45話 持つべきものは
6の月14日目。曇り空が広がるシェナヴィーゼ貴族商業地区。
その一角にある、とある商会の前で俺たちは待ち合わせていた。
俺とフォルカーは途中で合流し、商会の建物に向かうと、そこにはすでに彼がいた。
「リット、フォルカー、遅いぞ!」
「レニー、すごい気合だな」
「そりゃそうだろ。ミランのとこの商会で買い物できるんだしさ」
腕を組んで俺らを待っていたのは友人の一人であるレニー・クレーエである。金の癖毛に茶色い瞳をした体格の良いやつである。
ちなみに先月の花祭りでめでたくクラウディアと恋人になり、近々正式に婚約するのだという。
「ほんと軍事オタクだよね。クロスボウがほしいなんてさ」
そう、レニーは武器大好き兵法大好き、いわば軍事オタクなのである。
「あれはすごい武器なんだ。そのままボルトを発射してもいいし、先端に爆薬をくくりつけて打つもよし。可能性も夢も広がるぜ」
レニーは満面の笑みを浮かべた。
彼は最近クロスボウに執心しているようで、専門の訓練所に通い詰めているようだった。
今回の買い物も、レニーがクロスボウを買いたいと言い始めたところから始まっており、好機と捉えたミランが巧みなセールストークで誘い今に至る。俺とフォルカーはオマケであるが、買い物するからにはということで、それぞれ買いたいものをリクエストしておいた。ちなみに俺は剣帯と剣術用のプロテクター一式である。
「皆様、いらっしゃいませ。いつもミランがお世話になっています」
出迎えてくれたのはミランと彼の父だった。つまり、ルクス商会の経営主である。親子だというのが良くわかる、焦げ茶の直毛におっとりした印象の青灰色の瞳をした二人である。
「こんにちは、今日はよろしくお願いいたします」
俺たちがペコリと挨拶すると、親子は見た目通りのおっとりとした笑みを浮かべた。
しかし、見た目に騙されてはいけない。
そのおっとりとした笑みの裏で、二人は頭の中のアバカスを高速ではじいているのだ。
敵に回してはいけない類の人間であることは間違いない。
「みんなありがとう。店の中は僕が案内するね。それぞれが欲しがってたものを用意してるよ」
こうして、ミランの案内で買い物が始まった。
ルクス商会。リズニア国内各地に支店を持つ総合型大商会であり、国内の商会の中では古株である。その特徴は貴族向けだけでなく平民向けの店舗も構えていることや、小さい店舗は"専門店"、大きい店舗は"総合店"として、幅広い客層から支持を得ているところである。
専門店に関しては他の商会とさほど変わりはないものの、総合店はフロアごとに商品系統が分かれており、品揃えが良く、一つの店舗でほとんどの買い物ができる手軽さが人気を呼んでいた。最初は貴族からはその発想が受け入れられなく、"総合店なんて庶民のためのもの"というイメージが拭えなかったのだという。しかし、その品揃えや質の良さから貴族の間で徐々に良い評判が広まり、あっという間に彼らの心を掴んでしまったのだ。
買い物が終わると、俺らはゲストルームに通された。
洗練された調度品のみが使用された部屋。
本来であればこんな小僧たちが寛ぐような空間ではないけれど、フォルカーとレニーは壁に掛けられた剣や銃、帆船の模型にはしゃぎまくっている。
俺も混ざりたいとは思っていない。帆船の細部まで目近で見てみたいなど思っていない。断じて思っていない。
「今日はありがとう。ふふ、さすが貴族様たちは羽振りがいいね」
「ミランのチョイスが素晴らしいというか何というか」
さすがは商人の息子であり、ミランは商売上手であった。
セットで買ってくれればいくら値引くだの、これを使うならこの手入れセットがおすすめだのと、気がつけば自分たちが買う予定だった金額の2倍近く購入していた。
ちなみに俺は購入予定だったものの他に、手入れ用のワックスや布、挙句の果てには医務室に贈るための紅茶葉とコーヒーのセットまで購入していた。後者は医務室用というのは当然伏せているが、フォルカーにはもちろんバレているようで購入時からジト目で見られている。
俺たち四人はふかふかのソファーに腰掛け、出された紅茶を喫した。美味しいな、と呟くともれなく勧めてくるあたりがさすがミランである。
レニーや俺の婚約話から将来の夢の話になり、俺とフォルカーはともに王国騎士団を目指すことを話した。レニーも王国騎士団を目指しているものの、城勤ではなく国境付近で実践を積みたいのだという。今どき大きな戦争があるわけではないけれど、ちょっとした小競り合いはあるのでそういうところで実践を積み、有名なシュトラウス将軍のようになりたいそうだ。
ブレン・シュトラウス将軍。年齢は60を越えたあたりである。リズニア国民でその名を知らぬ者はいないとされるほどの人物であり、数々の紛争を鎮圧してきた名将である。
ミランの番になり、彼はぽつりぽつりと将来を語り始めた。
「僕ね、将来的には"魔石"を扱いたいんだ」
「魔石って、あの魔族が使ってたってやつか?」
レニーはゲゲという効果音が付きそうな表情を浮かべながら言った。
「そう。宝石みたいですごく綺麗なんだよ。純度の低いものなら人族が身につけてても大丈夫らしい。装飾品として加工して扱えたらきっとすごい商売になると思うんだ」
「でもさ、魔石なんて手に入らないんじゃない?」
フォルカーの言葉にミランは小さく微笑んだ。
「今は、ね。でも新国王様ならイズールとの関係性も変えてくれそうな気がするんだ」
「そうか?リズニアが魔族なんかと取引するか?しかも、そもそもあのラヴィーネ山脈をどう越えるんだよ」
レニーの言葉の前者は有り得そうだった。リズニアの王家は魔法を、そしてコンバーターを秘密裏に受け入れているのだから。でも、後者については改めて考えれば納得しかできなかった。
「それはたしかに。死の山と恐れ多いあの山脈を越えてまで取引できないよね」
やっぱり無理かー、とミランは少し悔しそうに呟いた。
そういえば、先生達はどうやって村からこのリズニア本土にやってきたのだろうか。
前に会ったウルマーさんはどのように村と行き来してるんだろうか。
フォルカーも同じようなことを考えていたようで、目が合った瞬間小さく頷きあったのだった。
今度先生に聞いてみようかな。今日の紅茶とコーヒーを土産にして。
そう考えたら自ずと頬が緩んでしまう。
もちろんフォルカーに頬をつままれるところまでが1セットである。
こうして、充実した休日は幕を閉じた。
友人との時間を楽しめるようになったのは、間違いなく彼のおかげである。
持つべきものは、気の置けない友人と、人生の師匠だなと改めて思った。




