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6話 ズュートメニア侯爵

リズニア王国議会の会期は10の月から12の月までの"一期"と4の月から7の月の"二期"に分かれている。

なぜこの話をするのかといえば、俺の父親ランベルト・メーヴェがズュートメニア侯爵として議会に参加するため王都に留まる期間のことなのである。


この期間、父は俺達とともに王都の邸宅で一緒に住む。ちなみにその間領地を切り盛りするのは母親であるエミリーと次期侯爵予定の3つ上の兄ベルンハルト、前侯爵の祖父ラインハルト、祖母のバーバラであった。



13の月7日目の朝。

議会の会期を終えた父さんが王都の屋敷を立つ日を迎えた。

「あぁ、お前たちとまた離れることになるとは」

父さんは心配そうに言うと、俺とフランツを順番に抱擁した。

「これまで通り屋敷の人たちとうまくやるよ」

俺はそう言うと笑顔を見せた。父さんはそれでも心配であるようで眉を曇らせた。

「三週間後には冬季休みだろ。それに俺ですら7年目なんだ。心配しないでよ」

フランツの言うとおりだった。王都に住むようになってフランツは7年目、俺は10年目を迎えた。慣れていないわけがない。

「しかし、こんなにかわいい息子たちと離れるなんて、俺は耐えられn」

「父さん、毎回そう言ってるよ。心配しないで。母さんと兄さん達によろしくな」

俺は父さんの言葉を遮り笑顔で言った。

「リットまで。ひどい」

「父さん。王都に屋敷を持ってない親子はもっと会えないんだ。父さんはいいほうじゃないか」

フランツのその言葉に父さんは目を見開いた後、少し唇を尖らせて言った。

「そういう家は初等部は地元の学校に通わせたり家庭教師をつけるから小さいうちは親子で過ごせるんだ」


"あ、フランツ、これ以上刺激するのは良くない"

俺は必死に隣りにいるフランツに視線を送ったが少し遅かった。


「じゃあ俺達だってそうすればよかっただろ?別邸を持ってるからって強制されるものではないんだし」

フランツは少し呆れながら言った。


"フランツよ、それは禁句だ"


これは"アレ"が始まりそうな予感がした。俺はフランツと目を合わせると首を横に振った。その様子にフランツは"うげっ"と言いながら顔をしかめた。


「だって、"御三家は初等部からダリエに通わせるだろ?な?そうだろ?"って国王様からも他の御三家からも圧力かけられたんだもん。家庭教師だったらタウンハウスと領地を行き来できるのに!俺はもっと子どもたちと一緒に過ごしたかったのに!3人の幼い頃からの成長をもっと身近に感じたかったのに!」

父さんは目を潤ませていた。

あぁ、これは出発が長引きそうである。



父さんが唇を尖らせたり、"〜だもん"などと言い始めたときはなだめるのに一時間はかかるのだ。



これが御三家メーヴェの顔であるズュートメニア侯爵ランベルトの真の姿である。外では厳格で冷徹だと言われているが、中身は寂しがり屋で家族を大切にする可愛らしい人なのだ。自分の親に可愛らしいというのは少し変かもしれないけれど、それが彼を表すのに一番適している言葉だった。



「父さん、泣かないで」

俺とフランツがなだめようにも時はすでに遅かった。

「早く年末になってくれ!早く家族で過ごしたい!フランツとリット()撫で回したい!」

そう言うと父さんはまた俺とフランツを抱擁したのだった。

()と言うことはきっとベルン兄さんもそうされているのだろう。柔らかく苦笑いしている兄さんと、それを見て"まぁ、貴方ったら"と言いおっとりと笑う母の様子が思い浮かんだ。



俺とフランツは目を合わせると小さくため息をついた。

別に本気で困っているわけではない。嬉しいようなくすぐったいような気持ちが大半を締めていることのでそこは誤解しないでほしい。


ちなみに去年までは俺たち三兄弟が皆王都に居たので父母祖父母が交代しながら面倒を見に来ていた。

今年からは兄さんが領地にいることになったので母さんとじいちゃん、ぱあちゃんが兄さんのフォローに回ることになったのだ。

俺とフランツが家族から離れるのは実は今年が初めてだったりする。父さんはそこを心配しているようであった。


「本当はエミリーか父さん母さんをこっちに来させたいんだ」

父さんは目を伏せながら言った。

「それは得策じゃないだろ。ばあちゃんは脚を悪くしてしまったし、兄さんの体調が崩れたら大変だ」

今年の夏にばあちゃんは階段から落ち脚を骨折してしまい介助が必要になっているのだ。そして、ベルン兄さんは少々体が弱く、一度風を引いてしまうと長引くことが多かった。慣れない領地経営で体調を崩すことも予想され、母や祖父たちのサポートが必須であった。


「でもお前たちはまだ成人してないんだ。家族がいない中で生活するなんて!」

「寮生よりマシだよ。それに、俺はもう初等部生じゃないんだ。大丈夫だって」

「でも、ほら、誘拐事件に巻き込まれるかもしれないし、生活で不便があるかもしれないし、おまえらイケメンだから変な女が寄ってくるかもしれないじゃないか。お前たちが屋敷に連れ込むようなことはないと思うが」

