第八話 アフレコ撮影
「安藤風花さん、入りでーす!」
盛大な拍手と共に、風花がアフレコ現場に入っていく。
以前受けたオーディションに無事合格し、初めてアニメの声を担当することになった。
ドラマやCMの撮影が多いので、風花の表情にも緊張が見える。
といってもそれは俺もだが。
「皆さん、宜しくお願いします!」
「はい、宜しくねー」
「安藤さん、緊張しないで頑張っていこー!」
プロデューサーから声を掛けられながらも、風花はスタジオに入って行く。
声優が初挑戦ということもあり、ここ数日、俺と何度も練習を重ねていた。
ボロボロになった台本は、彼女の努力の証だ。
主役ではないが、重要な役なので、気合も入っている。
「それじゃあとりあえず声だしの気持ちで台詞撮ってみようかー!」
ガラス張りの向こう側で、風花がヘッドホンを装着する。
自然と俺の右手も拳となり、力が入っていた。
◇
『いえ、私は行きます。行かせてください!』
「安藤さん、もう少し語尾を元気良くできますか?」
『はい!』
「もう少しかなー」
『わかりました』
何度も重ねられるリテイク。風花の一番の持ち味は表情だ。
だがアニメは声でしか表現ができない。
それでも間違いなく素晴らしい演技をしているのだが、周りからも期待されている分、何度も撮り直しされているのだろう。
いつもは明るい風花の表情にも陰りが見えはじめたところで、ようやく休憩となった。
楽屋に戻る風花の足取りがいつもより重く見える。
ドアを開いて入るなり、机に突っ伏して両手を伸ばした。
「むずがじすぎ~~~~……」
「十分上手だよ。初挑戦とは思えないし、いつもとは違う声も出せてるから驚いた」
これは本当だ。監督は業界でもかなり厳しいと評判で、その監督が初挑戦の風花を推薦した。
それがありえないことだと話題になっている。それもあって、ハードルが上がっている事は間違いない。
「お世辞ですかー、それともほんとうですかー」
棒読みで気だるい声を出す風花。かなり参っているみたいだ。
「本音だよ。ほら、どろりマンゴージュースだ」
「え、わわ! 式さんありがとうございます! どこにあったんですか? この局には売ってないですよね?」
「事前にRマートで、常温にしといたけど、ゆっくり飲んでね」
「はーい!」
笑顔でジュースを飲んでいる姿は、本当に中学生にしか見えない。
俺たちマネージャーは仕事を持ってきたり、スケジュールを管理したり、彼女の体調やモチベーションのお手伝いをすることはできる。
だが、実際に本番が始まればただ見守るだけだ。これほど歯がゆいことはないが、彼女が仕事を終えると自分のことのように嬉しい。
営業では味わえなかった気持ちだ。
だからこそ、最大限にサポートしてあげたい。
「えへへ、美味しい」
「良かった。ご飯はどうする?」
「今はまだいいです。それより台本の読み直しをします!」
「わかった。弁当はあるが、食べたいのがあったら言ってくれ」
「はーい!」
それから風花は、ぶつぶつと独り言のように台本を読み直す。
時折声を荒げて叫ぶように台詞を繰り返し、何度も唸っていた。
「そういえば、式さんはどうしてこの仕事を始めたんですか?」
そして突然、風花は俺に質問をぶつけてきた。
「いきなりだな」
「教えてくださいよー」
しかし、すぐ返せなかった。そういえばどうして俺は始めたんだっけかな。
最初はただ、キラキラした世界に入りたかった、そんなのだった気がする。
けれども、そんなチープな答えは流石にに言えない。
「夢を応援したかった……から?」
「クエスチョンマークついてますけど」
「それより喉の調子はどうだ? 痛いとかないか?」
「あー誤魔化したー! ズルいなあ。大丈夫ですけどー」
休憩を少し終えて、もう一度出番がやって来る。
風花は重い腰を上げて立ち上がった。
しかし楽屋の外に出るのではなく、俺の前で止まる。
「ん、どうした?」
「元気チャージが足りないんです」
「ふむ……元気チャージ、注入っ! ――入ったか?」
「声だけじゃないですか! 注入されてませんよ!?」
「そんな魔法みたいな技持ってないよ」
「むう、わかりました。行きましょー」
頬を膨らます風花。こういう顔は何度か見たことがある。
演技っぽく見えるが、彼女が本当に辛いと思っているときだ。
それを知っていた俺は、気づけば風花の頭を撫でていた。
「頑張りましょう、もうひと踏ん張りですよ」
「敬語になってるし。――でも、元気注入されたかも!」
「こんなので良ければいつでも注入するよ」
「約束ですよ? 言いましたからね?」
びっくりしたことに、元気注入された午後のアフレコは、監督も驚くほど撮り直しが少なかった。
全てを終えたあと、風花はガラス越しに俺に向かって、「ぶいっ!」と笑顔でピースサインした。
◇
帰り際、風花は母親とメッセージをしていた。少し溜息をついている。
先日の料理会もそうだったが、最近は忙しいらしく会えてもいないらしい。
プライベートに踏み込みすぎないのはわかっているが、どうしても可哀想だという感情が芽生える。
「そういえばさっきの質問だけど、思い出したよ」
「……どうしてこの仕事をはじめたか、ですか?」
「ああ」
信号待ち、風花がスマホの電源を閉じたのを見計らって、声をかけた。
「俺の母親は仕事が忙しくてね。それもあって、一人ぼっちになるときが多かったんだ。そのときテレビをよく見てた。ドラマとか、アニメとか、当時のCMすらもよく覚えてる」
「……そうなんですか?」
「ああ、一人の時間は寂しかったからね。でも、好きな番組が始まると時間があっという間に流れた。その時だけは寂しくなかった。それでいつかは作り手になりたいと思ったんだ。営業に回された時は本位じゃなかったが、仕事をしていく内に、これも大事だなとわかった。ってな感じで、それが始めた理由。だから、風花がやっていることは、俺みたいな子今この瞬間も、どこかできっと楽しませてるよ」
しかし、返事がすぐに返ってこなかった。車を発進しようとしたら、隣から呻き声が聞こえた。
「……ぐすん……うう……」
「え? 風花? ええ!?」
泣いている。それも号泣だ。
「プップー!」
「ちょ、ちょっと風花!?」
信号が青になったが、このまま放っておくことはできない。
俺は慌てて路肩に車を留めると、風花に視線を向けた。
まだ涙をぽろぽろ流している。
「どうしたんだ? 喉が痛いのか?」
「……う……違う。嬉しくて」
「嬉しい?」
「最近、自分の仕事が辛いときがあって……でも、式さんの言う通り、私も初めは同じようにテレビに出ている子たちみたいになりたかった。その気持ちを忘れかけてたかも。式さんの言葉で、それを思い出した。それに私が誰かを勇気づけられてると思うと、嬉しくて」
「そうか……気づいてあげられなくてごめんな」
涙を手で拭いながら、風花は首を振る。
「式さんはいつも優しいです。どんな時も、私を気遣ってくれています」
いつもより大人びた表情で、俺を見つめる。……少しドキッとしてしまうほど綺麗だった。
「式さん、元気注入してください!」
「……魔法は一日一回だ。さて、帰るぞ」
「えー! ズルい―! うぇーん!」
「嘘泣きはすぐにわかります」
俺もじんわりと思い出してきた。風花のおかげで、あの時の気持ちを。
もっと頑張らなきゃな。
「明日もアフレコ頑張ろうな」
「はいっ!」
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