第一話 世界から人が消えた??
ものすごいイケメンにキスされた気がした。
朝のにおいがして、彼女はベッドから体を起こす。一階に下りてリビングに入るが、誰もいない。時刻は一一時を回っていた。休日なのに誰もいないのを不思議に思いつつ、ソファに座ってテレビをつける。しかし、画面はどのチャンネルも砂嵐で、彼女はイラっとして電源を切った。
しばらくして異変に気付く。家の前には国道がひかれているのに、騒音が一つとしてないのだ。恐る恐るカーテンの隙間から外を覗くと、目の前に赤い車が止まっていた。中に人がいない。道路には他にもいくつか車があるが、どれも無人のようだ。
彼女はクマさんの刺繍が施された恥ずかしいパジャマ(年不相応な)を着ていることも忘れ、外へ飛び出した。無意味に点滅する信号、曇り空の淡い景色、まるでそこは生命の彩を失った世界。
「あのぉ・・・誰かいますよねぇ?」
彼女の声は、澄みきった空気によく響く。苦笑いを交えながら、一歩一歩と歩み始める。力の限り叫ぶが、その声は誰にも届かない。
「隠れないでよ、マジ笑えないから。早く出てこないと私とっても悪いことしちゃうよ」
拾った小石を車へ投げつけようとした時、彼女の心の不安と恐怖と疑心と、疎外感、そして一種の虚無感があふれ出した。小石を地面に叩きつけ、隣家のドアを必死に叩いて哀願する。
無駄だと悟ると、ハッと気づいて家に戻り、自身のスマホを確認。圏外だと分かると、いっそ誰もいないところへ、と外に出て裸足のまま駆け出す。
盛大なドッキリかもしれないという儚い期待を抱き、彼女は走る。足の裏がボロボロになって、喉も枯れて、現実が期待を踏みにじった時、辿りついた河川敷の土手の上で見た夕日は、この世界で何よりも美しいと思った。
精魂尽き果て、ゆっくりと変わりゆく景色を眺めていると、やがて闇が彼女を包んだ。ゆっくりと帰り始めるが、明かりの無い街を見下ろしていると、ちっぽけで脆い自分は、簡単にこの世界に飲み込まれてしまうんだろうな、という感覚が身体を支配し、急いで家に帰った。