第八話 初キッス
「よかった・・・生きてて」
ずぶ濡れの二人は、互いの体温で互いを温め合うように、そして再会の喜びを分かち合うように、熱く強く抱きしめ合った。
今の彼女は、孤独を少しでも和らげるためにテディベアを抱きしめていた頃の彼女と、何ら変わらないのかもしれない。
自分は、本当は王子様のことを都合のいい存在としか思っていないのかもしれない。
それでも今は、彼の温もりの中にいられるこの瞬間だけは、そんなことはどうでもいいと思えたのだ。
だから、彼のほの赤い唇が、口もとに運ばれることにいささかの抵抗もなかった。彼と体温を交わすひと時に、一秒でも長く浸っていたかったのだ。
彼の鼻からこぼれ出る微かな息が、彼女の唇を震わせる。
王子様がそっと唇を離そうとすると、彼女は名残惜しさに彼の身体を抱き寄せ、それを許さない。
離れまいと息の詰まるようなキスを続け、最早それが単なる行為と化しても、やめることはできなかった。
唇のむず痒さと息の限界から、王子様の方から彼女を突き放した。
息を整える二人。やりすぎたかと思って王子様の顔を見ると、その儚げな瞳が彼女を貫いた。
「ごめん」と王子様は不意に呟くと、彼女を振り切るように土砂降りの外へと出ていった。
呼び止めようとした彼女を、その小さく頼りない背中が押し止めた。