第二章 第44話 【ドラッツェ帝国】対【フランソワ王国】⑨
どうやら、此の最前線で戦っていた両端の方面軍の結果を、ある程度予想していたらしく、他の全ての【フランソワ王国】方面軍が集結した段階で、【フランソワ王国】方面軍の上層部は方針を固めて、一斉に俺達の居る要塞に向けて【フランソワ王国】方面軍を糾合して新たな軍団に編成し直し、撤退する為の障害を取り除くべく要塞へと進軍して来た・・・。
当然此の展開は想定していたので、俺達は要塞に居る部隊を総動員して予め奴等の進軍ルートを読んで、此方に取って都合の悪い進軍ルートには陥穽の罠を設けて置き、それとなく都合の良い進軍ルートを進むように誘導する事を画策した。
更に【ドラッツェ帝国】のほぼ全軍でもって包囲殲滅戦を挑むべく、【ゲルト】元帥の命令の下で最前線を支えていた各軍の部隊の内、後方作業に従事する者達を除いた健常な軍人達を再編成し、撤退して行った【フランソワ王国】軍の後方から、奴等に気付かれない距離を維持して追撃戦の構えを取る。
様々な準備を整え終わった頃に、新たな軍団に編成し直した【フランソワ王国】方面軍が、30万と云うかなり強大な軍勢となり整然とした行軍で、俺達の籠もる要塞が視認出来る所に現れた。
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「・・・散々報告書で上がって来ていたが、実際に見ると信じられない程の規模の要塞だな・・・、とてもでは無いが現在の我々の軍勢でも、正面からでは陥落させるにはかなりの時間と被害を覚悟せねばならないな・・・」
元第一方面軍指揮官にして、現在は撤退する【フランソワ王国】軍の指揮官である【カーン】大将は、独り言ちながら凄まじい威容を誇る要塞を見る。
もしかすると、30万人を越える現在の【フランソワ王国】軍でも、どれだけ時間を掛けようと此の【ボール要塞Ⅱ】を抜いて、本国には帰還出来ないかも知れないと、己の中の冷徹な軍人思考は猛烈に自分に訴え掛けて来ているのだが、独り言でも本当の判断は外に漏らす事は不味い。
側に控えている幕僚達ならまだしも、各方面軍の指揮官レベル全員の影に潜んでいる、国王から付けられた監視者にはあまり本音をバラせない。
一度、此の監視者という存在が同僚であった他の方面軍の指揮官に対して、私と彼以外誰もいない所で彼が国王への不満を述べた時に、いきなり彼の影から飛び出して来て鋭利な刃物で彼を刺し貫くと、私に向き直ると指で己の口を指し示し、ジェスチャーで余計な事は喋るなと警告を受けたのだ。
つまり、私やあるレベル以上の将官には、国王の代理監視者であり暗殺者が配置されていて、常に我々が国王に対して不満や反抗の意志を抱いているかどうかをチェックしていて、あからさまな表明をしたら即座に暗殺行動に移る状態にあると言うわけだ・・・。
こんな状態では、とても正直な感想や国王の意志に反する意見や行動には移れない。
今回の撤退行動も、表向き【ドラッツェ帝国】の要塞を攻略すると云う名目が無ければ、恐らく各方面軍の司令官達はそれぞれの影に潜む、監視者によって粛清されていた事だろう。
そんな事を考えながら、改めて【ドラッツェ帝国】が築き上げた要塞を観察する。
(・・・壁の高さは約50メートルに達していて、壁の幅も相当な厚みで作られているみたいで、どう見ても急造の代物ではないな・・・。
然もその壁の上には、ずらりと並ぶバリスタや投石機と報告に有った【魔導砲】が、ひしめき合う程に存在している。
此れ等の射程距離も高さのお陰で、此方の遠距離攻撃よりも長く、恐らく壁面には防御魔法が重ねて掛けられている事だろう・・・)
益々、要塞に対しての打つ手が思い浮かばず、要塞に固執せずに要塞から遥か遠くに迂回して、【フランソワ王国】本国を目指す事が正しく思える。
暫くの間要塞を観察しながら、あーでもないこーでもないと様々な要塞攻略法を、脳内でシミュレーションしていたが、どうにも現在の【フランソワ王国】軍では攻略のしようが無い。
なので、要塞内に籠もっていると思われる【ドラッツェ帝国】軍を、要塞内から如何に誘引して外部に連れ出して叩くかという方向で思考を進めた。
すると、当然ながら要塞の存在をある意味無視して、迂回するルートを進軍してみせる事で誘引すると云う作戦案が妥当に思える。
此の方向で作戦案を叩き台に、【フランソワ王国】軍の各部隊の指揮官で最終会議を開き、彼等を交えて幕僚も参加させて作戦案を詰めさせれば、監視者からも特に怪しいと疑われる事も無い形で撤退出来るかも知れない。
そう決断すると、直ちに行軍を中止させて簡易的な天幕を部下達に張らせて、各部隊の指揮官と幕僚達を招集した。
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軌道上の【探査ブイ】からの情報で要塞に到達する遥か手前で、【フランソワ王国】軍は一旦行軍を停止したかと思うと、いきなり二つに軍勢を分けて要塞の左右にかなり離れたルートで【フランソワ王国】本国に撤退して行く。
(・・・やはり、此の要塞を避ける行軍ルートを取ったか・・・、冷静な判断を取れる指揮官の様だな・・・。
実際の処、【フランソワ王国】軍に残されている物資はそれ程多く無いだろうし、出来る限り国境線に施された【閉鎖フィールド】を何とか越える為に、其れ等は活用したいだろうしな)
そう考えながら、俺は要塞内の格納庫に向かう。