第二十八話 恋愛について、安藤風花中学2年生。
「では、風花ちゃんが大事にしているものってなんですか?」
「そうですね、やっぱり裏方の支えだと思っています。メディアに映っているのは一部の表ですが、その陰では私を支えてくれる沢山の人たちがいます。おかげで私はこうやって出演させてもらっていますし、感謝は日々伝えるようにしていますが、大事にしたいと思っています」
沢山のカメラマン、大勢の大人の前で、風花は物怖じせず質問に答えていた。
今日は雑誌の質問コーナーだが、動画もネットにはアップされるらしい。
ちなみにスタッフの評判はいつも頗る良く、差し入れから細かい気配りまで風花は完璧だ。
裏方を大事にしたい、というのも行動で示している。
そしてその答えに共感しているのか、見守っている人たちも、うんうんと頷いていた。
俺も気持ちがわかったので、思わず首が動く。
「では少し踏み込んだ質問になります。これは一番多かったのですが、ズバリ好きな異性というのはどんな人でしょうか? もしかしていらっしゃたりしませんか??」
砕けた物言いで、風花にインタビューを続ける女性アナウンサー。ちなみに質問リストは事前に頂いている。
答えることも打ち合わせで終わっているので、特に不安はない。
たまに即興で答えることもあるが、基本的には予定通りだ。
なので、この答えは『まだ恋愛とかよくわからないけど、猫が好き』――だったのだが。
「実は最近、好きっていう感情が自分でもわかってきたんですよね」
「……え、はい! そうなんですか?」
しかし風花は予定と違った発言をした。それに一瞬戸惑ったアナウンサーだったが、プロの力で何とか持ちこたえる。
……って、風花!? 何を話すつもりだ!?
「先日、ファンミーティングを行ったんですが、ゆっくりファンの方と一人一人と向き合うことができたんです。それで、ああ、好意を伝えてもらえるのっていいなあって思って、自分も考えて見たんですよね。誰が好きなのか、それでわかったんです」
「なるほど、大盛況だったとは聞いてます。――ということはもしかして好きな人が?」
思わぬ返答に少し前のめりになるアナウンサー。カメラマンも風花の顔をアップにしたのがわかった。
……ええと……
俺は昨晩の言葉を思い出すの「好きです」。
ちょ、ちょっと!?
慌てて質問を止めようとしたが――。
「はい! お母さんです! 前までは少し気恥ずかしさもあったんですが、今では毎日好きと伝えるようにしています」
……あ、なるほど……。
「ふふふ、風花ちゃんらしい答えですね。私はてっきり異性で好きな人が出来たのかとびっくりししてしまいました」
「異性ですか? そうですねえ、まだよくわからないです! でも、一生懸命な人は好きですね」
「なるほど、つまり風花ちゃんと仲良くなりたいと思っている人は、何事も一生懸命にしておくべき、ということですね」
「あはは、そうかもしれないですね」
「皆さん、聞きましたか! 思わぬ風花ちゃんの真実を聞くことができました!。それでは、これで質問を終わりたいと思います」
「はい、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします! 来月のドラマも頑張りまーす!」
明るい風花とアナウンサーの掛け合いで締めくくられ、インタビューは終了した。
俺はというと驚きすぎて変な顔が戻っていなかったらしく、風花に「変な顔してますね」と笑われたのだった。
◇
「式さんがびっくりしてひっくり返りそうになってたの、見つけちゃいましたよ」
「そりゃあ予定と違う答えだったからな」
「そうじゃなくて、私が言うと思ったんですよね? 式さんのことが好きだって」
「……ちょっとだけ」
「ふふふ、可愛いなあ」
顔をほころばせる風花、ほんと……もったいないよ。俺なんかに。
「さて、帰りましょうか!」
やっぱり、ちゃんと伝えよう。
「風花、小腹空かないか?」
「はい?」
◇
局の近くに、ふれあいの水辺というのがある。
夏は子供で溢れて、砂場はサラサラとしている。人口的なビーチだが、ビルが夜景みたいになって綺麗だったりもする。
「はい、どうぞ」
「わ、美味しそう!」
売店で購入したソフトクリームを手渡すと、子供っぽく無邪気に喜んだ。
もちろん、帽子と眼鏡は装着してもらっている。
「えへへ、チョコレートだ」
「好みは把握しているので」
「さすが式さんっ! んーっ、冷たくて美味しいっ」
夕日がゆっくりと落ちていく。近場の子供だろうか、母親と砂浜で遊んでいる。
ベンチに腰掛けながら、小松原さんの言葉を思い返していた。『――それで会社は潰れた』
「風花、あのな……」
「式さんの答え、もうわかってますよ。困らせてしまってすみません」
すると俺の言葉に被せるように風花が言った。
えへへと笑っているが、その表情はどこか悲しく見えた。
「式さんは私のマネージャーさんで、それ以上でも、それ以下でもない。仕事の付き合いですもんね。それに私の為に仕事をしてくれてる人が大勢いるのはわかっています。それを壊すようなことを言ってしまって、すみません。でも、もう大丈夫です!」
ずっと傍にいるからすぐにわかった。彼女の笑顔が、いつもよりもぎこちないことに。
心臓が、ドクンと脈を打つ。
何もかも彼女に言わせてしまっている俺は――最低だ。
「それに……式さんが私のこと好きじゃなくてもいいんです。ただ少しだけ、ほんの少しだけ私を騙してもらえませんか。それだけで、毎日お仕事が楽しくできるの――」
「好きだよ」
風花は、キョトンとした顔で俺を見たあと、ふふふと笑った。
「あ……ありがとうございます! そうですよね、それを言ってもらえたら私、頑張れます! えへへ、式さんは騙すのが上手ですねえ。さて、そろそろ行きましょう――」
俺は、立ち上がった風花の腕を咄嗟に掴んでしまった。
彼女は困惑しているが、俺は首を横に振る。
「違う。この好きは、マネージャーとしてじゃなくて、風花のことを想ってだ。――ただ、俺はやっぱりまだ風花のことを恋愛感情で見ることはできない。俺は大人で、風花はまだ中学生だ。その壁を容易く超えることなんて……そんな単純じゃない」
「そう……ですよね」
「だが、好き、って感情なのかどうか上手く言い表せないが、俺の心の中に……ある。今はそれが何なのかはわからない。ハッキリと伝えることはできない。ただ、さっき伝えたのは俺の本音だ……これが答えじゃダメか?」
これがずっと悩んで出した答えだ。
こんなことバレたらとんでもないことになるだろう。けれども、確かにあるんだ。
俺の中に、マネージャーとして風花を見ていない何かが――ある。
「……式さん、わたし」
その時、風花が顔を近づけてくる。
途中で目を瞑ると、真っ白い頬が赤く染まっていた。
そして俺は――頭をぽんぽんと撫でる。
「えへへ、ダメでした。でも、最高の答えでした! 式さんっ!」
「そうか、じゃあ今日は帰ろうか」
「はいっ!」
屈託のない笑み。背中越しの夕日が、風花をより綺麗に輝かせる。
「ただ一つだけ!」
「一つ?」
振り返った彼女は、人差し指をピンと立てていた。
「私が18歳になるまで、あとたったの4年なので、忘れないでくださいね」
「……え?」
帰り際、風花の言った一言が、ずっと頭に残っているのは――秘密だ。




