第二章 第46話 【ドラッツェ帝国】対【フランソワ王国】⑪
一進一退の戦闘を繰り返しつつ俺と【バルト】大尉は、徹底的な速度差を利用して敵を翻弄して行き、徐々に敵を疲弊させて行く事に成功して、作戦通りに敵の足が止まり始めた。
しかし、【フランソワ王国】軍の中でも【閉鎖フィールド】に挑んでいる大軍勢は、専門の魔導具やアーティファクトを駆使して、空間上に新たなる空間の歪みを生じさせて、その歪みを安定化させた大穴に変える為の作業を行っている。
(・・・此れは、諦めるしか無いかも知れないな・・・、まだ【フランソワ王国】に対して恨みを晴らす局面は幾らでも有るだろうから、【ドラッツェ帝国】軍が納得するまで戦ったら、タイミングを見計らって此方も引き上げよう・・・)
その様に考え、俺は【バルト】大尉に呼びかけようと、回線ボタンを押そうと指を伸ばし掛けた・・・。
そ(・)の(・)時!
凄まじい悪寒が俺の背筋を貫いた!
「カハッ!」
思わず口中に溜まった空気を吐き出し、嘔吐く様にその後も呼吸が乱れるーーーー。
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ
何故か、こんな戦場の爆裂音に晒されていて、とてもでは無いが何者かの廊下を素足でゆっくりと近付く足音など、物理的に聞こえる訳も無いのに、その足音が奇妙な事に此方に近付いている事が判る・・・。
どうやら、その奇妙な足音が聞こえているのは、俺だけでは無い様で。
徐々に戦闘に伴う爆裂音が響かなくなって、戦場にも関わらず静寂が立ち込め始める・・・。
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ・・・・・・。
特に大きくも無いその足音は、何故か物理的に音が聞こえている訳でも無いらしく、マイクで集音しても一切データは残らずに、只ひたすらに此の場にいる人々の耳朶を震わせているらしい。
(ーーーどういう理屈の現象なのだーーー、然も此の俺が理由も無く震えているだとーーー?!)
理由がサッパリ判らない状態で、ひたすら廊下を素足でゆっくりと近付く足音に聞こえる怪奇現象の様な音は、突如として止んだ・・・。
すると、強烈な違和感と共に或る場所に、此の場にいる全ての軍人が視線を集中させる。
その場所とは、例の【閉鎖フィールド】に挑んでいる大軍勢の専門家チームが、何とか空間上に新たなる空間の歪みを生じさせて、その歪みを安定化させた大穴に変える為の作業をしていた場所。
どうやらその専門家チームは、小さな穴を作る事には成功した様で、凡そ1メートル弱程の穴が不安定ながらも空間上に開いている。
そしてその小さな穴からひょこっといった感じで、何やら奇妙な着物を着た子供の様な背格好をした存在が、半身を表して此方を見ているのである。
ザワザワザワザワッーーー、俺の背中を撫で上げる様に、その存在を見た瞬間に悪寒が走った・・・。
(・・・此奴だ・・・、此奴が悪寒を生じさせた張本人だ!)
その近くに派遣していた小型ドローンのカメラで、最大限ズームして此の存在を詳細に観察する。
其奴は、身長凡そ1メートル30センチメートル程で、身体の前に羽織る様な着物を着ており、もし此の状況で無ければ其処らに居る普通の子どもと大差は無いかも知れない・・・。
しかし、決定的に普通の子どもと違う点が有った・・・、それはその小さな顔面には人間の子供ならば有る筈のパーツが幾つも欠けているのだ。
先ず目が存在して居らず、その目に付随する筈のまつげや眉も存在しない。
そして顔面中央部に有るべき鼻も存在して居らず、有るのはやけに大きくまるで刃物で切り裂いた様に横一筋に亀裂が入った様な口が有るだけである・・・。
他にも何か無いか? と詳細に観察していると、いきなり横一筋に亀裂が入った様な口が開き、奇妙に己の耳朶に響き渡る声が聞こえて来た。
〈・・・ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ・・・〉
既に、周囲は一切の戦闘行為と【閉鎖フィールド】に穴を開ける行為すら止めて、此の違和感極まりない存在を此の場にいる全員が注視していた・・・。
やがてその奇怪な声を上げ終わった奴は、此方の空間に出てこようとして、あちら側から手を伸ばして来た。
そして手が此方側に出て来た瞬間、凄まじい警告音が辺り一帯に鳴り響き続けて音声が流れた!
《警告します! 警告します! 至近の空間に【旧支配者】の眷属が現出しようとしています!
直ちに現場から退避及び、【空間断絶】処理を行って下さい!》
その本来現地人には聞かせられない、俺の母艦【天鳥船】からの緊急退避警報を受けても、此の場にいる全員がまるで魂を乗っ取られた様に呆然としたままだ。
【天鳥船】からの緊急退避警報を受けて、漸く身動きが取れる様になった俺は、全ての権限を行使する事を即座に選択して、奴の居る空間と此方の空間を切り離す【空間断絶】を行った!
しかし、僅かに遅れたその決断は、奴の近くに居た連中の運命を変えてしまったのだ・・・。
ゴソッ
そんな音は鳴っていないのだが、正にそう表現するしか無い形で、空間がこ削ぎ取られてしまい、奴の近くに居た連中は存在していた空間毎、奴に喰われてしまった・・・。
俺の行使した【空間断絶】で奴の居る空間と此方の空間が完全に切り離される瞬間、奴は目も存在しないのに俺を視認した様で、口を半月状に開けて何とも非人間的な笑みを向けて来た。
(・・・俺の存在に気付きやがったな・・・)
戦慄を伴う認識を覚えながら、俺は此れまでの戦争が状況毎入れ替わってしまった事を感じていたのだった・・・。