第二章 第55話 【ドラッツェ帝国】対【フランソワ王国】⑳
その新たに編成された【フランソワ王国】軍を迎撃する為の大まかな戦略構想がすんなり決まり、諸々の他の戦略が話し合われ始めた・・・。
次に議題を提供する為にアンジーがモニター越しに挙手したので、司会役の【ドラッツェ帝国】宰相がアンジーを次の発言者として指名した。
指名を受けてアンジーはモニター越しに居住まいを正すと、かなり気取った感じで話し始めた。
[此の時から暫く後に俺が新生ベネチアン王国に帰還した時に、この時の気負った様子のアンジーを誂うと、顔を真っ赤にしてベッドに置いてあった枕を投げつけられる事になってしまった・・・反省]
「私が祖父から預かっている此の国と故郷である【オリュンピアス公国】は、散々に【フランソワ王国】の横暴により被害を受けていて、当然両国の国民は【フランソワ王国】への報復を考えていて、特に故郷である【オリュンピアス公国】は国土を奪われている事から、故国の奪還を今か今かと待ち望んで居ました。
此の広域な戦況図にも載っている通りに、【フランソワ王国】軍は【閉鎖フィールド】で外界と遮断した【オリュンピアス公国】首都の付近に駐屯していた軍勢や、周辺国家からも軍勢を引き上げて今回の戦闘に参加させるつもりの様だ。
ならば、事実上【フランソワ王国】の南部と南部地域の属国や衛星国家は、無防備の腹部を晒していると言って良いだろう!
此の好機に我等新生ベネチアン王国は、最低限の守備兵力を残してそれ以外の全ての兵力で以って、【フランソワ王国】の南部に向けて攻め込もうと考えている!
此の提案を受け入れてくれるだろうか?」
そのとてもうら若い女性とは思えない程の覚悟と、敵討ちに燃え上がる闘志をまざまざと見せつけられて、出席している将官の方々もその闘志に火で炙られる様に感じているらしく、今の今まで女性という事で半ば積極的な戦闘論争に加わるまいと考えていたのだが、此の意見を聞いてからは考えを改めて、積極的に戦術での討論を開始し始めた。
「【フランソワ王国】の南部に向けて攻め入るとの事ですが、進路上の属国は如何に対処するのですかな?」
「既に進路上の属国の内、三カ国とは大使を通して交渉していて、通路としての幹線道路を通行する許可を得て居ります」
「許可と言われますが、もしも裏切られたら如何に対応しますか?」
「当然裏切りへの報復を考えています!
裏切った国家は、さぞ後悔する事になるでしょう!」
「それだけの大軍で進軍するには、膨大な兵站を賄う必要が有りますが、それはどの様に解決なさるので?」
「既に【オリュンピアス公国】までのインフラ整備は終えていて、その間に有る都市国家群はそもそも此の戦争への協力も申し出ているので、物資は【オリュンピアス公国】に運び始めていますし、都市国家群からも物資の供与が行われています」
「ふむ、ならば具体的に戦術面での方針をお聞きしたい。
【フランソワ王国】の南部でもどの方面の国境線に向かい、何処の拠点を攻めるつもりですかな?」
「その点を実は決めていなかったのです。
ある程度の方針は決めていたのですが、当然【フランソワ王国】の内部事情は【カーン】大将とお仲間の方々が一番知って居られるでしょうから、出来る限りの内部事情を開陳して頂いて、それを煮詰めてから決断したいと考えて居ります」
そのアンジーの発言で、突如皆の注目を浴びてしまう羽目になった【カーン】大将とその同僚たる将官達は、既に覚悟が決まっていた所為だろうか、予め持ち込んでいたカバンの中から、【フランソワ王国】の各地方における軍事拠点の資料を出して、係官に大型パネルに映し出して欲しいと願い出た。
大きく映し出されたその資料には、【フランソワ王国】の各地方における軍事拠点の配備兵力と兵站貯蔵量、そして防御力の要となる魔導具や魔石の保有量も記されていた。
此の国家にとって死命を制する事に成りかねない資料を、アッサリと提出して来た【カーン】大将とその同僚たる将官達の複雑な想いを汲んで、アンジーは頭を下げてお礼を述べた。
「・・・此の様な国家にとって大事な資料を提出して頂いて、本当に有り難う御座います。
必ず、新生ベネチアン王国軍は進路上の都市や街そして村等には一切手をつけず、軍事拠点のみを攻撃する事を誓います!
絶対に無辜の民に対して我軍が無法に被害を及ぼす事が無い事を、皆様の前で宣言しますのでどうか此の宣言が守れなかった際には、どうぞ我軍の代わりに私を断罪して頂きたい!」
そう宣言してアンジーが、再度【カーン】大将とその同僚たる将官達に頭を下げたので、【カーン】大将達もこれ以上は確約は必要無しと判断したのか、追求はして来なかった。
その後も様々な細かい打ち合わせが行われ、此の段階での戦略目標と戦術への会議を終えて、それぞれの担当の戦闘に全力を上げる事が確認された。
いよいよ、あと数日後には此の百年戦争でも一度も無かった大会戦が、行われる事がほぼ確実な情勢に、軍人たちは気分が高揚して行くのであった。