第二話 ローゼンメイデンは有り得ない
ただいまと言ってドアを開けるが、当然返事はない。
彼女はリラックスできる風呂場に向かい、お湯を溜め始める。鏡で見た自分の顔は、涙で目元が腫れ、くたびれて血色の薄い、ひどいものだった。
華奢な体を湯船にうずめ、今日起こった事の全てを洗い流すように脱力して水中に漂う。感情が消え、思考がクリアになった頭は、この状況に関する様々な仮説を浮かべていた。
(外国のテロ?地球外生命体の侵略?それとも人類が私だけを置いてどこかのもっと資源がある星に移住しちゃった?はっ!もしかしたらもう人類の選別は始まっていたのかもしれない。ノアの箱舟に乗れなかった私はこのまま朽ち果てるしかないのね)
思案にジョークを交えるくらいに彼女の心は回復していた。
鼻歌交じりにパジャマに着替えてリビングへと向かう。電気をつけると、真っ先にテレビの横にある吐き出し窓の一部が、膨らんでいるのが目に映った。その膨らみは下方にあり、小さな子供がうずくまって隠れているようにも思えた。
やっぱり自分を驚かせようとして隠れてるのかもしれない。誰でもいいから、誰かが出てきてほしいと切にに願いながら、カーテンを勢いよく開けた。
微かな願いは砕け散る。そこには茶色いテディベアが横たわっていた。頭でっかちで、手足が細くて短い。簡素な顔立ちで口元は笑っているが、目が黒丸なせいか表情が読み取りにくく、その笑みは月明かりの下でいっそう不気味さを増している。
「なによ、ただの人形じゃない・・・」
見覚えのない人形だったが、そんなことはどうでもよかった。回復した心も果てしない孤独の前では、触れると崩れる脆い砂上の城に同じ。
彼女はそのポッカリと空いた心の穴をふさぐように、テディベアを抱きしめて何度も何度も胸にあてがった。
きらめきを失った夜の街の代わりに、満天の星空が袂を照らす。現実はいつも、無情だった。