第一章 第96話 次なる戦乱の予兆
大公国首都決戦が終結してから二週間が経ち、例の木製の棺に入れられて居た地方貴族達や知識人達の、個別確認とそれぞれの症状に応じた医療施設での療養体制が確立された。
地方貴族達には、それぞれの地方からやって来た家族達と共に寝泊まり出来る、個別療養施設が準備されてプライベートとプライバシーが守れる様にした。
それと比べると些か見劣りするが、知識人達の療養施設は8人部屋や4人部屋での団体で療養してもらう。
それでも着実に回復して行く人々は、自分達を救ってくれたアンジーと我々に対して、濃淡は有るがかなり信頼を寄せてくれて、それぞれの分野での協力を申し出てくれている。
ただ一番の問題として、肝心の大公【クラウス・オリンピア】が未だに目を覚まさないのである。
どうも大公はかなり以前から【ヤヌコビッチ】によって、寄生体では無い手段で洗脳されていて、大公の数少ない家族も同様に自意識を回復出来ないでいる。
俺とアンジーそしてリンナとリンネは、特別療養施設であるベネチアン城の奥まった区域に設けられた場所に、定期的に見舞いに行くのだが、医者や看護師からの報告からも、芳しくない容態の説明しか受け取る事が出来なかった。
(・・・此れはもしかすると、このまま誰も目を覚まさない可能性が高いな・・・。
なるべく、其の様な事は想像したく無いが、場合によってはそれを考慮して、我々が責任を持って【オリンピア大公国】を運営して行くしか無くなるだろうな)
本来アンジーは、あくまでも【オリュンピアス公国】の継承権しか無いので、【オリンピア大公国】は大公か大公の家族が継承するのが筋である。
しかし、此処まで継承すべき人々が意識を戻さないとなると、アンジーが大公国では正式に認められてはいないとは云え、血脈的には他の貴族よりも直系と言って良いから、代理の統治者として暫くは務めるしか無いだろう。
此の事を、丁度殆どの大公国の貴族がベネチアンで療養しているので、少しずつ根回しして周知させて行くと、9割方の貴族が了承してくれて残りの1割の貴族も、色々とそれぞれの要望を叶える形で交渉すると、納得してくれて賛成してくれた。
どうやら形が整ったので、現在大公国の首都が【閉鎖スペース】に閉じ込めている事もあり、ベネチアンを仮の首都として運営して行く事が、大公国全土に布告を出した。
そう、此の時を以って【オリンピア大公国】は一旦滅び、【新生ベネチアン公国】が暫定的に立国されたのであった・・・。
◆◆◆◆◆◆
それから、半年が経過した・・・。
【新生ベネチアン公国】は、仮の首都となった都市ベネチアンを中心としたインフラ整備を推し進め、新たなる街道を旧【オリンピア大公国】の主街道の脇に張り巡らせて行った。
此の新街道は旧街道の幅を遥かに凌ぎ、全ての街道が4車線以上の幅を確保していて、所によっては8車線の場所も存在する。
其処まで車線を確保したのは、先ず以前と違い物流の主役が馬車や荷馬車では無くなり、軍から払い下げられた貨物を運ぶトラックや戦闘部分を除去した元戦闘車両と元戦闘バイクが使われて行き、更には都市ベネチアンの郊外に作られた大規模工場群で製作され始めた、民生用の車両群が凄まじい速度で広がり始めている現実が有るので、暫くの間は鉄道を通すのは止めて、車によるモータリゼーションを主軸とした経済を推し進めて行く事に決めたのだ。
此れには有る人物の意見が取り上げられた事に起因する。
その人物とは【オリアス】、非常に博識で以前に降臨した【星人】の超技術にも、ある程度精通している人物である。
彼は基本的に俺が用意した専用の研究所に住み込みで働いていて、滅多に外出しないのだが今日は珍しくベネチアン城にある会議室で、俺達と現在ベネチアンの政策を決定する【新生ベネチアン公国】の上層部と会話する事になった。
「急なお呼び出しを行い、大変恐縮致します。
ですが幾つもの重大な情報を得ましたので、貴方方に報告致したいと思い、集合して貰いたいとヴァン様に願い出ました」
そう言って、俺の方を向いて【オリアス】は頭を下げてきたので、俺も頷き返し皆に対してそのまま話しを進める様に促すと、【オリアス】は会議室に有る大型パネルで幾つかの動画を流し始めた。
先ず始まったのは、俺達が始めて立ち上がる場所となり、今では凄まじいレベルで発達している国境の街【ドラド】の、小型ドローンで空から見る全景の構図である。
現在の国境の街【ドラド】は、ベネチアンに続く発展を続ける都市になっていて、郊外にはベネチアンと同レベルの工場地帯が存在する。
其処には、様々な用途で働く人形が存在していて、彼等は工場のライン監視やインフラ整備の重機の操縦、他にも工場と従業員の住む団地との往来を結ぶ大型バスの運転手や、24時間勤務の警備員や警察官のサポーター等といった、人間ではまだ出来なかったり辛い作業を人間に代わってこなしている。
そんな人形が、国境の街【ドラド】から離れている例の魔物の棲む森で、壊れた数体が発見された様子が動画で説明されている。
動画内では、人形を壊した対象が人形のカメラで撮られていて、其奴らは何と警備の厳しい国境の街【ドラド】に潜入して、然も結構な重量の有る人形を抱えて、国境の壁を音もなく飛び越えて行った上に、普通の人間では判らない筈の人形の心臓部である、プロセッサーや記憶回路を抜き取って行ったのだ。
此の動画も、人形本体に残った記憶回路では無く、クラウドに残ったデータからサルベージした物だ。
そし動画には、対象が被っていた覆面が脱げているシーンを辛うじて撮られていて、それを見た俺以外の全員が叫ぶ。
「「「じゅ、獣人!!」」」
その動画には、明らかに人間とは違う顔立ちで、牙と耳が異常に尖っている【獣人】特有の特徴を持つ男が、牙を剥いている姿が映っているのだった・・・。