第一章 第60話 大公国内乱⑥
それから3日後、第3都市【ベネチアン】を臨める高台に我々の軍は到達した。
此処で一旦軍勢は駐留し、使者をベネチアン侯爵へ派遣して交渉に臨む事にするのが、規定の行動である。
ベネチアン侯爵には、当面は中立に徹して貰い、我々の兵站線への妨害をしないでくれれば良く、大公国の正常化を求める我々の邪魔をしないで欲しいというのが、最低ラインとして交渉する予定だが、非常に上手く行った場合には味方になる可能性がある。
実は、此の上手く行って味方になった場合は、内側に信用出来ない味方を抱え込む事になるので、我々としては望む結果では無いのだが・・・。
そんな事を考えながら、天幕を張ってラング団長達と作戦を確認していると、意外な程に早く会談を今夕設けたいと云う返答が使者に送った者から届けられた。
「・・・此れは素早い反応だな、もしかすると手強い交渉相手かも知れないな、ベネチアン侯爵は・・・」
「ふーむ、そうですね、となると最初の交渉は中々難しいので、参謀の私とヴァン殿が交渉に臨み、ラング団長達は出席せずに此の陣地を張った場所で、警戒しながら待機して貰いたいですね」
「了解した、ヴァン殿とミケルがあちらの意向と此方の意向を交渉して来て、ベネチアン侯爵の意図を図り、実際のベネチアン侯爵周辺の状況と本音を探って欲しい」
「判っているよ、当然交渉している間にも、城内の様子を探って置く」
「頼んだぜ、ヴァンにミケル! 俺達は此の陣地で待ってるからな!」
「嗚呼、カイル副団長もPSの搭乗訓練頑張れよ!」
「任せとけ! 今にヴァンよりも上手く乗れる様になってやるよ!」
「楽しみにしてるぜ!」
と仲間とのやり取りをして、陣地の外で待たせて置いた、ベネチアン侯爵が派遣した案内人と共に、俺と参謀のミケルは【水の都】として有名な第3都市【ベネチアン】に、入る事が出来たのであった・・・。
案内人が共に居ることで、門での身体検査を受ける事もなく、簡単なチェックを終えてベネチアン侯爵の居城である、ベネチアン城に入城にもアッサリと入城出来た。
([ヘルメス]、今から隠蔽モードの【ランドジグ】を、城内の目立たない場所に置いて行くから、お前が【ランドジグ】を操作して、城内のありとあらゆる情報収集を遂行せよ!)
[了解しました、マスター! 此れより【ランドジグ】とのリンケージで、綿密な情報収集を遂行致します!]
(頼んだぞ!)
[了解!]
俺は脳内での[ヘルメス]とのやり取りを終え、階段を上る際にちょっと屈む振りをして、30センチの長さである棒状の【ランドジグ】を、懐から隠蔽モードのまま3本出して階段に置いて行く・・・。
置かれた【ランドジグ】3本は、[ヘルメス]による遠隔操作で隠蔽モードのまま転がって行き、人目に付く事無く重要な部屋を目指しベネチアン城を動き廻る・・・。
その様に、ベネチアン城の綿密な情報収集を行って行く【ランドジグ】を[ヘルメス]に任せ、ベネチアン侯爵が派遣した案内人と共に、俺と参謀のミケルはベネチアン侯爵の私室と思われる比較的にこじんまりとした応接室に通される。
その入口で身体検査されたが、元々武器等は所持して来なかったので、問題無く入室を許された。
応接室のソファーに座り待たされていて、およそ5分程経過したら3人の男が入室して来た。
徐ろに立ち上がり、頭を下げていると、
「私がベネチアン侯爵である」
と向かい側のソファーに座った一人が声を掛けて来たので、頭を上げてベネチアン侯爵と名乗る男を見る事が出来た。
(・・・随分と脂ぎった顔をした男だな・・・)
そう眼の前に座る男は、かなり禿げ上がった頭を隠す為か、似合わない金髪の鬘を頭に載せていて、脂ぎった顔をしていて非常に不摂生な生活が窺える人物であった。
「此れはベネチアン侯爵自らが最初から交渉のテーブルに着いてくださるとは、話が早くて助かります」
如才無く言葉を述べる参謀のミケルに対して、ベネチアン侯爵が口を開けた。
「なに、私は面倒臭い事を好まないし、無駄な時間を掛ける事は更にきらいなのだよ。
よって、この交渉も手早くしたい、此の場で要求のやり取りなど時間の無駄だから、明日の午前10時に此のベネチアン城に代表者が集まり、双方対面の上で交渉しようじゃないか!」
まるで、事前の予備交渉など無意味だと、言わんばかりの態度に参謀のミケルが堪らずに抗議しようと口を開こうとするので、機先を制して俺が応対する。
「良く理解致しました、明日の午前10時に此のベネチアン城に代表者が集まり、交渉する事を代表に伝えます」
そう言い切った俺に、やや意外だったのかベネチアン侯爵は、俺を眺めながら口を開く。
「ふん、お前は意外と物分りが良いな、それでは間違い無く明日代表者全員を連れて来る様に伝えろよ!」
そう言い放つと、ベネチアン侯爵はサッサと応接室を退出して行った。
隣で呆然としている参謀のミケルを促して、俺達も案内人が誘導してくれる通路を通り、ベネチアン城から帰らされた。
行きと同様にベネチアンの門を潜り、街道を馬に乗った段階で参謀のミケルが喋り出した。
「なんて無礼で常識のない男だろう、とてもベネチアンと云う大公国でも有数の都市を領する貴族とは思えない、そもそも何を交渉するのかすら提示しなかったじゃないか!」
と呆れ果てたと言わんばかりな態度で、ベネチアン侯爵を評して来た。
それに対して俺は、
「まあそう言うな、お陰で俺達は遠慮無く対応出来るってもんだろう?
ベネチアン侯爵がもし人格者だったら、俺達としてもベネチアンを占拠した場合には、気分が晴れない事になるからな」
そう言いながら笑うと、ミケルも「それもそうか!」と返してきたので、俺達は二人で顔を見合わせて大笑いしながら陣地に戻って行った。