇帝の入室を称える様な文言に、俺どころかラング団長達も呆れていると、重々しく豪奢なドアが開けられて、昨日も見た似合わない金髪の鬘を頭に載せて、脂ぎった顔をした非常に不摂生な生活が窺える人物、つまりベネチアン侯爵が何やら四隅を奴隷らしき人間が持っている、輿と呼ばれる乗り物に載せられて入室して来た。
ベネチアン侯爵を載せた輿と呼ばれる乗り物は、玉座の様に豪勢な椅子の横に降ろされた。
が、其の際に輿の轅を持っていた、奴隷らしき人間が一人よろけてしまったので、重心がズレてしまった輿は、横倒しになってしまった。
当然横出しになった輿に載っていたベネチアン侯爵は、無様に輿から放り出されてしまい、這いつくばった姿で壇上に四つん這いになってしまった。
此れがまだ、同じ高さならばまだ誤魔化せたのだろうが、3段差の壇上で行われたので、丁度俺達の目線の高さで起こった出来事なので、誤魔化しようも無くて這いつくばった姿で壇上に四つん這いになっていたベネチアン侯爵は、顔を真っ赤にして勃然と立ち上がり、輿に載せていた短い鞭を振り上げて、よろけた奴隷らしき人間に鞭で叩き始めた。
みるみる奴隷らしき人間叩かれて、奴隷らしき人間の服はボロ屑の様になり、皮膚にはミミズ腫れが出来て行く。
「貴様!! 此の貴き身体を持つ私に対して、とんでもない事をしてくれたな!
死ね! 死んで私に詫びろ!」
奴隷らしき人間を鞭で叩いて行く内に、更に激昂して行ったベネチアン侯爵は、益々激しく鞭を振るう。
(・・・これ以上は命に関わるな・・・)
そう思って俺は、故郷である【アース】の武術に於ける技の一つ、【瞬歩】を使用した。
次の瞬間、俺はまるでワープの様にベネチアン侯爵の前に立ち、アッサリとベネチアン侯爵の手にあった鞭を取り上げてしまい、近くに居た城付きの職員らしい人物に鞭を預けた。
いきなり手元から鞭が俺に奪われてしまい、呆然としているベネチアン侯爵を放って置いて、俺は鞭で叩かれていた奴隷らしき人間を抱え上げて、別の近くに居た城付きの職員らしい人物に預けた。
其れ等を終えてから、何事も無かった様に俺は元いた場所に戻り、ラング団長達と同じく待機していると、完全に毒気を抜かれた表情をしながら、ベネチアン侯爵は咳払いして玉座の様に豪勢な椅子に座った。
「ゴ、ゴホンッ、些かつまらない事があったが、交渉を開始しようじゃないか!」
そう、言い放つと我々は交渉を開始する事になった。