第二章 幕間 ある市井の少女の暮らしの変化①
私はネネという名前で、以前のベネチアン侯爵領の頃はスラム街に住んでたわ。
母親は場末のバーで客の機嫌を取りながら、お酒を勧めたり歌を一緒に歌ってたみたい。
みたいと言うのは、私自身は母親の仕事風景を見た事が無いし、今の幸せな暮らしに比べたら悲惨そのものだったので、あまり思い出したくも無いから母親に以前の事を尋ねない事にしているから・・・。
スラム街では、バラック小屋の様な住処に暮らし、毎日ゴミ処理を同世代の子供達と協力して、スラム街の顔役から貰うお駄賃で、何とかお腹を満たして生きていたわ・・・。
母親も場末のバーで働いているとは云え、殆んど稼ぎは無くて、漸く稼いで来ても全て酒代に代わってしまうのが落ちだったわ。
時折、客から貰ったらしい服やアクセサリーも、直ぐに質屋に持って行って酒代に代わって行ったわ。
きっと、母親にとっては未だに殺されてしまった父親の事を、何とか忘れ去る為にひたすらお酒に逃げているんだろうね。
でも、そんな風にお酒に逃げようとしたって、あれだけ愛し合っていた父親の事を忘れる事なんて、出来る筈も無いのに・・・。
そんな全く幸せな未来が見えなかった状況が激変したのは、今から凡そ二年前になるわ。
予兆めいた変化は、その激変から半年前の首都からの軍団が、此処ベネチアンを経由して国境の街に派遣されて行ったの。
【オリンピア大公国】にとって戦争なんて、最近50年間は起こった事が無いから、ベネチアン郊外に駐留していた兵士達もあまり緊張感が無いのか、結構ベネチアンの街に入ってきてお金を落として行ったので、それなりに歓迎されていたわ。
でも、彼等が出立してから一ヶ月後に、行商の商人達からの情報で、彼等がほぼ全滅した事が判ったの。
何でも、彼等は国境の街に攻め込んで来た、【フランソワ王国】に対して戦闘をした訳では無くて、寧ろ【フランソワ王国】と一緒になって国境の街を攻撃したみたい。
意味が判らなくて混乱しちゃったけど、どうやら首都から増援の軍が派遣される事になり、そして首都からは【オリンピア大公国】全土に布告が出されたらしいの。
此の頃の私は、読み書きは出来ていたけど、布告文を読みに大型パネルを見に行く余裕は一つも無かったので、結局内容は知らないままだったわ。
三月も経たないうちの増援軍は、以前よりも大軍の3万人と云う規模で、ベネチアンへの駐留もそこそこに、国境の街へ出立して行ったの。
だけどその行動は、予想もしていない変化を私達に齎したわ。
その増援軍がどうなったかも判らない内に、まるで逆の順路を辿る様に国境の街から、【アンジェリカ・オリュンピアス】様と【ヴァン・ヴォルフィード】様を中核とした軍隊がやって来たの。
其処からは凄いスピードでベネチアンの状況が激変したの、先ずはベネチアン侯爵とその取り巻き達が拘束され、ベネチアン海軍の司令官や上層部も拘束されたわ。
それもたった一日経つか経たないかで全てが行われ、翌日には何故ベネチアン侯爵やベネチアン海軍の司令官が拘束されたかの理由が公示されたわ。
此の時の公示は、私も同世代の子供達と見に行き、私以外の子供達は字も読めないので、私が口に出して教えて上げたの。
何でも、ベネチアン侯爵とベネチアン海軍の司令官は、【オリンピア大公国】に於いて禁止されている奴隷取り引きを、現在首都を牛耳っている連中と組む事で、大っぴらに外国相手にも奴隷取り引きを行う事で不当な利益を得ていた上に、ベネチアンの領民からも難癖を付けて奴隷の身分に落として行ったらしいの。
とすると、私の父親が殺された原因である、同僚である漁師の妻が奴隷に落とされそうになったので、同僚数人と連れ立って裁判所に提訴したら、逆に不届きであると判断されて百叩きの刑罰を言い渡されてしまい、その刑罰執行中に打ちどころが悪かった所為で、父親は帰らぬ人となってしまったの。
それも全ては領主たるベネチアン侯爵達が、己の利益を得るが為に無辜の民を奴隷にしてたんだわ!
その真実を此の公示で知り、私は私達の代わりに天罰を与えてくれた【アンジェリカ・オリュンピアス】様と【ヴァン・ヴォルフィード】様に、心の中で感謝した。