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雨、ときどき終末  作者: 大天使 翔
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第四話 クマ太郎、王子様に負ける

 声が聞こえた。瞑っていた目を開けると、やんわりと照らす街灯の下に男が立っていた。


 よく見ると、うりざね顔の端正な顔立ちにすらっとした細身の体格。着崩した白シャツに黒のジャケットを羽織り、長い足を際立たせる紺色のスウェットパンツを纏うその姿。日常生活では間違いなく出会うことはないであろうものすごいイケメンがそこにはいた。人に出会えたという喜びも忘れ、彼女はゆっくりと近づいてくる男に見とれていた。


「ほらね、君の幻覚なんかじゃないよ」


 イケメンは彼女の手を取ると、立ち上がるように促す。初対面にしては大胆だが、彼女の脳はドーパミンを大量に放出していた。


「こんなところにいて雨でも降ったら風邪をひく。この近くに僕のねぐらがあるんだけど付いてくるかい?」


 彼女はコクリとうなずいた。背が一回り大きい彼の顔をのぞき込むように見ながら、彼女の胸中はこのようなものであった。

(どうしようくま太郎。私のタイプにドストライクな人が目の前にいるんだけど!)


 普通ならこの状況、怪しいことこの上ないが、久しぶりに人に出会え、尚且つそれが王子様とあっては、逃げるなんて微塵も思わなかった。


 王子様のバイクに乗り、まるでくま太郎を抱くように王子様の上半身に抱きつく。走行中、彼女は王子様の体臭を嗅ぎ、背中の温もりに耽溺しながら、この人は何歳なのだろうかと不純な疑問に思考をめぐらしていた。


 そびえ立つビル群をすり抜け、バイクが停まったのは、月明かりの下エキゾチックな雰囲気の漂うビーチだった。

 闇を飲み込んで吐き出す波が、あらゆる生命が消えてしまった今も、海は変わらず雄大なものとしてただそこにあり続けるのだろうと思わせる。

 二人は無常の悲壮感が包む場所に降り立った。


「ちょっと待ってて。道具とってくる」


 王子様は奥にひっそりと佇む小屋に向かい、大量の荷物を背負って戻ってきた。どうやら、焚火をするらしい。小さな薪を真ん中に空気が通るように組むと、新聞紙にマッチで火をつける。薪に火が燃え移ると、緊張しながら見守っていた彼女は勇気を出して話しかける。


「何でこんな場所に住んでいるんですか?」


「別に住んでないよ。ここは仮宿さ」


「君はどうやってこの世界に来たの?」


「えっと・・・朝目が覚めたらこうなってました。あなたの方は?」


「僕は授業中寝てたらいつの間にかこうなってた。最初はクラスの皆が僕を放って、移動教室に行ったのかと思って疑ってたよ」


「あー私も最初の方皆がドッキリで隠れてるんじゃないかって思ってた。・・・って、もしかして君って高校生!?」


 驚いて彼女は声を上げる。王子様は淡々と「うん。高2」と答え、たき火の近くで向かい合うようにシートをひくと、彼女に座るように促す。


「うそ、私とタメ?なんだ、早く言ってよぉ。あーでも久しぶりに人と話したなぁ」


 彼女はシートの上で体操座りをし、ホッと息をつく。火の粉が立ち込る熱気に、ゆらゆらと動く彼の爽やかな顔を、彼女はじっと見つめる。ちょっとした表情の変化や、見る位置を変えると、いつまで見ても飽きることはなかった。コーヒーを飲むかと聞かれ、我に返った彼女は、気になっていたことを聞く。


「そういえば今日、町で女の人をみかけたんだけど、もしかして他にも人がいるの?」


「この世界に来て半年以上経つけど人に会ったのは君が初めてだよ」


 笑顔で答える王子様。彼女はその完璧すぎる笑みのどこかに、一種の陰りのような、いびつな何かを感じた。


「そう、じゃぁあれは何だったんだろう」


 しかしイケメンなので、気にせず会話を進める。


「この世界から脱出できる方法はないの?」


「・・・今のところはないね。僕もそれこそいろいろ試したよ。そう・・・いろいろとね。日本全部制覇したし。でも、見つからなかった。今は諦めモードかな」


「そっか・・・」と言い、彼女は落胆する。このままだと二人はこの世界のアダムとイブになり、ラブラブになってずっと一緒にいられるかもしれない。


 彼女はこれからのことを想像して、様々な思いを巡らした。それを気にかけた王子様が、明るい口調で話し始める。


「この世界も悪くないよ。娯楽は尽きないし、何をやっても咎められない。この景色だって独り占めさ」


 王子様が海の彼方に目を向ける。闇の巣が一面にまとわりついて、波はそこから逃げようともがいているかのように、何度も何度も砂浜を往来する。海が運ぶ潮の香が鼻腔を突き抜けて、懊悩も全てかき消してしまうようだ。


「今は二人占めだけどね」


 彼女は王子様に向かって笑って言う。王子様は彼女の屈託のない笑顔を見て安堵した。


「でも私、やっぱり元の世界に戻りたい!」


「うーん・・・といっても方法すら分からないんじゃあなぁ・・・」


 彼女は急に立ち上がると、うれしそうに王子様に聞いた。


「ねぇ、あなたはこれからどうするの?」


「ん?僕は旅を続けようと思ってるけど」


「じゃあさ、海外に行こうよ!」


 彼女の口から出た言葉に驚愕する王子様。彼女はそのまま浜辺を歩き始める。


「私ね、冒険家の本を読むのが好きなの。世界には、私なんかが想像するよりもずっと不思議で、可笑しくて、ありえないようなことがあるっていうのを知れるから。でも、実際に行くのは怖くて・・・。せっかくだから海外に行ってみたいなーって。ほら、海外なら人がいるかもしれないでしょ?」


「・・・いいよ。行こう」


「やっぱ無理だよね・・・っていいの!?」


「うん」


「でもどうやって行こうか。飛行機とか?って無理か」


「船があるよ。僕も渡航を考えたことがあったから、その時に船の操縦はマスターした」


 突然現れた王子様は、もう彼女に孤独を感じさせることはなかった。彼女にとって、くま太郎はもうただのぬいぐるみ同然だったが、捨てずにバッグの奥底にしまっていた。

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