第三章 第12話 【フランソワ王国】首都攻防戦⑫
会戦は凡その決着が着き、直ぐに傷病兵の回収と倒れた禁軍の兵士達を捕虜として収容する作業が、並列して行われて行った。
まだまだ抵抗する禁軍の兵士は多いが、周囲を十重二十重に取り囲まれているので、逃げられる可能性は皆無である。
(・・・どうやら【クライスト教団】は、此の会戦に一切介入するつもりは無い様だな・・・)
そう考えながら、俺は後始末に入り始めた戦場に隠蔽モードの【八咫烏】を着地させ、ゆっくりと最前線となっている包囲陣と禁軍の中間地点にある、臨時の交渉の場に向かった。
其処では、【リッシュモン】大将が【ボナパルト】少佐を引き連れて、禁軍の指揮官達の説得を試みている場面だった。
「考え直せ【ド・ゴール】将軍!
お前が如何に【フランソワ王国】と、国民を守護したいかは痛いほど良く判る。
しかし、肝心の主君たる現在の国王【シャルレ・フランク三世】は、周囲の国々からの財産的な搾取に留まらず、人民を掻き集めて【聖教】を隠れ蓑にした【クライスト教団】に生贄として捧げ、世にも恐ろしい実験の数々に興じている。
然もその対象は、いよいよ自国の国民にも及び始めているのだ!
こんな君主は、百害あって一利無しでしかなく、早く退位させた上で別の人物を国王に据えるしか、【フランソワ王国】の再興の目は無いのだ!」
その【リッシュモン】大将の心からの叫び様な言葉を受けても、禁軍の指揮官である【ド・ゴール】将軍は必死に何かに耐えるような態度で目を閉じて黙っている。
(・・・此れは相当な頑固者らしいな・・・)
俺は、ゆっくりとその交渉の場に近付き、両者に参加する事の了承を貰い、簡易に誂えられたテーブルの下座に着いた。
目を閉じて黙っていた禁軍の指揮官である【ド・ゴール】将軍は、自分の側近から俺がテーブルに着いた事を知らされると、僅かに目を開けて俺を眺めた。
次の瞬間の変化は驚くべきもので、いきなりダラダラと汗を掻き始めてしまい、そのまままるで他に人が居ないかの様に、俺に向き直った【ド・ゴール】将軍は、マジマジと俺を見つめて震え始めた。
(・・・なん、何だ此の変わり様は・・・?)
当惑しながら俺は、マジマジと見つめて来る【ド・ゴール】将軍に対し、傲然とした態度のまま見返した・・・。
◆◆◆◆◆◆
◇◇◇【ド・ゴール】将軍 視点◇◇◇
側近で弟の【ピエール】から声を掛けられて、噂されている【星人】にして武人と云う、異色極まり無い人物を見てみるかと、目を開けて見た。
最初に目に写ったのは、非常に頑健そうな身体であった。
(・・・成る程・・・、屈強そうな身体だな・・・)
そう思いながら視線を上げて顔を見た・・・。
その瞬間、身体を雷が貫いた!
(な、何が起こった?!)
自身の頭頂から足まで一直線に貫いた雷の衝撃は、徐々に全身に広がって行って、ガタガタと身体を揺らし始めた。
(何の震えなのだ此れは?!)
ポタポタと汗が雫の様に、顎からテーブルに垂れて行き、やがてテーブルに拡げられたシートに染みが出来て行く。
「どうされたのかな? 【ド・ゴール】将軍よ」
その紡がれた声を聞いて、更に瘧の様に身体を震わせてしまい、自分自身の身体が何かに取り憑かれた様に言う事を聞かない状況に、暫くの間気が付かなかった。
何故なら、心の大半は此の人物を見た瞬間の感動が余りにも強すぎて、自身の身体の変化どころか周りへの関心すら失われていたのだ!
『 君君たらずといえども臣臣たらざるべからず』
“主君に徳がなく主君としての道を尽くさなくても、臣下は臣下としての道を守って忠節を尽くさなければならない。”
此れまでは、此の昔の言い習わしを自分の指針とした生き方を貫く事に、自身の武人としての誇りを抱いていた・・・。
だが、どうやらその臭い物に蓋をする、心に逆らう行動はやはり間違いらしい。
心の奥底から湧き上がるある衝動を無理矢理抑え込み、必死に身体を奮い立たせて彼の前に赴いた。
「どうか、御ん名をお聞かせ頂けませんでしょうか?」
若干不自然な問いだったかも知れないが、やっとの思いで言葉を絞り出して彼に問うと、彼はその精悍な顔付きをやや綻ばせて頷いて応えてくれた。
「此れは失礼、いきなり参加して置いて、自己紹介をしないのは礼儀に反しますな。
私は、【ドラッツェ帝国】と同盟を組んでいる新生ベネチアン王国から派遣されて居る者で。
【ヴァン・ヴォルフィード】と申す者です。
今後はお見知り置き頂きたい!」
そう彼の口から紡がれた自己紹介は、特に何か特別な内容では無かったにも関わらず、思わずその面前に跪きたい衝動に襲われる。
此れが、英雄機士王【ヴァン・ヴォルフィード】の宿将の一人にして、後世に於いてヴァンに忠誠高き天龍八部衆に列せられる漢が、己の真の主君に出会えた瞬間であった。