表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/42

第三十話 これはデートじゃなくて、アヒル漕ぎです。

「はい、楽しんでね」

「ありがとうございます」


 受付を済ませてお金を渡すと、おじいさんが大きなアヒルの前に俺たちを誘導してくれた。

 昔懐かしのアヒル漕ぎボートだ。

 

 普通のボートもあって、湖には家族やカップルが楽しそうに自然を感じている。


「風花、ここでも一応、帽子と眼鏡は取っちゃだめだぞ」

「はい! えへへ、初めて乗るので緊張しますね」

「そうなのか? まあでも、最近はめずらしいか」


 乗り込む際、湖が揺れてアヒルが大きく動く。

 これは危ないなと思い、咄嗟に手を差し出した。


 けれども、風花は戸惑っていた。いや、固まっている?


「どうした?」

「あ、いえ! ――ありがとうございます」


 それからゆっくりと手を掴み、アヒルに乗り込んでいく。

 湖は公園のど真ん中にあって、壁沿いには緑や花が咲き誇っていた。


 公園からは見られないところも、このアヒルくんなら見ることができるらしい。


「よし、漕ぐぞ!」

「お、おおー!」

「ん? 風花なんか、顔赤くないか?」

「え? い、いや普通ですよ!?」

「大丈夫か? 熱とかないよな?」


 額に手をぴとっと当てる。どうやら体温は正常らしい、いや、少し……高いか?。


「だ、大丈夫ですってばー! 早く行きましょう!?」

「わかったわかった。じゃあ、出発しようか」


 いつもより不機嫌な気がする。うーん、何かしたか……?


 ◇


「綺麗ですねえ、ほらお魚さんですよ! あれ、式さんどうしたんですか?」

「いや……その……はあはあ……息が……」

「え? えええ!? まだ出発してそんなに経ってませんよ!?」


 慢性運動不足の俺は、アヒル漕ぎに適した身体ではなかった。

 とはいえ情けないので出来るだけ呼吸を整えようとした間に合わなかったのだ。


「だったら私が頑張るので、式さんはのんびりしてください!」

「そ、そんなわけには……」

「横ではあはあなってるほうが嫌です」

「は、はい……」


 そんなわけで情けなくも俺は動いては休み、動いては休んだのだった。


 恥ずかしい……。


「ん……お、めずらしい花があるぞ」

「え? どれですか?」


 湖の端、緑が生い茂っている中に、美しいブルー色の花を見つけた。


「ブルースターだ。結婚式のブーケとかでよく使われるけど、日本ではあんまり見かけないね」

「へえー、式さんってお花に詳しいんですか?」

「ああ、学生時代にちょっとバイトしてたことがあってな」

「バイト? お花屋さんに?」

「ああ、そうだ」

 

 すると風花が、えー! と言った後に笑う。


「それってもしかして金髪時代のときじゃないですよね?」

「……そうだけど」


 そういえば忘れていた。先日、雫のせいで見られてしまったのだ。


「うふふ、金髪のお花屋さんなんて見たことないですよ」

「自然を愛する不良だったんだ」

「いいですね、式さんらしいです」

「バカにされてないか?」

「いいえ、慈しんでいます。花だけに」

「上手いことをいうな」

「ふふふ」


 お互いに笑い合いながら、ほかの花を見ていった。

 風花は頷きながら相槌を打ってくれた。


 正直、花が好きになったのはバイトしてからだ。

 初めは俺も興味がなかったし、始めた理由も家が近かったから。

 でも、段々と好きになっていた。

 それで一度誰かに花の話をしたとき、男のくせにとバカにされたことがある。

 それから疎遠になってしまい興味も段々と薄れていたが、こうやって話しているとまた興味が湧いて来た。


「それで、この花言葉は――あ、ごめん、語りすぎたかな?」

「ううん、すっごい楽しいです。今度、一緒にお花屋さんに行きませんか?」

「お、いいな! あ、でも……それってプライベートってことだよな?」

「そうですけど?」

「それは……」

「だったら、雫さんも連れて行きましょう! あ、お母さんも!」

「ああ、だったら問題ないか」

「式さんは距離を置こうとしすぎです。私、焦ってませんから」

「はあ……俺より大人だな、風花は」

「どうでしょう?」


 いや、でも本当にそうだ。

 正直、俺は意識してしまっていた。

 マネージャーとして続けていいのか、とか、美咲さんに不安がられていないかな、とか。

 でも、そんなのは関係ないのだ。


 すぐに何か特別なことをするわけじゃない。

 ただ、好きだと言われたことを喜び、これからも関係を続けていけばいいのだ。


 ゆっくりで、いい。


 それを風花から教わった気がした。


「さて、帰ろうか」

「はい!」


 子供以来のアヒル漕ぎは、最高の思い出となり、風花にとって人生初めての幸せアヒル漕ぎとなったのだった。と思う。



 ブルースター。

 科名 キョウチクトウ科。

 属名  ルリトウワタ属。

 花言葉は「幸福な愛」「信じあう心」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