「誘拐は常日頃から気をつけなくちゃいけないが、どんな心配してるんだよ。フランツにはリリー嬢が居るし、俺は剣術に忙しくてそんな暇はない。そもそも屋敷にはブルーノたちや使用人たちもいるんだから少しは安心して」

ブルーノとは俺の従者のことである。

「リット。お前のようなやつは恋愛にハマると抜け出せなくなるんだ。騙されて子供なんてできたら目も当てられん。こうなったら正式な婚約相手を」

父さんのその言葉に俺は少し彼を睨みつけてしまった。

「どうしてまたその話になるんだ。もう懲り懲りだって。相手に申し訳ないし」

「おまえ、ほんとにまさか、、」

おい、やめるんだ父さん。フランツの前で言わないでくれ。この前二人で話したばかりじゃないか。

「父さん、言いたいことはわかったが、違う。断じて違う。この前も言ったが今はまだやりたいことが色々あるから、いらないことに気を遣いたくないんだ」

これでわかってくれるとありがたい。俺は少ししゅんとしてみせた。

「そうか」

「どうしたんだ、兄さん?」

「なんでもないさ」

フランツは首をかしげたのだった。


俺は爽やかに笑ってみせた。

フランツ、純なお前は父さんが言いたかったことを知る必要はないんだ。



俺は半分嘘をついた。

別にやりたいことがあるわけではない。そんなに執着できるものなんてないんだから。

でも半分は本当だ。大丈夫、そもそも俺の恋愛対象は女性だ。

今はまだそんな相手に出会ってないだけだろう、きっと。


三日前の夜、俺は父さんに呼び出された。父さんは俺にいい人はいないのかだの、どこどこの令嬢はおしとやかでお前に似合いそうだのと小言を言ってきた。そして挙句の果てに男色なのではと本気で心配してきたのだ。女に興味がないんじゃなくて、誰にも興味が持てないだけなのに。父さんのことは尊敬しているし家族としての愛情はちゃんと持っている。だけれど、このことに関しては余計なお世話だと言わざるを得ない。



通常御三家ともなれば高等部卒業までに"仮婚約者"いわゆる許嫁を決めることになる。特に"スペア"である次男は"どちらに転んでも大丈夫な相手"を早めに選ばなくてはいけないらしい。俺が領地を継ぐことになっても、継がずに領地内の別職や王宮勤めになったとしても適応できる相手というのは限られてくるからだ。(スペアに嫁ぐことを十分に理解して、それなりの教育を受けているなど)


余談ではあるが、兄さんは高等部2年生の時にアルバトロス家の三女フィリーナ孃と婚約した。(兄さんはずっと彼女に思いを寄せていたらしく、断られるのが怖くてなかなか父さんに言い出せなかったらしい。結果としては相思相愛であったらしいが)順当にいけばそろそろ結婚に進む段階である。



俺には一度中等部生だった頃に仮婚約した相手が居た。しかし俺は彼女に興味が持てずに冷たい態度をとってしまったらしく、向こうから仮婚約を解消されたという過去があった。らしい、というのは俺は自覚はなかったけれどフォルカーに言わせれば"俺があの子の立場なら、希望を持てずに死にたくなる"だったそうだ。

未だにどうするのが正解だったのかがわからない。ベタベタされるのを黙って見過ごしていればよかったのだろうか。脈絡もないくだらない話にも真摯に耳を傾け相槌を打てばよかったのだろうか。"リット様は私のことが好き?"と聞かれたとき、好きだよと答えてあげればよかったのだろうか。本当によくわからない。



そういう経験もあり、俺は仮婚約というものに苦手意識が強い。



俺だっていずれはそういうことを考えなくちゃいけないことはわかっている。

それでも、相手の望むことをしてあげられるかわからないし、また同じことを繰り返しそうであった。



万が一次に婚約者を当てられた時は、なるべく穏便にすごそう、好きになれるように努力をしてみようとは思ってはいた。それがスペアに課せられた義務なのだから。

ちなみに、俺には"最終手段"というものが存在する。

それは従姉のイダと結婚するというものだ。俺はなんとしてもこれを回避したいと願っている。彼女は非常に気が強く、小さい頃から振り回された記憶しかないのだ。幸いにも彼女には想い人がおり、俺に興味はない。むしろ、私の邪魔をするなと何度も釘を刺されているほどである。万が一彼女と結婚したら俺は人間としての感情を完全に失ってしまうかもしれない。



結局父さんの機嫌を治すのには一時間ほどかかり、どうにか送り出すことができた。

これは年末は撫で回されることを覚悟しなくてはならない、と俺とフランツはまた小さくため息をついた。もちろん嬉しいため息ではある。




この日は午後からフランツとフォルカーと三人で商業区に買い物に行く予定であった。フランツのリリーへの誕生日プレゼント選びに俺が付き添うことになり、それを知ったフォルカーがついてきたいということになったのだ。

約束の時間にはどうにか間に合いそうであった。



「フランツ、準備しようか」

「兄さんすまない。俺がプレゼントを選びきれないばかりに」

「いいんだ。お前はリリー嬢を大切にしてやれよ」

「あ、あぁ、当たり前だろ?なんで?」

「いや、何でもないさ」

俺はそう言ってフランツの頭を撫でたのだった。



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