28.5話 顔に書いてありますよ
委員会活動が終わり、医務室に戻ってきた二人の大人がいた。学校医ロイスと看護助手のイレーネである。
医務室も通ってきた廊下と同様に黄金色に染まっていた。
二人は丸テーブルの向かい側同士の席に着くとほぼ同じタイミングでぐーっと伸びをしたのだった。
イレーネは向かい側に座るロイスの表情を見て口角を上げた。
「先生、ニヤけちゃってますよ」
彼は眦を下げ、少しばかり締まりのない顔になっていたのだ。いつも二人でいる時には見られない珍しいその表情は、イレーネの指摘により、すっといつも通りの真面目なものに戻ってしまった。
「イレーネさん、冗談はやめてくださいな」
照れる様子もなくそう言う彼の様子を見て、イレーネは彼が自覚していなかったことに驚いた。彼女の茶色の瞳が見開かれたことを不審に思ったロイスは小さく首を傾げたのであった。
ロイスは生徒の前ではないのでいつもの口調に戻っている。基本的には真面目で謙虚なロイスは、生徒の前では軽薄なキャラクターを演じている。それはある"契約"によるものであるのだが、イレーネはそんなことは知らない。ただ、彼が何かの事情でこうなるというのはわかっているので、深く突っ込むことなく彼に合わせている部分も多い。
イレーネにとってロイスは一番の眼福であり、彼がいろんな表情をするのを見るのが至福の時でもある。
「嬉しいですよね、お気に入りくんが委員会に来てくれたんですものね」
イレーネは茶色の瞳を細めた。それに対してロイスは少々ばつが悪そうな顔をした。
「何言ってるんです?そういう贔屓はしないって決めてるんです」
ロイスの頬が少し赤くなったのを見てイレーネはさらに目を細めた。
「ふふ。せっかく手助けしてあげてるのになぁー」
「イレーネさんは気を遣いすぎです。わざと居なくなったりして」
ロイスは恨みがましい目でイレーネを見たけれど、彼女はそれを気にすることなくニコニコと笑っていた。
「だって、私が居たら話せないことだってあるでしょう?ふふ、紺色の彼ともね」
"紺色の彼"という単語にロイスの表情は驚きに満ちたものに変わった。
「っ!!なぜ、それを?!」
「実は、私がここに来てすぐの頃、先生が居ないときに彼が医務室訪ねてきたことがありまして。どうやら看護助手が派遣されたことを知らなかったみたいで、油断してた、と言ってました」
それは今から半年以上も前のことだった。今更ながら知るその情報にロイスは小さくため息をついた。
「あの日ね。そんなことがあったなんて。貴女が急遽採用されたもんだから連携が取れてなかったのよね、、ってかあの人、そんなこと一言も言ってくれなかったわ」
ロイスの苦虫を噛み潰したような顔を堪能したイレーネは、その顔もまたいいわーなどと呟いたのだった。
「二人だけの秘密ってことにしてましたから。でも、最近動きも多いですしやりにくいでしょう。2日に一度は来てるみたいですし。だから私に気を遣わずにいいようにと思って暴露してしまいました。あ、私には家庭もありませんし、他言など致しませんので安心してくださいな。紺色の彼にもそうお伝えください。私、まだ消されたくないですし」
イレーネはいつものようにニコニコしながら平然と言った。ロイスはイレーネが頻度まで気づいていたことに戦慄を覚えた。魔法について気づかれてしまったときは自分の対策が甘かったことを省みた。しかし、こっちの件に関しては彼女が帰宅する時間以降で動くようにしていたのだ。どこでバレてしまっていたのだろうか、とロイスは自らの行動を振り返った。
そんなロイスの様子をみてイレーネは吹き出した。
「2日に一度っていうのはカマをかけただけです。ったく、先生はもう少し顔に出さない訓練をしなくちゃですよ」
「そんなこと、今まで言われたことなかったわ。逆に表情が読みにくいって同級生にも先生達にも言われてましたし。イレーネさんって、何者なんです?」
「ただの看護助手のオバさんですよ。美男美女を眺めているのが好きなね」
「実は、私の監視役、とか?」
「何のことです?ふふ。多分、彼の影響では?私がここで働き始めた時にはすでに先生はすごくわかりやすかったですし」
「そんな。私も感化されてたなんて」
ロイスは自身と彼とのやり取りを思い出していた。心のリハビリともよべるあの作業をしていく中で、自身の心も表情も解放してしまったというのだろうかと心配になった。
「まぁ、私がそういうものに人一倍敏感だからということもあるんだとは思います。昔から人様の美しい顔を眺めては表情の変化を楽しんでましたから」
「何という趣味なの」
ロイスが顔を引きつらせると、イレーネはうっとりとしてあぁ、その顔も素敵、と言ったのだった。
「そうそう、紺色の彼も中々渋い感じで素敵ですね。一見先生のタイプそうですけど?」
「彼は同級生のお兄さんに似てて、少し苦手なんです。勝手な理由なんですけどね」
ロイスは遠い目をした。"俺のかわいい妹を振るなんぞ、いい度胸だなモヤシ男よ"という低く冷たい言葉がロイスの中で蘇った。ちなみに万が一自分が女性に興味があって彼女と付き合ったとしても"お前にはエルナはやれん!"と言われるに決まっている、とロイスは思っている。王宮で侍女見習いをしているエルナとは今でも顔を合わせたときは笑顔で話すくらいの仲ではある。互いに中等部の時の甘苦い思い出は心の奥底にしまっているのだ。
「まぁ、メーヴェくんの方が将来的には好みど真ん中って感じになりそうですもんね」
「イ、イレーネさん?!」
ロイスはここ一番の大きな声を出した。彼の顔は真っ赤になっており、イレーネは心の中で可愛いを連発した。
「見た目もですけど、中身が。彼が自分の気持ちに気がついたらきっと今以上にグイグイ来ますよ。あぁ、そんな二人のやり取りが目近で見られるなんて、眼福過ぎてバチが当たりそうだわ!」
おばちゃん、嬉しすぎて吐血しちゃいそうだわ!なんて物騒な言葉まで飛び出した。ロイスはたじろいだ。
「だから、私は生徒とはそんな、、」
「顔に書いてありますよ。彼は特別だ、って」
「そんなことはあり得ません」
「先生は嘘をつくのが下手ですからね」
「本当にあり得ないんです。許されませんから」
「確かに、身分、性別、魔法など障壁はたくさんあるでしょうけど、若い二人ならどうにでもなると思うんですけどね」
「そういう問題ではないんです」
ロイスのその苦しみを含む言葉の真意はイレーネにはわかり得なかった。それでもイレーネはいつもの笑顔を携えたまま言葉を紡いだ。
「私はどんなことがあろうと先生の味方ですから。先生の幸せを祈ってるんです」
「なぜそこまで?」
「好みだから、ですかね。顔が」
「そんな理由?!」
イレーネの即答にロイスは紺色の目をまん丸くした。
この看護助手は手に負えない、そう確信を持ったロイスだった。
「ふふ」
どこ吹く風というようにイレーネは笑った。
このあとイレーネが医務室を出て半刻ほど経って、ロイスの相棒が現れた。
大切な"任務"の前ではあったけれど、ロイスが相棒に説教を食らわせたのは言うまでもない。




