第三話 クマ太郎
数日の間、彼女は家にこもっていた。
これは大掛かりなドッキリなのではないかという希望にすがりつく毎日。思いつく限りの一人遊びにも飽き、募っていく閉塞感。彼女はついに、外に出る決意をした。
ガレージにある白いワゴン車に保存食や旅に役立ちそうなものを詰め、父の運転を思い出しながら出発。ガレージを出るだけでスクラップ寸前にしながらも、よろよろと、しかし着実に進んでいった。
彼女に不安はなかった。むしろドキドキとワクワクが心を支配していた。元々冒険のようなものには憧れていたし、何より助手席にはくま太郎がいたからだ。
シートベルトを装着したテディベアというのはシュールで滑稽な光景だが、彼女は本当の人間のように接していた。
さて、車の運転にも慣れ、くま太郎との車中泊生活が日常になり始めたころ。彼女は町を散策している途中、ビルとビルの間の路地に人影を見た。
逃げる影を必死に追いかけたが、見失ってしまった。路地裏に残されたのは、脱ぎ捨てられたと思われる黒いハイヒール。彼女はひどく落ち込み、街灯の灯る夜の公園のブランコに腰を下ろしていた。
ブランコに身を任せてこの世界を揺らすと、急に寂しくなって、背中におんぶしているくま太郎に話しかける。
「あれ見間違いだったのかなぁ。もしかしてあれ私の幻覚?だったらあんなにはっきり見えるって私ヤバくない?・・・は!もしやあれはもののけの類だったのでは?人がいなくなって平然と現れるようになったのかも!くま太郎怖いよ~」
くま太郎を抱きしめる。ぬいぐるみとじゃれ合う彼女の孤独な安寧のひと時に、砂を踏みしめながら近づく異音が一つ。彼女は音を察知すると、恐怖におののいた。
「いや、もしかしたら私の幻覚かもしれない。いや、そうであってくれ!私め、この世界にはもう誰もいないのよ!」
「いるよ」