第三章 第5話 【フランソワ王国】首都攻防戦⑤
【シモン】と名乗った男は、駐屯地の壁面残骸から出てくると、そのまま俺の搭乗する【八咫烏】に向かって来たので、俺が【シモン】の相手をしようとPSを身構えさせようとしたが、脇から割って入って来る者が居た。
【魔人ブレスト】の乗る【八咫烏】2号機である。
「俺に任せてくれ、リーダー!」
そう言って来た【魔人ブレスト】の、言葉には出さない幾つかの意図を汲む。
恐らく【魔人ブレスト】は、俺が【シモン】に掛かりっきりになって他の【シモン】の同僚なり、【フランソワ王国】軍の大掛かりな攻撃などの阻害要因で、俺が不利になる事を憂いたと思われる。
ついでに言うと、【シモン】という男は【魔人ブレスト】から見ても、かなり強者と映ったのだろう。
久しぶりに魔人の本能で、戦ってみたい衝動を抑えられなかったと思える。
其れ等の理由を察し、【魔人ブレスト】に許可を与えるべく返事した。
「良かろう戦闘を許可する。
但し、時間制限するのと他者の介入があった場合は、直ぐに撤退するぞ良いな!」
「判った、長引かせないぜ!」
そう返事すると、【魔人ブレスト】は素早く【八咫烏】2号機から飛び降りざまに、そのまま空中から蹴りを【シモン】の顔面に放った!
その素早い蹴りを難無く躱し、【シモン】はある程度距離をとって【魔人ブレスト】に話し掛けた。
「おいおい、いきなり攻撃して来るとか焦り過ぎだろう。
先ずは名乗り合うのが礼儀じゃないか?」
其れに対して、【魔人ブレスト】は蹴りを放った体勢から素早く体勢を整えて、【シモン】に向かい合い言葉を放つ。
「嗚呼、もし俺がお前を強者と認識したら名乗ってやるよ!」
「良し、その言葉違えるなよ!」
そう両者共に確認し合うと、いきなり両者の右拳同士が彼等の中間地点で炸裂音を鳴り響かせた!
ゴガッ!
とても人間同士の拳が放つ音では無い炸裂音は、その後に続く容赦無い両者の拳の応酬でも鳴り響き続ける!
ドガガガガッ、ゴドドドドドドッ!!
凄まじい速度で打ち合わせられる拳の乱打戦は、それぞれの打撃に込められた威力の所為で辺りにも衝撃波が巻き起こり、とてもその周辺には普通人では近付けない空間となり、地獄の様な様相を呈して来た!
(此れは想像していたよりも、凄まじいな。
まさか此の【シモン】と云う男が、本気では無いとは云えあの【魔人ブレスト】と互角に打ち合えるとはな!)
俺ですら戦慄する【魔人ブレスト】の一撃一撃に、真正面から打ち合える【シモン】と云う男を、どうやら侮っていた事を反省しながら、俺と【ゲイリー】は周辺に此の戦いを邪魔する者は居ないかと、センサーを最大限に稼働させて探査する。
流石にこれだけの騒ぎになると、【フランソワ王国】の首都である【パロス】全域に警戒警報が出されたのだろう。
引っ切り無しに鳴らされている鐘の音は、首都中のあらゆる地域で鳴り響き、それに煽られた民衆がそれぞれの家屋から出て来て、喧騒と混乱は首都中に広がり始めている。
(さて、此処まで混乱させてしまえば、城外の状況変化には迅速に対応出来まい!)
そう判断した俺は、ナノマシーンを通した念話で【魔人ブレスト】に語り掛ける。
(【魔人ブレスト】、そろそろ撤退するぞ!
程々の所で退散しろ!)
(了解だ! 最後に大技を叩きつけてやって退散する!)
念話で返事して来た【魔人ブレスト】は、いきなり強烈な前蹴りを放ち、それを十字受けで防いだ【シモン】だったが、大きく後退させられて【魔人ブレスト】との距離が一気に離れた。
すると、大きく息吹を行って【魔人ブレスト】が腰溜めに構えを取り、何かの技を放つ体勢となった。
それを見た【シモン】も、対抗する為なのか深呼吸をして両手を前に突き出した形で構えを取る。
一気に緊張が両者の間で高まり、空間が軋む様な幻影が見えた瞬間!
同時に両者が掻き消えて、両者が交差した!
ズドム!
爆音の様な音が鳴り、大気が爆発したかの様に膨れ上がったが、次の瞬間には静寂の気配が辺りに漂う。
両者が位置を互いに交換した場所に立っているが、当然背中が相手に向いている。
ほぼ同時にゆっくりと振り返り、両者共に相手を称賛するかの様な瞳で見据えている。
徐ろに口を開いたのは【魔人ブレスト】からだ。
「・・・まさか、俺の【咬牙】を受けてその程度の傷とはな・・・」
その言葉を聞いて、よくよく【シモン】を観察すると、右胸の脇の部分に裂傷が刻まれている。
「そちらこそ、俺の【御使いの打突】を喰らいながら動けるとは信じられないぜ!」
その言葉を聞いて、よくよく【魔人ブレスト】を観察すると、左腹部に青痣がまざまざと刻まれている。
「それではお暇するぞ」
「嗚呼、次の機会にまた勝負しよう」
お互いに引き時と判断したのか、やけにアッサリと背中を向け合い、【魔人ブレスト】は自分の愛機である【八咫烏】2号機に乗り直し、【シモン】はそのまま歩み去って行った。
意外な幕引きに俺も若干驚いたが、敢えて時間が取られる事を嫌い、サッサと此の場から撤退する為に内蔵していた【光翼】を背中に生やし、地面から素早く飛び立った。
遠巻きに眺めていた【フランソワ王国】軍は、凄まじいスピードで空を駆けて行く我々の【八咫烏】を、呆然と眺めながら立ち尽くしたままだ。
こうして概ね、予定通りに我々の人質奪取作戦は成功したのだった。